表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
勇者は全部無視する

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/26

第6話 屋敷の主人

「……ずいぶんと変わった勇者だな。」


ローブの男は小さく笑うと、ゆっくりとフードを下ろした。


現れたのは、白髪交じりの穏やかな老人だった。


長い年月を感じさせる顔立ちだったが、その瞳だけは不思議なほど力強い。


「初めまして。」


老人は静かに一礼する。


「私はこの屋敷の管理を任されている者だ。」


「管理人さんだったんですね。」


リクはどこか安心したように笑った。


「もっと怖い人かと思いました。」


「……そう見えたか。」


老人は苦笑する。


「こんな屋敷に一人で住んでいれば、そう思われても仕方あるまい。」


「掃除も一人ですか?」


「……掃除?」


「広いですから、大変ですよね。」


老人は一瞬だけ言葉を失った。


これまで何人もの勇者がこの屋敷を訪れた。


だが、最初に掃除の心配をされたのは初めてだった。


「ははは……。」


思わず笑みがこぼれる。


「君は、本当に変わっている。」


「よく言われます。」


リクは少し照れくさそうに笑った。


一方、ミアはどこか落ち着かない様子で老人を見つめていた。


老人もまた、ほんの一瞬だけミアへ視線を向ける。


しかし今度は何も言わない。


先ほど交わした約束を守るように。


静かな空気を破るように、リクが玄関ホールを見回した。


「そういえば、この肖像画。」


リクは壁に並ぶ肖像画を見回した。


「どうしてみんな顔が真っ黒だったんですか?」


老人は静かに振り返り、一枚一枚の肖像画へ視線を向ける。


その表情から、先ほどまでの穏やかな笑みが消えた。


しばらくの沈黙のあと、小さく息をつく。


「……その話は、またいずれ。」


「そうなんですね。」


リクはそれ以上気にすることもなく、素直にうなずいた。


しかしミアだけは、老人の横顔をじっと見つめていた。


その一言には、ただ「話したくない」だけではない、何か別の意味が込められているように感じたからだ。


老人はすぐに表情を戻し、静かに微笑む。


「それより、せっかく来たのだ。」


「少し話でもしようではないか。」


老人はそう言うと、玄関ホールの奥へ歩き始めた。


「こちらへ。」


二人も後を追う。


通された部屋には、大きな暖炉と木製の丸い机、それに三脚の椅子が並んでいた。


壁一面には古びた本棚があり、天井までぎっしりと本が詰め込まれている。


「すごい本の数ですね。」


リクは目を輝かせた。


「全部読んだんですか?」


「長く生きておるからな。」


老人は静かに笑う。


「少しずつ読んでいたら、いつの間にか増えてしまった。」


「片付けも大変そうですね。」


「そこが気になるのか。」


老人は思わず吹き出した。


「君は、本当に面白い勇者だ。」


ミアも小さく笑う。


先ほどまで張りつめていた空気が、少しだけ和らいだ。


老人は棚から一冊の古い本を取り出し、机の上へ置く。


表紙には金色の文字が刻まれていたが、長い年月でほとんど読めなくなっていた。


「勇者とは、いつの時代も特別な存在だった。」


老人は本にそっと手を添える。


「皆、世界を救うために旅へ出る。」


「そうなんですね。」


リクは素直にうなずく。


「でも、私はまだ世界を救う予定はないですよ。」


「……予定?」


「はい。」


リクは笑顔のまま答えた。


「まずはいろんな町を見てみたいです。」


老人は目を丸くした。


そして、ふっと優しく笑う。


「……なるほど。」


「だから、お前なのか。」


その言葉の意味を、リクは気にすることなく首をかしげた。


「何がですか?」


老人はゆっくりと首を横に振る。


「いや、独り言だ。」


老人は穏やかに微笑み、話を切り替えるように机の上のティーカップへ手を伸ばした。


「さて、せっかくの客人だ。」


「何も出さぬというのも失礼だな。」


そう言って立ち上がると、部屋の奥にある棚へ向かった。


「少し待っていてくれ。」


「ありがとうございます!」


リクは元気よく返事をすると、部屋の中をゆっくり見回す。


暖炉の横には古い柱時計。


窓際には手入れの行き届いた鉢植え。


どれも長い年月を感じさせるものばかりだった。


ふと、本棚の一番奥に、小さな木製の扉があることに気づく。


「ん?」


リクは不思議そうに近づいた。


「あれは何ですか?」


老人は振り返り、リクの指差す先を見る。


「あそこは書庫だ。」


「古い資料しか置いておらん。」


「若い者には退屈な場所だと思うぞ。」


「そうなんですか?」


リクの目がきらりと輝く。


「ちょっと見てきます!」


「リ、リクさん!」


ミアが慌てて立ち上がる。


「勝手に入ったら失礼ですよ!」


しかし、リクはもう書庫の扉へ手をかけていた。


ギィ……。


古い蝶番が静かに鳴る。


「すごい……。」


感心したような声を残し、リクは書庫の奥へ入っていった。


やがて扉がゆっくりと閉まる。


部屋には、老人とミアだけが残った。


老人は閉じられた扉を静かに見つめ、小さく息をつく。


「……あの勇者は、本当に何も知らないのだな。」


静かな部屋に、老人の声だけが響く。


ミアは書庫の扉を見つめたまま、小さくうなずいた。


「はい。」


その返事には、どこか寂しさがにじんでいた。


老人はゆっくりと椅子へ腰を下ろす。


「お前は、それでよいのか。」


ミアは少しだけ目を伏せた。


「……よくはありません。」


「でも。」


言葉を選ぶように、一度息をつく。


「今、話してしまえば、リクさんはきっと気にしてしまいます。」


老人は黙って続きを待った。


「リクさんは、何も知らないからこそ、まっすぐ前へ進める人なんです。」


「だから私は……。」


ミアは静かに微笑む。


「そのままでいてほしいと思っています。」


老人はしばらく黙ってミアを見つめていた。


やがて、小さく笑う。


「……優しいな。」


「昔のお前なら、そんな言葉は口にしなかった。」


その一言に、ミアの表情がわずかに曇る。


「人は……変わります。」


「そうか。」


老人はそれ以上何も聞かなかった。


二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。


その時だった。


「ありましたー!」


書庫の奥から、リクの明るい声が響く。


「こっちにも肖像画があります!」


ミアは思わず立ち上がる。


「リクさん! 勝手に触っちゃダメです!」


「えっ? もう触っちゃいました!」


老人は額に手を当て、小さく苦笑した。


「……本当に、目が離せぬ勇者だ。」


「これです。」


リクが指さした先には、一枚の古い肖像画が立て掛けられていた。


部屋の外に飾られていたものとは違い、その肖像画には穏やかな笑みを浮かべた白髪の老人が描かれている。


「優しそうなおじいさんですね。」


リクはそれだけ言うと、肖像画から興味を失ったように視線を外した。


「他には何があるんだろう。」


今度は近くの棚を見回し始める。


その言葉に、屋敷の主人は静かに足を止めた。


しばらく肖像画を見つめると、どこか懐かしそうに微笑む。


「その方は、この屋敷の初代の主だ。」


「へぇ。」


リクは棚を眺めたまま気のない返事をする。


「優しそうな人ですね。」


「ああ。」


老人は静かにうなずく。


「とても優しい方だった。」


それ以上、老人は何も語らなかった。


ミアもまた、何も尋ねない。


書庫には静かな時間だけが流れる。


その意味を知らないのは、ただ一人。


棚の奥に何か面白いものはないかと探しているリクだけだった。


「リクさん。」


ミアが少し呆れたように声をかける。


「そろそろ戻りましょう。」


「はい。」


リクは素直にうなずくと、名残惜しそうに本棚を見渡した。


「今度またゆっくり読みに来たいですね。」


「書庫は逃げませんから。」


老人は穏やかに笑った。


三人は書庫を出て、再び応接室へ戻る。


老人は窓の外へ目を向けた。


夕日が差し込み、部屋を赤く染めている。


「もうこんな時間か。」


「そろそろ町へ戻った方がよい。」


「お世話になりました!」


リクは深々と頭を下げた。


ミアも小さく一礼する。


老人は二人を玄関まで見送ると、静かに口を開いた。


「勇者よ。」


リクは振り返る。


「一つだけ、忠告をしておこう。」


老人の表情から笑みが消える。


「この屋敷を出たら、西へ向かう道だけは選ぶな。」


「山道には、決して近づいてはならん。」


静かな声だった。


それでも、その言葉には今までとは違う重みがあった。


「分かりました!」


リクは元気よく返事をする。


ミアはその返事を聞いて、ほっと胸をなで下ろした。


二人は屋敷を後にする。


夕日に照らされた分かれ道が見えてきた。


道は東と西、二つに分かれている。


リクは立ち止まり、地図も見ずに西の道を指差した。


「こっちの方が近そうですね。」


「リクさん!?」


ミアの声が、夕暮れの街道に響いた。


次回『行くなと言われた道へ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ