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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
世界がおかしくなり始める

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第9話 世界がおかしくなり始める

鳥居を後にした二人は、西へ続く山道を歩いていた。


木々の間から差し込む木漏れ日が、静かな道を照らしている。


「近道でしたね。」


リクは満足そうに笑った。


「思ったより早く着きそうです。」


「そう……ですね。」


ミアは返事をしながらも、どこか落ち着かない様子で辺りを見回していた。


祠を離れてからというもの、胸の奥の違和感が消えない。


理由は分からない。


それでも、何かが少しだけ変わってしまったような気がしていた。


「リクさん。」


「はい?」


「さっきの祠のことなんですが……。」


「不思議でしたね。」


リクは軽くうなずく。


「でも、落とし物も返せましたし。」


「それで終わりですよ。」


「終わり……ですか。」


ミアは苦笑した。


あれほど不思議な出来事が起きたというのに、リクはもう次の町のことを考えている。


その時だった。


リクがふと足を止める。


「どうしました?」


ミアが尋ねると、リクは道端を指差した。


「紙が落ちてます。」


一枚の古びた羊皮紙。


落ち葉に埋もれるようにして、山道の真ん中へ落ちていた。


リクは何気なく拾い上げる。


「地図みたいですね。」


広げた瞬間、ミアの表情が固まった。


「そ、それ……。」


見覚えがあった。


ダンジョンの宝箱へ戻した、あの古い地図だった。


「そんな……。」


思わず声が漏れる。


「あの地図は、置いてきたはずなのに……。」


「同じような地図じゃないですか?」


リクは気にした様子もなく笑う。


「ちょうど道に落ちてました。」


「運がいいですね。」


「運じゃありません……。」


ミアは小さくつぶやいた。


置いてきたはずのものが、ここにある。


偶然では説明がつかなかった。


それでもリクは地図を丸める。


「町に着いたら落とし物として預けましょう。」


「持ち主も安心します。」


ミアは何も言えず、小さくうなずいた。


やがて山道が開け、その先に大きな町が見えてきた。


石造りの建物が並び、多くの人々でにぎわっている。


「思ったより大きな町ですね。」


リクは楽しそうに歩き出す。


その時、町の門の前から兵士たちの声が聞こえてきた。


「探せ!」


「地図を持っている者がいたら、すぐ報告しろ!」


ミアの表情が一瞬で強張る。


ゆっくりと、リクの手に握られた地図へ視線を落とした。


「……え?」


リクは自分の手に持っている地図と、門の前で慌ただしく動く兵士たちを見比べた。


「この地図のことですか?」


「リクさん!」


ミアは慌てて小声で止める。


「まだ見せないでください!」


「でも、探してるみたいですよ。」


「だからです!」


ミアが言い終わる前に、一人の兵士が二人へ駆け寄ってきた。


「失礼します。」


兵士は息を整えると、リクの手元へ視線を向ける。


「その地図を、少し見せていただいてもよろしいでしょうか。」


「はい。」


リクは何のためらいもなく地図を差し出した。


兵士は慎重に地図を広げる。


その表情が、一瞬で変わった。


「……まさか。」


兵士は慌てて門の方を振り返る。


「隊長!」


大声に反応し、一人の壮年の兵士がこちらへ歩いてきた。


「どうした。」


兵士は震える手で地図を差し出す。


「これです。」


隊長は地図を受け取り、隅々まで目を通した。


やがて目を見開く。


「間違いない……。」


その視線がゆっくりとリクへ向けられる。


「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。」


「リクです。」


隊長は深く息を吸い、小さくうなずいた。


「やはり。」


そう言うと、隊長はリクの前で深々と頭を下げた。


「ようこそ、お越しくださいました。勇者リク様。」


突然の出来事に、リクはきょとんと目を丸くする。


「僕のことを知ってるんですか?」


「はい。」


隊長は地図を大切そうに両手で持ちながら答えた。


「この地図を持つ勇者様が、この町へ必ず来られる。」


「私たちは、その知らせを受けてお待ちしておりました。」


その言葉に、ミアの表情が固まる。


そんな知らせが届くはずがない。


なぜなら、その地図はつい昨日まで、ダンジョンの宝箱の中にあったのだから。


「どういうことですか……。」


ミアは思わず小さくつぶやいた。


隊長は不思議そうに首をかしげる。


「何か問題でもございましたか?」


「い、いえ。」


ミアは慌てて笑顔を作る。


「少し驚いただけです。」


隊長は安心したようにうなずいた。


「町長も、勇者様がお越しになる日を長い間お待ちしておりました。」


「よろしければ、このまま町長の館までご案内いたします。」


「分かりました。」


リクは気軽に返事をした。


「よろしくお願いします。」


兵士たちに案内され、二人は町の中を歩き始める。


石畳の大通りには多くの人が行き交い、露店からは焼きたてのパンや肉の香りが漂ってくる。


「活気がありますね。」


リクは楽しそうに辺りを見回した。


「最初の村とはずいぶん雰囲気が違います。」


「規模もかなり大きいですね。」


ミアもうなずく。


歩いていると、人々が次々と立ち止まり、リクたちへ視線を向け始めた。


「あの人が勇者様?」


「地図を持ってる!」


「町長様のお話は本当だったんだ!」


ひそひそと話す声が、あちこちから聞こえてくる。


「有名なんですね。」


リクは照れくさそうに笑った。


「違います。」


ミアはすぐにツッコむ。


「有名なのは、その地図です。」


「そうなんですか。」


リクは手に持った地図を見つめる。


「じゃあ、やっぱり持ち主がいたんですね。」


その一言に、ミアは思わず額へ手を当てた。


「そこじゃないんですけどね……。」


隊長は二人のやり取りを見て、小さく笑う。


「町長も、お二人にお会いできることを楽しみにしております。」


そう言って隊長が指差した先には、町の中心に建つ大きな館が見えていた。


白い石造りの二階建てで、入口には数人の衛兵が立っている。


「立派な建物ですね。」


リクは感心したように見上げた。


「町長の館です。」


隊長はそう答えると、ゆっくりと扉を開けた。


「勇者様をお連れしました。」


館の中は静まり返っていた。


磨き上げられた床の上を歩くたびに、靴音だけが静かに響く。


応接室へ案内されると、初老の男性が立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべた。


「ようこそお越しくださいました、勇者様。」


「私はこの町の町長です。」


「こんにちは。」


リクも軽く頭を下げる。


「お邪魔します。」


町長はリクの手元にある地図へ目を向けると、どこか安心したように息をついた。


「……やはり、その地図を持って来られましたか。」


ミアの表情がわずかに強張る。


「その地図をご存じなんですか?」


町長は静かにうなずいた。


「三日前の朝でした。」


「町の広場に、突然その地図が落ちていたのです。」


「誰が置いたのかを調べましたが、目撃した者は一人もおりませんでした。」


「不思議なこともあるものですね。」


リクはのんびりとうなずく。


「誰かが落としたんでしょう。」


ミアは思わずリクの方を見る。


そんな簡単な話ではない。


ダンジョンへ戻したはずの地図が、遠く離れたこの町へ現れるなど、あり得るはずがない。


町長は机の引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。


「そして、地図と一緒に、こんな紙も見つかりました。」


そう言って、ゆっくりと机の上へ置く。


そこには、短く一文だけ書かれていた。


『勇者が必ず、この地図を持って現れる。』


部屋の空気が静まり返る。


リクは紙を見つめながら、小さく笑った。


「ずいぶん自信のある人ですね。」


ミアは思わず心の中で叫ぶ。


(そこじゃないでしょう……!)


ミアは思わず心の中でツッコミを入れた。


町長は困ったように笑う。


「私どもも、最初は誰かのいたずらだと思っておりました。」


「ですが、その地図を見た者は皆、同じことを口にしたのです。」


「『この地図は勇者のものだ』と。」


「どうしてですか?」


ミアは思わず尋ねる。


「それが分からないのです。」


町長は静かに首を横へ振った。


「地図そのものにも、この紙にも、誰が置いたのかを示す手がかりはありませんでした。」


「そうなんですか。」


リクは気軽にうなずく。


「じゃあ、本当に偶然だったんですね。」


「運がよかったです。」


「だから違いますって……。」


ミアは小さくため息をつく。


町長も苦笑するしかなかった。


その時だった。


部屋の外から、慌ただしい足音が響いてくる。


バンッ!


勢いよく扉が開いた。


「町長!」


若い兵士が息を切らしながら飛び込んでくる。


「た、大変です!」


「町の北門で、封印の門が勝手に開き始めています!」


「何ですと!」


町長は勢いよく立ち上がった。


隊長も表情を引き締める。


「封印の門が開くだと……?」


「そんなことが、本当に……。」


兵士は息を切らしたまま何度もうなずく。


「誰も触れていません!」


「突然、門がひとりでに動き始めたんです!」


部屋の空気が一変した。


町長はリクへ向き直る。


「勇者様。」


「申し訳ありませんが、ご同行願えますでしょうか。」


「何かあったんですか?」


リクは首をかしげる。


「町の北門には、古くから『封印の門』と呼ばれる石門があります。」


「代々、決して開いてはならないと言い伝えられてきました。」


「でも、今まで一度も開いたことはありません。」


「それが今日に限って……。」


町長は言葉を切る。


「勝手に開き始めたのです。」


「そうなんですね。」


リクはあっさりとうなずいた。


「見に行きましょう。」


その反応に、町長も隊長も少し驚いた表情を浮かべる。


「怖くはないのですか?」


隊長が尋ねる。


「開いた理由が分かれば安心できますし。」


リクはいつも通り笑った。


「困っている人がいるなら、手伝います。」


その一言に、町長は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


ミアは静かにリクを見つめる。


(まただ……。)


リクは何も考えていない。


ただ困っている人を助けようとしているだけ。


なのに、そのたびに世界がおかしな方向へ動いていく。


その違和感だけが、少しずつ大きくなっていた。


「こちらです!」


兵士の案内で、一行は急いで町の北門へ向かった。


町の人々も、不安そうな表情で北門を目指している。


「何が起きたんだ?」


「本当に封印の門が開くのか?」


ざわめきが町中に広がっていた。


やがて、一行は町の北門へたどり着く。


その先には、高さ五メートルほどはある巨大な石門がそびえ立っていた。


門の表面には、複雑な紋様や古代文字がびっしりと刻まれている。


その前では数人の神官が祈りを捧げ、兵士たちが周囲を封鎖していた。


「町長!」


神官の一人が駆け寄ってくる。


「状況は?」


町長が尋ねる。


「先ほどから、少しずつ門が動いています。」


神官が震える声で答えた。


「誰も触れておりません。」


「封印の術も切れていません。」


「それなのに……。」


その時だった。


ゴゴゴゴ……。


重い音が響き、巨大な石門がゆっくりと震え始める。


集まっていた人々が一斉に息をのんだ。


「動いた!」


誰かが叫ぶ。


石門は、まるで見えない誰かに押されているかのように、少しずつ開いていく。


「そんな……。」


神官は青ざめた。


「あり得ない……。」


リクは石門を見上げる。


「大きい門ですね。」


「そこですか!?」


ミアは思わずツッコむ。


「今、一番気にするところじゃありません!」


「でも、本当に大きいですよ。」


リクは感心したように石門を見つめる。


「これだけ重そうなのに、勝手に動くなんて不思議ですね。」


「だから、その不思議が問題なんです!」


ミアが言い返した、その瞬間。


石門がさらに大きく動いた。


ゴゴゴゴ……。


開いていく門の隙間から、誰も見たことのない暗闇が静かに姿を現した。


町中が、息をのんでその光景を見つめていた。


やがて石門は、ゆっくりと動きを止める。


門は半分ほど開いたまま、静まり返った。


誰も動かなかった。


「……本当に開いてしまった。」


神官の一人が震える声でつぶやく。


町長も、開いた門を見つめたまま言葉を失っている。


「こんなことは……。」


「この町ができて以来、一度もありませんでした。」


隊長は静かに剣の柄へ手を添える。


「町長。」


「いかがいたしましょう。」


町長はしばらく門を見つめ、ゆっくりと首を横に振った。


「まだ誰も近づくな。」


「門の向こうで何が起きているのか分からん。」


「神官たちは封印の術を維持してくれ。」


「兵士たちは住民をこれ以上近づけるな。」


「はっ!」


兵士たちは一斉に動き始めた。


その張り詰めた空気の中、リクは開いた門をじっと見つめていた。


「大きい門ですね。」


「リクさん!」


ミアは思わずツッコむ。


「今はそこじゃありません!」


「でも、本当に大きいですよ。」


リクは感心したように見上げる。


「こんなに重そうな門が勝手に動くなんて、不思議ですね。」


「だから、その不思議が問題なんです!」


ミアが言い返した、その時だった。


カラン……。


どこからともなく、小さな鈴の音が響いた。


「えっ……。」


ミアの表情が変わる。


聞き間違えるはずがない。


あの山の祠で聞いた音と、まったく同じだった。


町長も兵士たちも顔を見合わせる。


「今の音は……?」


「誰か鈴を鳴らしたのか?」


ざわめきが広がる。


リクは辺りを見回した。


「お祭りでもあるんですかね。」


「違います!」


ミアは即座に否定する。


「こんな時に鈴なんて鳴らしません!」


その瞬間。


ゴゴゴゴ……。


止まっていた石門が、再びゆっくりと動き始めた。


「まただ!」


兵士の一人が叫ぶ。


開いていた門は、それ以上開くことも閉じることもなく、小刻みに震え始める。


地面までわずかに揺れ、石畳の砂が跳ねる。


神官たちは一斉に祈りの言葉を唱え始めた。


しかし、門の動きは止まらない。


リクはじっとその様子を見つめていた。


「壊れたんですかね。」


「そんな簡単な話じゃありません!」


ミアは思わず頭を抱えた。


その時。


門の奥の暗闇から、何かが転がる音が聞こえた。


コツ……。


コツ、コツ……。


まるで誰かがゆっくりと歩いてくるような音だった。


兵士たちが一斉に剣を抜く。


町中が静まり返る。


暗闇の奥を見つめる視線が、一つに集まった。


コツ……。


コツ……。


足音はゆっくりと近づいてくる。


兵士たちは剣を構え、神官たちは祈りの言葉を唱え続ける。


町長も固唾をのんで門の奥を見つめていた。


やがて。


暗闇の中から、一人の老人がゆっくりと姿を現した。


白い髭を蓄え、古びた旅装束をまとっている。


手には一本の木の杖。


どこにでもいそうな、ごく普通の老人だった。


「……人?」


隊長が目を丸くする。


兵士たちも互いに顔を見合わせた。


老人は門の外へ一歩踏み出すと、不思議そうに辺りを見回した。


「ここは……どこじゃ?」


その一言に、誰も答えられない。


町長がおそるおそる口を開く。


「あなたは……封印の門の中にいたのですか?」


老人は少し考え込むように目を閉じる。


「封印?」


「そんなものに入った覚えはないのう。」


その答えに、その場の全員が息をのんだ。


何百年もの間、一度も開かなかった封印の門。


その中から現れた人物が、何も知らないと言う。


リクは老人を見つめ、小さく笑った。


「迷子みたいですね。」


「助けてあげましょう。」


「リクさん!」


ミアは思わず声を上げる。


「そこなんですか!?」


リクは首をかしげる。


「困っている人は放っておけませんから。」


老人はそんなリクを見つめ、穏やかに笑った。


「……優しい若者じゃの。」


しかし、その笑顔を見たミアの胸のざわつきは、さらに大きくなる。


世界は、確かに変わり始めていた。


次回『門の向こうから来た老人』

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