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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
世界がおかしくなり始める

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第26話 迫る黒き竜軍

アルドが指差した北へ向かい、五人は街道を外れた。


背の高い木々が空を覆い、昼間だというのに森の中は薄暗い。


獣道すらない森を、アルドは迷うことなく歩いていく。


「本当に、この先なんでしょうか。」


レオンは地図を広げ、何度も周囲の地形と見比べた。


「この辺りは空白です。」


「街道も、村も、遺跡も記されていません。」


アルドは申し訳なさそうに頭をかいた。


「すまんのう。」


「わしにも、どうして分かるのか説明できん。」


「じゃが……。」


「向こうじゃ。」


迷いなく森の奥を指差す。


リクは笑顔でうなずいた。


「じゃあ、行きましょう。」


その一言だけで歩き出す。


ミアは小さく息をつきながらも、その後に続いた。


「本当に、リクさんは迷いませんね。」


「アルドさんが言うなら、大丈夫ですよ。」


リクは振り返って笑う。


その笑顔を見て、レオンは静かに苦笑した。


「普通なら、もう少し疑うものですが。」


「そうですか?」


リクは首をかしげる。


「アルドさんは、今まで間違えたことがありませんから。」


その言葉に、アルドは困ったように笑う。


「そう言われると、余計に不安になるのう。」


一同に小さな笑いが広がる。


張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


しかし、その直後だった。


レオンが足を止める。


「……待ってください。」


全員が立ち止まる。


レオンはしゃがみ込み、地面を静かに見つめた。


落ち葉の下には、新しい足跡がいくつも残されている。


人間より一回り大きな足跡。


重い鎧をまとった者たちが歩いたのか、地面は深く踏み固められていた。


「かなりの人数が通っていますね。」


レオンは周囲へ視線を巡らせる。


すると、少し離れた木の幹に一本の矢が突き刺さっているのが目に入った。


ゆっくりと近づき、その矢を引き抜く。


矢は黒く染められ、矢尻には見覚えのある紋様が刻まれていた。


「これは……。」


ミアも隣へ歩み寄る。


「野営地で見た矢ですね。」


レオンは静かにうなずいた。


「間違いありません。」


「黒き竜軍のものです。」


リクも矢をのぞき込む。


「じゃあ、この足跡は……。」


「ええ。」


レオンは矢を見つめたまま答える。


「この軍勢が残したものでしょう。」


「しかも、この足跡の数から考えると、一隊や二隊ではありません。」


「かなりの兵が、この先へ向かっています。」


ミアは足跡の続く先へ目を向けた。


「アルドさんが向かおうとしている場所と……。」


「同じ方向ですね。」


森を、静かな風が吹き抜ける。


アルドは再び北を見つめた。


「急がねばならん。」


また無意識に言葉が漏れる。


アルド自身が、その言葉に驚いていた。


「……またじゃ。」


「また、口が勝手に動いてしもうた。」


誰もその理由を説明できない。


だが、その言葉だけは、不思議なほど確信に満ちていた。


リクは聖銀の剣へ手を添え、静かにうなずく。


「行きましょう。」


「きっと、この先に理由があります。」


五人は互いに目を合わせると、足音を殺しながら森の奥へと進み始めた。


森の奥へ進むにつれ、周囲の景色が少しずつ変わり始めた。


鳥のさえずりが聞こえない。


風は吹いている。


それなのに、木々はほとんど揺れなかった。


「静かですね……。」


エルナが小さくつぶやく。


ミアも周囲を見渡す。


「静かというより……。」


「何かがおかしいです。」


レオンは一本の木へ手を触れた。


「この木。」


「見てください。」


全員が近づく。


幹には深い傷が残っていた。


剣で斬られたような跡ではない。


何か巨大なものが、力任せに削り取ったような傷だった。


さらに少し先へ進むと、今度は折れた大木が道を塞いでいる。


根元から折られたその木は、長い年月そこに倒れていたかのように苔むしていた。


「最近折れたものではありませんね。」


レオンは静かに言う。


「ですが、不思議です。」


「この場所へ続く道はないはずなのに、誰かが頻繁に出入りしています。」


ミアは足元へ目を落とした。


「古い跡と、新しい跡が重なっています。」


「まるで、昔から誰かがここへ通っていたみたいです。」


リクは周囲を見回した。


「でも、人が住んでいる感じはしませんね。」


「ええ。」


レオンもうなずく。


「だからこそ違和感があります。」


その時だった。


先頭を歩いていたアルドが、ぴたりと足を止めた。


「……着いた。」


ぽつりと漏れたその一言に、四人は顔を上げる。


アルド自身も驚いたように口元へ手を当てる。


「またじゃ……。」


「わしは、どうして『着いた』などと……。」


ゆっくりと視線を前へ向ける。


木々の隙間から、何かが見えた。


灰色の石。


人の背丈ほどもある古びた石碑が、森の奥にひっそりと佇んでいた。


苔に覆われ、長い年月を経ているはずなのに、その表面だけは不思議なほど傷一つ付いていない。


誰も、その石碑を見たことがなかった。


しかし、アルドだけはその姿を見つめたまま、小さくつぶやいた。


「……やはり、ここじゃ。」


四人は息をのんだ。


その石碑が、この旅を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。


五人はゆっくりと石碑へ近づいた。


近くで見る石碑は、想像以上に大きい。


表面には風化した古い文字が刻まれていた。


「文字が書かれています。」


エルナがそっと石碑へ近づく。


「読めますか?」


ミアが尋ねる。


エルナは文字を指でなぞりながら首を横へ振った。


「ほとんど読めません。」


「でも……。」


「これは古代魔法文字です。」


「初代魔法使いが生きていた時代のものだと思います。」


ミアも石碑を見つめる。


「こんなものが、今まで見つからなかったなんて……。」


「信じられません。」


レオンは静かに周囲を見渡した。


「これほど大きな遺跡が地図に残っていないとは考えられません。」


「誰かが意図的に隠したのでしょうか。」


アルドは石碑の前へ歩み出る。


まるで引き寄せられるように。


「アルドさん?」


リクが声を掛ける。


アルドは石碑へ手を伸ばしかけ、自分でも驚いたように動きを止めた。


「違う。」


「わしは……。」


「なんでここへ来たかったんじゃ。」


その時だった。


森の奥から複数の足音が響く。


レオンが素早く剣を抜いた。


「来ます!」


木々の間から、黒い鎧をまとった魔族兵たちが姿を現す。


その数は十人を超えていた。


先頭の魔族兵が石碑を見つける。


「いたぞ!」


「勇者だ!」


その声を合図に、魔族兵たちが一斉に武器を構える。


リクも聖銀の剣を抜いた。


「皆さん、下がってください!」


レオンが一歩前へ出る。


ミアとエルナも杖を構えた。


緊張が一気に張り詰める。


しかし、その瞬間だった。


アルドの杖が淡く輝き始める。


「……え?」


アルド自身が一番驚いていた。


同時に、石碑の古代文字が一つ、また一つと青白く光り始める。


「石碑が……。」


エルナは目を見開く。


「反応しています!」


ミアも息をのんだ。


「どうして……。」


レオンは石碑を見つめたまま、小さくつぶやく。


「誰も触れていないのに……。」


「なぜ動き始めたんだ。」


リクは状況が分からないまま周囲を見回す。


「え?」


「どういうことですか?」


誰も答えられない。


石碑の輝きはさらに強くなる。


魔族兵たちも思わず足を止めた。


「何が起きている!」


次の瞬間。


眩い光が石碑から溢れ出し、五人を包み込む。


森が白く染まる。


誰も目を開けていられなかった。


そして――。


五人の姿は、光の中へ静かに消えていった。


次回『黒き竜城』

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