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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
勇者は全部無視する

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第7話 行くなと言われた道へ

「リクさん、待ってください!」


ミアは慌ててリクの後を追いかける。


「そっちは西ですよ!」


「そうですね。」


リクは振り返って笑った。


「さっき屋敷の主人さんが言ってました。」


「だからダメなんです!」


ミアは思わず声を上げる。


「『西へ向かうな』って忠告されたばかりじゃないですか!」


「はい。」


「ちゃんと聞いてたんですか?」


「聞いてましたよ。」


リクはあっさりとうなずく。


「じゃあ、どうして!」


「近そうだったので。」


「それだけですか!?」


リクは分かれ道を見比べる。


「東は少し遠回りに見えます。」


「でも西は真っすぐです。」


「早く次の町へ着けそうですよ。」


ミアは頭を抱えた。


「絶対そんな理由じゃありません!」


「何かあるから止めたんです!」


リクは少しだけ考える。


「確かに。」


「ですよね!」


「でも、理由は聞いてません。」


「……え?」


「だから、危なくなったら戻ればいいですよ。」


そう言うと、リクは迷うことなく西の山道へ足を踏み入れた。


ミアは深いため息をつき、小さくつぶやく。


「また始まった……。」


静かな山道に、二人の足音だけが響いていた。


鳥のさえずりが聞こえ、木々の間から木漏れ日が差し込む。


「思っていたより普通の道ですね。」


リクは周りを見回しながら歩く。


ミアは落ち着かない様子で辺りを見回した。


「屋敷の主人さん、あんなに真剣な顔で忠告していましたから。」


「何か理由があるはずです。」


「そうなんですね。」


リクは道端に咲く小さな花を見つける。


「きれいですね。」


「リクさん!」


ミアは思わずツッコむ。


「今は花を見てる場合じゃありません!」


「でも、きれいですよ。」


リクは笑顔で花を眺める。


その穏やかな空気とは裏腹に、山道には人が通った形跡がほとんどなかった。


落ち葉は積もり、道の脇の草も伸び放題になっている。


「本当に誰も通っていないみたいですね。」


「だから戻りましょう。」


「ここまで来たら、もう少しだけ。」


リクはそう言って歩き続ける。


しばらく進むと、道の真ん中に一本の古い道しるべが立っていた。


木でできた、ごく普通の道しるべだ。


しかし、近づいてみると奇妙なことに気づく。


『←東 町』


『→西 町』


「……あれ?」


リクは首をかしげた。


「さっきも、この道しるべを見ませんでしたか?」


ミアの表情から笑みが消える。


ゆっくりと振り返る。


来た道には、誰もいない。


風だけが静かに吹き抜けていた。


「気のせい……ですよね?」


ミアは自分に言い聞かせるようにつぶやく。


「たぶん。」


リクは道しるべを眺めながら答えた。


「同じ形なんじゃないですか?」


「そんなことあります?」


「職人さんが同じように作ったとか。」


「そんな理由あります!?」


ミアは思わずツッコむ。


リクは気にする様子もなく、道しるべの横を通り過ぎる。


「早く行きましょう。」


「ちょっと待ってください!」


ミアも慌てて後を追う。


さらに十分ほど歩く。


木々はますます深くなり、空を見上げても枝葉に隠れてほとんど見えない。


静かだった山道から、いつの間にか鳥の鳴き声も消えていた。


「……静かですね。」


リクがぽつりと言う。


「やっと気づきましたか。」


ミアは少し安心したように笑う。


「この静けさ、やっぱり変ですよ。」


「そうですね。」


リクは辺りを見回した。


「お腹が空きました。」


「そこじゃありません!」


ミアの声が山道に響く。


その時。


カラン……。


どこからともなく、小さな鈴の音が聞こえた。


二人は同時に足を止める。


音は、一度だけ鳴って消えた。


「……聞こえました?」


ミアが小声で尋ねる。


「はい。」


リクは静かにうなずく。


そして音がした方角を指差した。


「たぶん、あっちですね。」


木々の隙間から、赤い鳥居がわずかに見えていた。


「鳥居……。」


ミアは思わず息をのむ。


こんな山奥にあるとは思えないほど立派な鳥居だった。


鮮やかな朱色だけが、深い森の中で不自然なほど目立っている。


「神社でしょうか。」


リクは興味深そうに鳥居を見つめた。


「どうでしょう……。」


ミアも目を凝らす。


だが、鳥居の奥は木々に遮られ、その先は見えない。


「行ってみますか。」


リクは迷うことなく歩き始める。


「ま、待ってください!」


ミアは慌てて後を追った。


鳥居へ近づくにつれ、周囲の空気が少しずつ冷たくなっていく。


さっきまで吹いていた風も、いつの間にか止んでいた。


鳥居の前まで来ると、一本の古びた立て札が目に入る。


長い年月で文字はかすれていたが、辛うじて読むことができた。


『この先 立入禁止』


「またですね。」


リクは苦笑する。


「最近、こういうの多いですね。」


「笑ってる場合じゃありません!」


ミアは立て札を指差した。


「今度こそ戻りましょう!」


「でも。」


リクは立て札を見つめながら首をかしげる。


「この立て札、ずいぶん古いですよ。」


「えっ?」


「ほら。」


リクが軽く指で触れると、木がぽろりと欠けて地面へ落ちた。


「もう何十年も前のものじゃないですか?」


「だから……?」


「だったら、今も立入禁止か分からないですよ。」


「そういう問題じゃありません!」


ミアがツッコんだ、その瞬間だった。


ゴォォ……。


何も吹いていなかったはずの風が突然吹き抜け、鳥居の向こうの木々が大きく揺れた。


二人は思わず鳥居の奥へ目を向ける。


暗い森の中で、何かがゆっくりと動いたような気がした。


ミアは思わずリクの腕をつかむ。


「い、今……見ましたよね?」


「はい。」


リクは鳥居の奥をじっと見つめる。


「何かいました。」


「だから戻りましょう!」


「でも。」


リクは不思議そうに首をかしげた。


「向こうも、こっちを見てるだけですよ。」


「見られてる時点で十分怖いんです!」


ミアの声が少し裏返る。


しばらく様子をうかがっていたが、それ以上動く気配はなかった。


リクは一歩だけ鳥居へ近づく。


すると。


「……あれ?」


鳥居の柱に、小さな紙が貼られていることに気づいた。


端が破れ、雨風にさらされて文字も薄れている。


リクは顔を近づけて読み上げた。


「『この先へ入る者は――』」


そこから先は、紙が破れて読めなかった。


「肝心なところがありませんね。」


「読めなくてよかったです!」


ミアは即座に答える。


「絶対ろくなことが書いてありません!」


リクは紙をもう一度眺める。


「続き、気になりますね。」


「気にしなくていいです!」


その時だった。


カラン……。


また、あの鈴の音が鳴る。


今度はさっきよりも近い。


しかも。


鳥居の向こうではなく――


二人のすぐ後ろから聞こえた。


ミアの肩がびくりと震える。


恐る恐る振り返ると、そこには誰の姿もなかった。


それでも鈴の音だけが、静かな山道にもう一度響いた。


カラン……。


「だ、誰ですか!」


ミアは思わず声を上げた。


返事はない。


森は静まり返り、木々も微動だにしていなかった。


リクはゆっくりと辺りを見回す。


「誰もいませんね。」


「だから怖いんです!」


ミアは半泣きになりながら周囲を見渡した。


その時だった。


コロン。


小さな音を立てて、何かがリクの足元へ転がってきた。


「ん?」


リクが拾い上げる。


それは、小さな真鍮の鈴だった。


「これですね。」


軽く振ってみる。


カラン。


澄んだ音が森に響く。


「リクさん!」


ミアは慌てて声を上げる。


「勝手に触っちゃダメです!」


「でも、落とし物かもしれません。」


リクは鈴を見つめながら首をかしげる。


「持ち主が探しているかもしれませんね。」


「こんな山の中でですか!?」


「はい。」


リクは鈴を手にしたまま、鳥居の方へ歩き出した。


「届けに行きましょう。」


「待ってください!」


ミアも慌てて後を追う。


二人が鳥居へ近づいた、その時。


鳥居の上から吊るされた小さな鈴が、ひとりでに揺れた。


風は吹いていない。


それでも。


カラン……。


鈴の音は、今リクが持っている鈴と、まったく同じ音を響かせた。


「……同じ音。」


ミアは鳥居の鈴と、リクの手の中の鈴を見比べる。


「偶然……でしょうか。」


「そうかもしれません。」


リクはあまり気にした様子もなく歩き出した。


「持ち主が近くにいるなら、返さないと。」


「リクさん!」


ミアは慌てて後を追う。


二人は鳥居をくぐり、そのまま森の奥へ進んでいく。


歩き始めて数分。


木々が少し開けた場所に、小さな石造りの祠がぽつんと建っていた。


長い年月を感じさせる古びた祠だったが、不思議と周囲だけは落ち葉一つ落ちていない。


「ここでしょうか。」


リクは祠へ近づく。


その前には、石でできた小さな台座があり、丸い窪みが一つだけ彫られていた。


リクは手の中の鈴と見比べる。


「ちょうど入りそうですね。」


「ま、待ってください!」


ミアが慌てて声を上げる。


「落とし物って決まったわけじゃありません!」


「そうですね。」


リクは素直にうなずく。


「じゃあ。」


ミアは少しだけ安心した。


「誰か来るまで、ここに置いておきましょう。」


「えっ?」


リクはそう言うと、鈴をそっと台座の窪みへ置いた。


――カチッ。


まるで最初からそこにあったかのように、鈴はぴったりとはまった。


その瞬間。


祠の奥から、長い間止まっていた歯車が動き出すような、小さな音が響いた。


コト……。


リクとミアは同時に顔を上げた。


次回『鳥居の奧』

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