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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
世界がおかしくなり始める

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第10話 門の向こうから来た老人

町中は、突然現れた老人を遠巻きに見つめていた。


「本当に封印の門から出てきたのか……。」


「でも、普通のおじいさんにしか見えないぞ。」


住民たちは不安そうにささやき合っている。


町長は老人の前まで歩み寄ると、静かに頭を下げた。


「失礼ですが、お話を伺ってもよろしいでしょうか。」


老人は穏やかにうなずいた。


「もちろんじゃ。」


「わしにも何が起きたのか、さっぱり分からんのでな。」


町長は少し安心したように息をつく。


「では、まずお名前を教えていただけますか。」


老人は目を閉じ、しばらく考え込んだ。


「……名前は覚えておる。」


「アルドじゃ。」


「アルド様ですね。」


町長は手帳へ名前を書き留める。


「お住まいはどちらでしょう。」


「分からん。」


「封印の門の中にいた理由は?」


老人は困ったように首をかしげた。


「それも分からん。」


「ご家族は?」


「……覚えておらん。」


質問が続くたびに、老人は静かに首を横へ振る。


「名前以外、何も思い出せないんですね。」


ミアがそっと尋ねた。


「そうらしい。」


老人は苦笑する。


「自分でも不思議なんじゃ。」


「名前だけははっきりしておるのに、それ以外は霧がかかったようでのう。」


その時、隊長が老人の手元へ目を向けた。


「所持品は、それだけですかな。」


老人の手には、一本の古びた木の杖が握られていた。


飾り気のない、ごく普通の杖。


長い年月を経たような細かな傷が、表面に幾重にも刻まれている。


老人はその杖を見つめ、小さく笑った。


「これだけは、昔から持っておった気がする。」


「だが、いつから持っておるのかは思い出せんのじゃ。」


町長は静かにうなずいた。


「大切な持ち物なのですね。」


「そうかもしれんな。」


老人は穏やかに答えた。


誰も、その杖を不思議だとは思わなかった。


ただ、老人が昔から大切にしてきた品なのだろう。


その場にいた誰もが、自然にそう受け止めていた。


町長は静かに息をつく。


「事情は分かりました。」


「……とはいえ、何も分かったとは言えませんな。」


「申し訳ないのう。」


アルドは頭を下げた。


「迷惑をかけてしまう。」


「お気になさらないでください。」


町長は首を横に振る。


「原因はアルド様ではありません。」


「問題は、封印の門から人が現れたという事実です。」


その言葉に、その場の空気が重くなる。


隊長が町長へ問いかけた。


「町長、この方はどういたしましょう。」


「身元も分からず、ご家族も分からないとなると……。」


町長は腕を組み、しばらく考え込む。


「町で保護することもできますが、アルド様の記憶が戻る保証はありません。」


「どこで何をきっかけに思い出されるかも分かりませんからな。」


その時だった。


「町長さん。」


リクが一歩前へ出る。


「どうでしょう。」


「アルドさんがよければ、しばらく僕たちと一緒に旅をしませんか?」


その場にいた全員がリクを見る。


「旅……ですか?」


町長が聞き返す。


「はい。」


リクはいつもの穏やかな笑顔でうなずいた。


「旅をしていれば、景色や人との出会いで何か思い出すかもしれません。」


「一人で知らない場所にいるより、その方が安心だと思います。」


アルドは少し驚いたようにリクを見つめた。


「……よいのか?」


「もちろんです。」


リクは迷いなく答えた。


「困っている人は放っておけませんから。」


ミアは小さくため息をつく。


「また、その調子ですか……。」


呆れたように言いながらも、その表情にはどこか優しさがにじんでいた。


町長はリクとアルドを見比べ、静かにうなずいた。


「勇者様がそうおっしゃるのであれば、お任せいたしましょう。」


「アルド様。」


「旅の途中で何か思い出されたことがあれば、いつでもこの町へお知らせください。」


アルドは深く頭を下げる。


「恩に着る。」


隊長も一歩前へ出て敬礼した。


「勇者様、どうかお気を付けて。」


「ありがとうございます。」


リクは笑顔で頭を下げた。


こうして三人は町長や兵士たちに見送られ、再び西へ続く街道を歩き始める。


「次の町まで、どれくらいなんですか?」


リクが尋ねる。


地図を広げながら、ミアが答える。


「街道をそのまま西へ進めば、小さな宿場町があるみたいです。」


「そこで一泊できそうですね。」


「なるほど、ありがとうございます。」


ミアは地図を丁寧に丸め、リクのカバンへしまった。


アルドは二人の後ろを歩きながら、静かに辺りを見回す。


「懐かしいような……。」


「それでいて、初めて見る景色のようでもある。」


「何か思い出しましたか?」


ミアが尋ねる。


アルドは少し考え込み、ゆっくりと首を横へ振った。


「いや……まだ何も分からん。」


「じゃが、この旅を続ければ、何か思い出せる気がする。」


「焦らなくて大丈夫ですよ。」


リクは振り返って笑う。


「ゆっくり思い出していきましょう。」


アルドも穏やかに笑みを返した。


「ありがとう。」


三人はゆっくりと西へ向かって歩き続ける。


その頃――。


リクのカバンの中では、丸められた古い地図が静かに揺れていた。


誰にも触れられていない。


それなのに、一筋の淡い光が地図の上をゆっくりと走る。


スッ――。


今まで存在しなかった一本の道が、静かに描き加えられていく。


やがて光は消え、地図は何事もなかったかのように静まり返った。


その異変に気付いた者は、まだ誰もいなかった。


次回『地図が導く場所』

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