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第3話

 「白石さん。その、あなたの出身の村は何という村なのか教えていただけますか?」

 「神喰村《かみはみむら》・・・といいます。」


 次の日、俺と水無瀬は依頼主から伝えられた村について調査を開始した。俺はノートパソコンの液晶画面を睨みつけたまま、静かに息を吐き出した。

 来週から、依頼主の白石、水無瀬と共にその村へ赴くことにした。目的は、白石の護衛。提示された条件は「村の奇妙な風習から守って欲しい。」ということだけ。白石は大学生だから報酬は期待できない。今まで貯めたアルバイト代を全て報酬に充てると言っていたが、一体いくら用意するつもりなのだろうか。とりあえず、交通費だけでももらえればいいか。村人や鎮魂奉納祭についても確認したいことは山ほどある。俺は鎮魂奉納祭が行われる日を含め、2週間程度滞在する予定で計画を立てていた。


 「かみはみ・・・か。」

 不吉にも聞こえる響きに一抹の引っ掛かりを覚え、俺はインターネットの検索バーに『神喰村 観光』『神喰村 歴史』と打ち込んだ。

 エンターキーを押下すると、上位には自治体の公式サイトや、旅行ブロガーが書いたと思われる綺麗なWEBページ、旅行系YouTuberの動画などがずらりと並んだ。

 『緑豊かな秘境——神喰村へようこそ』

 『自然と調和する古き良き日本の原風景』

 『伝統の【鎮魂奉納祭!】山の神と人々が感謝を分かち合う温かなお祭り』


 自治体の公式ページを開くと、鮮やかな新緑の山々や、澄み切った小川や舟下りの写真が目に飛び込んでくる。今の時代、どんな小さな村でも、WEBページは凝っているものが多い。観光客を惹きつけるためにはこうでもしないと、地方は廃れていく一方なのだろうか。俺は村の概要欄を確認する。

 『神喰村は、古くから過酷な山深くにあって豊かな恵みをもたらす【山の神】を深く信仰してきた集落です。【神喰】という印象的な地名は、神から賜った山菜や獣肉といった【神の恵みを食す(喰らう)という感謝の心に由来すると言われています。年に一度の鎮魂奉納祭では、神の代理として選ばれた村人が祝宴の中心となり、村全体で豊かな実りに感謝を捧げます。』

 「・・・まあ、よくある郷土の美談、PRばっかりだよな。」

 白石に聞いたような人が居なくなるような物騒な祭りとは到底思えない。村の名前は気味が悪いと思ったが、ただの「神の恵みを食べる」という意味の誇張表現に過ぎなかったらしい。豊かな自然、温かい村人、伝統的な祭り。画面の文字や写真を追う限り、そこはどこにでもあるのどかな過疎集落に思えた。

 だが、マウスをスクロールしていた俺の指が、ふと止まる。検索結果の4ページ目、広告や観光ポータルの下にぽつんと怪しげなリンクが残っていた。タイトルは表示されていない。ただ、文字化けしたようなドメインと、古めかしい個人ブログの更新履歴のような文章が表示されている。俺は気になってクリックしてみた。


 真っ暗な背景に簡素な白いテキストだけが並ぶ、ひと昔前の掲示板のログのようなページが開いた。作成年月日は35年前。更新は途絶えている。

 見出しには、こう書かれていた。

 『長野県民俗調査手記・断片(昭和44年・神喰村探訪録)』

 俺は無意識に身を乗り出した。スクロールするにつれ、観光サイトに書かれていた温かな物語とは全く異なる異様な記述が画面を埋め尽くしていく。

 『——当地方における「神喰」の称、本来の義は「神の恵みを喰らう」にあらず。古老の伝えによれば、この村の信仰は『神に喰われる』ことと、『神を喰らう』ことの二重の禁忌の上に成り立つ。山は過酷であり、かつて飢餓や土砂災害が起こるたび、村人はそれを「山の神の飢え」と恐れた。神の怒りを鎮めるため、村人は「神の代理(依代《よりしろ》)」となる者を一人選出する。

 選ばれた者は、特定の時期に山中の禁足地へと連れて行かれる。これを「神に喰わせる(献上する)」と称した。

 しかし、儀式はそれに留まらず。

 神の肉体となった者の血肉を、残された村人たちが分け合い口にすることで、村全体が神の加護を体内に取り込む。すなわち、「神を喰らう」のである。

 神に喰われ、神を喰らう。この凄惨な血肉の分配儀式こそが、村の名に秘められた真の由来〈かみはみ〉なり——』

 掲示板の更新はここで途切れていた。事務所の空気が急激に冷え込んだ気がした。


 「・・・は?」

 「どうしたの社長? 何かおもしろい情報でも見つけた?」

 水無瀬が呑気な顔で近づいてきた。俺は黙ってノートパソコンを水無瀬に突き出した。

 「なによ。・・・え? なにこの黒い背景のやばそうなページは・・・」

 「誰が作成したかも分からないけど、検索ページを結構進めたら普通に見つけた。にわかには信じられない話だけどな。」

 水無瀬は黙々と画面をスクロールし、内容を確認し始めた。

 「社長・・・これやばくない? つか、これって都市伝説的な何かでしょ。こんなのありえない! 私、めちゃくちゃ行きたくないんだけど! 田舎に泊まろうっていうだけの楽な依頼じゃないの!?」

 鎮魂奉納祭。不気味な手紙。御山荒神に選ばれた。

 点と点が一瞬で繋がり、脳内で嫌な音を立てて噛み合った。

 「んーーー・・・これやばい依頼かな・・・?紬ちゃん?」

 困り顔で水無瀬に助けを求めた。水無瀬は素知らぬ顔で、自分のデスクへと戻って行った。


 俺は画面をスクロールし、続きを読もうとした。しかし、次の行に差し掛かった瞬間、画面が突然暗転した。ブラウザが強制終了し、デスクトップ画面に戻ってしまう。嫌な汗をかきながら、俺はすぐさま検索履歴を開き、先ほどのページを再度クリックした。

 『404 Not Found-指定されたページは見つかりません』

 何度更新ボタンを押しても、エラー表示が変わることはなかった。まるで最初からそんなページは存在しなかったかのように、怪しげな掲示板サイトはインターネットの闇へと消え去っていた。事務室の中には、ただパソコンのファンが回る低い音だけが響いている。


 スマートフォンがメールを受信した音を鳴らす。画面には白石からのメッセージが表示されていた。

 『九条様、お世話になっております。例の依頼について、来週からの行程や他に気になった点をご相談したいのですが、次の打ち合わせはいつがよろしいでしょうか? お忙しいところ大変恐縮ですが、ご都合の良い日時を教えていただけますと幸いです。 白石』


 静まり返った部屋で、俺は冷たくなった自分の指先をじっと見つめていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

毎日更新しますので、ぜひ評価のほどよろしくお願いします。

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