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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
勇者は全部無視する

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第4話 入るなと言われた洞窟へ

 翌朝。


 窓から差し込む朝日で目を覚ましたリクは、大きく伸びをした。


「よく寝た。」


 宿の一階へ降りると、食卓には焼きたてのパンと湯気の立つスープが並べられていた。


 香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がっている。


「おはようございます、勇者様。」


 宿の女将が笑顔で頭を下げる。


「おはようございます。」


 リクも軽く会釈をして席へ着いた。


 すると、すでに朝食を食べ終えていたミアが呆れたような表情でこちらを見る。


「ずいぶんのんびりだね。」


「旅って体力使うじゃないですか。」


「だから寝られる時に寝る。」


 リクはそう言ってパンを一口かじる。


「……美味しい。」


 外は香ばしく、中はふんわりと柔らかい。


 思わず笑みがこぼれる。


「この村、パン美味しいですね。」


 その言葉を聞いた宿の女将は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。毎朝、焼きたてをお出ししているんですよ。」


「やっぱり。」


 リクは嬉しそうにもう一口頬張る。


 ミアはその様子を見ながら、小さくため息をついた。


(この人、本当に食べ物のことになると幸せそう……。)


 そこへ村長が宿へ入ってきた。


「勇者様、おはようございます。」


「おはようございます。」


「朝食がお済みになりましたら、ご出発の前に少しお話がございます。」


「分かりました。」


 リクがスープを飲み干した、その時だった。


 バンッ!


 勢いよく宿の扉が開いた。


「村長、大変です!」


 息を切らした若い村人が飛び込んでくる。


「洞窟に魔物が現れました!」


 宿の空気が、一瞬で張り詰めた。


「落ち着いて、何があったのですか。」


 村長が駆け寄る。


 若い村人は肩で息をしながら答えた。


「東の洞窟です!」


「朝早く薬草を採りに行った人が、魔物を見たって……!」


「幸い全員逃げられました。でも、このままじゃ洞窟へ近づけません!」


 宿の女将が口元を押さえる。


「また魔物が……。」


 村長は険しい表情で目を閉じた。


「ついに現れましたか……。」


 リクはスープを飲み終え、何気なく尋ねる。


「洞窟って、この村の近くなんですか?」


「ええ。」


 村長は頷く。


「村の東にある小さな洞窟です。」


「街道よりも近道になりますが……。」


 そこで言葉を切る。


「勇者様。」


 村長は真っすぐリクを見つめた。


「決して、洞窟には近づかないでください。」


「え?」


「現在の目的は旅を進めることです。」


「危険を冒す必要はありません。」


「街道を進めば、安全に次の町へ向かえます。」


 ミアも真剣な表情で頷く。


「今回は村長の言うとおり。」


「洞窟には入らない。」


「これが一番安全だから。」


 リクは静かに話を聞いていた。


「なるほど。」


 村長とミアは少し安心した。


 ちゃんと伝わった。


 そう思った、その時。


「じゃあ。」


 リクは机の上に置かれていた簡単な地図を広げる。


「街道はここですよね。」


「はい。」


「洞窟はここ。」


「……はい。」


 リクは二つを見比べる。


「だったら。」


 指で洞窟をなぞる。


「こっちの方が近いですよね?」


 宿の中が静まり返った。


 ミアは嫌な予感しかしなかった。


「……リク。」


「何?」


「今、何を考えてるの?」


 リクは当たり前のように答える。


「近いなら、洞窟を通った方が早いかなって。」


 ミアは思わず机に突っ伏した。


「だから……入るなって言われたでしょ!」


 リクは首をかしげる。


「まだ入るって決めたわけじゃないですよ。」


「ただ、近いなって思っただけです。」


 その笑顔を見た村長は、小さく額を押さえた。


 ――嫌な予感がしてならなかった。


「少し様子を見るだけですよ。」


 リクは立ち上がり、軽く背伸びをした。


「魔物が本当にいるなら、街道を歩いてても危ないかもしれませんし。」


「だから先に確認しておこうかなって。」


「ダメ!」


 ミアが即座に否定する。


「村長が『入るな』って言ったでしょ!」


「うーん。」


 リクは腕を組んで少し考える。


「でも、知らないまま進む方が怖くないですか?」


「それは……。」


 ミアは言葉に詰まる。


 確かに言っていることは間違っていない。


 だからこそ困るのだ。


「勇者様。」


 村長が穏やかな口調で話しかける。


「お気持ちはありがたいのです。」


「ですが、あの洞窟には昔から良くない噂があります。」


「良くない噂?」


「入った者は、誰一人として奥まで辿り着けなかったと伝えられています。」


 宿の中が静まり返る。


 村人たちも不安そうな表情で頷いていた。


「道に迷う者。」


「突然姿を消す者。」


「恐怖で逃げ帰る者。」


「理由は分かりません。」


「だから、この村では子どもにも近づくなと教えているのです。」


 リクは黙って話を聞いていた。


 そして、一つだけ質問する。


「魔物が出たのは最近なんですか?」


「はい。」


「三日前です。」


「それまでは?」


「何も起きておりませんでした。」


 リクは少しだけ考え込む。


「……じゃあ、急に何かが変わったんですね。」


 その一言に、村長は目を見開いた。


「確かに……。」


 誰もそこまでは考えていなかった。


 ミアも驚いたようにリクを見る。


(ちゃんと考えてる……。)


 昨日までの印象が少しだけ揺らぐ。


 しかし、その直後。


「じゃあ。」


 リクは笑顔で言った。


「行って確かめましょう。」


「だから違うってば!」


 ミアが思わず叫ぶ。


「そこからなんでそうなるの!」


「だって気になるし。」


「気になるからって入っていい場所じゃないの!」


「危なかったら戻ります。」


「その『危なかったら』が遅いの!」


 宿の中に笑いが漏れる。


 村人たちも、あまりに噛み合わない二人のやり取りに思わず苦笑していた。


 村長は深く息を吐く。


「……分かりました。」


「え?」


「どうしても行かれるのであれば、せめてこれだけはお持ちください。」


 村長は壁に掛けられていた一本の剣を外した。


 装飾もない、ごく普通の鉄の剣だった。


「伝説の剣ではありません。」


「ですが、この村で一番よく切れる剣です。」


 リクは剣を受け取り、何度か軽く振ってみる。


「ちょうどいい重さですね。」


 村長はほっと胸をなで下ろした。


(さすがに木の棒では行かないようだ……。)


 ところが、その安心も束の間だった。


 リクは剣を腰に差すと、宿の入口へ向かって歩き出す。


「じゃあ、行きましょう。」


 ミアは大きくため息をつきながら、その後を追いかけた。


 村の東にある洞窟。


 その暗い入口が、二人を静かに待ち受けていた。


 洞窟の入口は、昼間だというのに薄暗かった。


 ひんやりとした空気が流れ出し、外とはまるで別世界のようだ。


「やっぱり、やめよう。」


 ミアが入口で足を止める。


「今ならまだ間に合うから。」


「危なそうだったら戻りますよ。」


 リクはそう言うと、ためらうことなく洞窟の中へ足を踏み入れた。


「だから、その判断が早いんだって……。」


 ミアは諦めたようにため息をつき、後を追う。


 洞窟の中は静まり返っていた。


 天井から落ちる水滴の音だけが、一定の間隔で響いている。


 リクは突然足を止め、しゃがみ込んだ。


「どうしたの?」


「足跡があります。」


 リクが指差した先には、大小さまざまな足跡が残っていた。


「この足跡……新しいですね。」


「分かるの?」


「土がまだ崩れてないですし。」


「人の足跡も残ってる。」


 ミアもしゃがみ込み、足元を見る。


「本当だ……。」


 よく見ると、人の足跡は入口へ向かって続いている。


「逃げてきた跡ですね。」


 リクは静かに立ち上がった。


「魔物は奥にいると思います。」


 ミアは少し驚いた表情を浮かべる。


(ちゃんと見てる……。)


 リクは何も考えていないようでいて、意外と観察力が鋭い。


 すると、その時だった。


 少し先からガサガサと物音が聞こえてきた。


 リクは右手を軽く上げる。


「止まって。」


 ミアも息を潜め、その場に足を止めた。


 物陰から、小柄な緑色の魔物が三体、ゆっくりと姿を現す。


「ゴブリン……!」


 ミアが小さく息を呑む。


 リクは腰の剣を静かに抜いた。


「あれがゴブリンか。」


「初めて見ました。」


「そんな感想いらないから!」


 ミアが小声でツッコむ。


「来るよ!」


 その声と同時に、一体のゴブリンがこちらへ気づいた。


「ギャッ!」


 鋭い叫び声が洞窟内に響き渡る。


 残りの二体も一斉に振り向き、三体そろってリクたちへ駆け出した。


 ミアは慌てて杖を構える。


「来ます!」


 リクは一歩前へ出て、静かに剣を構えた。


「下がって。」


ゴブリンが一斉に飛びかかってくる。


「ギャァッ!」


 一番前の一体が木の棍棒を振り上げた。


 リクは慌てることなく、一歩だけ横へ踏み出す。


 棍棒は空を切り、その勢いのままゴブリンの体勢が大きく崩れた。


「今。」


 短く呟き、剣を振るう。


 銀色の刃が一直線に走り、一体目のゴブリンがその場に倒れ込んだ。


「ギギッ!」


 残る二体が左右へ分かれて襲いかかる。


「後ろ!」


 ミアが叫ぶ。


 リクは振り返らず、一歩だけ後ろへ下がった。


 ゴブリン同士がぶつかり合い、もつれる。


「狭い場所で一緒に来るから。」


「ぶつかるんですよ。」


 リクは苦笑しながら剣を横へ払う。


 二体目がその場に崩れ落ちた。


 残った一体は立ち止まり、警戒するようにリクを睨む。


「ギィ……。」


「逃げる?」


 リクは剣を下ろさず問いかける。


 もちろん、言葉は通じない。


 ゴブリンは大きく叫び、最後の力を振り絞って飛びかかってきた。


 リクは深く息を吸う。


 そして、最小限の動きで攻撃をかわし、剣の柄でゴブリンの腕を弾く。


 武器を落とした隙を逃さず、剣を振り下ろした。


 静寂が戻る。


「終わりました。」


 リクは剣を軽く払って鞘へ納める。


 ミアは目を丸くしたまま立ち尽くいていた。


「……強い。」


「え?」


「そんな簡単に倒せる相手じゃないのに。」


 リクは少し首をかしげる。


「そうなんですか?」


「うん。」


 ミアはゆっくり頷く。


「普通なら三体同時なんて避ける。」


「それに、さっきの動き。」


「全部見えてたの?」


 リクは少し考えてから答えた。


「見えてたというより。」


「振り回してくるだけだったので。」


「避けやすかったです。」


 ミアは言葉を失う。


(この人……。)


(本当に初めて戦ったの?)


 その時だった。


 戦いの音が止んだ洞窟の奥から、小さく何かが転がる音が聞こえた。


 カラン――。


 二人は同時に奥へ視線を向ける。


 暗闇のさらに奥。


 そこには、古びた木箱がぽつんと置かれていた。


 二人は慎重に宝箱へ近づいた。


 長い年月を感じさせる木箱だった。


 金具は錆びつき、表面には細かな傷が無数についている。


 ミアは立ち止まった。


「待って。」


「どうしたの?」


「不用意に開けない方がいい。」


「罠かもしれないし、呪いがかかってる可能性もある。」


 リクは宝箱を見つめる。


「なるほど。」


 そう言うと、剣の先で宝箱を軽く突いてみた。


 反応はない。


 もう一度、少し強めに突く。


 何も起こらない。


「大丈夫そうですね。」


「そういう問題じゃないの!」


 ミアが慌てて止めようとした、その時。


 リクは蓋をゆっくりと開けた。


 ギギギ……。


 重たい音を立てながら、宝箱が開いていく。


 二人は思わず中をのぞき込んだ。


「……地図?」


 中に入っていたのは、一枚の古びた羊皮紙だった。


 ミアは目を見開く。


「これ……!」


「知ってるの?」


「分からない。でも、すごく古いものだと思う。」


 リクは地図を広げる。


 山や森、川が描かれている。


 その中央には、赤い印が一つ記されていた。


「ふーん。」


 リクはしばらく眺める。


「何か分かった?」


 ミアが身を乗り出す。


「いや。」


「全然。」


 あっさり答えた。


「でも、何か意味があるかもしれないよ!」


「かもしれませんね。」


 リクは地図を丁寧に畳む。


 ミアは少し安心した。


(持って帰るんだ。)


 そう思った次の瞬間。


 リクは地図を宝箱へ戻した。


「…………え?」


「必要になったら取りに来ればいいですし。」


「またそれ!?」


 ミアの声が洞窟中に響く。


「こういうのは持っていくものでしょ!」


「でも今は使わないですよね?」


「使うかどうかじゃなくて!」


 ミアは頭を抱える。


「大事だから持っていくの!」


「そういうものですか?」


「そういうものなの!」


 リクは少し考えたあと、小さく笑った。


「じゃあ、ミアが持ちます?」


「え?」


「いや、私は……。」


 言葉に詰まる。


 確かに重要そうだ。


 でも、本当に安全かも分からない。


 リクは宝箱の蓋を閉じた。


「分からない物は、そのままにしておきましょう。」


「また来ればいいです。」


 そう言って歩き出す。


 ミアは宝箱とリクを何度も見比べた末、ため息をついて後を追った。


 二人の姿が見えなくなった洞窟の奥。


 静寂の中で、閉じられた宝箱が小さく震えた。


 そして蓋の隙間から、かすかな金色の光が漏れる。


 まるで誰かが、


「持っていけ。」


 と訴えているようだった。


 しかし、その声は誰にも届かない。


次回『賢者の秘密はまた今度』

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