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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
世界がおかしくなり始める

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第27話 黒き竜城

眩い光が、ゆっくりと消えていく。


足元の感触が変わった。


柔らかな土ではない。


冷たく硬い石の床。


「ここは……。」


リクがゆっくりと目を開く。


目の前には、果てしなく続く石造りの大広間が広がっていた。


天井は高く、巨大な柱が何本も並んでいる。


壁には黒い炎が揺らめき、不気味な青白い光が辺りを照らしていた。


「転移……。」


ミアが小さくつぶやく。


「そんな……。」


レオンはすぐに剣を抜き、周囲を警戒する。


「全員、無事ですか。」


「大丈夫です!」


リクが答える。


エルナとアルドも静かにうなずいた。


「ここ……。」


エルナはゆっくりと辺りを見回す。


「ものすごい魔力です。」


「息苦しいくらい……。」


その時だった。


遠くから重い足音が響く。


――ゴォン。


――ゴォン。


まるで大地そのものが揺れているようだった。


レオンの表情が変わる。


「何か来ます。」


全員が身構える。


やがて、大広間の奥にある巨大な扉が、ゆっくりと開いた。


重々しい音が静寂を破る。


その奥から、一つの巨大な影が姿を現した。


漆黒の鱗。


黄金色の瞳。


全身からあふれ出す圧倒的な魔力。


誰が見ても分かる。


この世界で最も恐れられている存在。


黒き竜だった。


誰も言葉を発せない。


黒き竜は五人を静かに見つめる。


その視線がリクへ。


ミアへ。


エルナへ。


レオンへ。


そしてアルドへ移る。


その瞬間だった。


黒き竜の瞳が、わずかに見開かれる。


「……なぜだ。」


低く響く声が、大広間全体を震わせた。


「なぜ、お前たちがここにいる。」


その声には怒りではなく、驚きが混じっていた。


リクは首をかしげる。


「えっと……。」


「僕たちも分かりません。」


場違いな返事だった。


思わずミアが小さく額へ手を当てる。


レオンも苦笑しそうになるが、それどころではない。


黒き竜は石のように動きを止めたまま、五人を見つめ続けている。


まるで、この状況そのものが理解できないかのように。


静寂だけが、大広間を包み込んでいた。


黒き竜は、しばらく何も言わなかった。


黄金の瞳が五人を静かに見つめる。


その視線だけで、空気が重くなる。


誰も動けない。


誰も口を開けない。


やがて黒き竜は、低く響く声で問いかけた。


「答えろ。」


「誰がお前たちをここへ導いた。」


リクは困ったように頭をかく。


「えっと……。」


「石碑が急に光って。」


「気が付いたらここにいました。」


あまりにも正直な答えだった。


黒き竜は眉一つ動かさない。


「石碑だと。」


静かな声だった。


しかし、その一言だけで大広間の空気がさらに張り詰める。


レオンは剣を構えたまま、一歩前へ出る。


「リクさん。」


「不用意に近付かないでください。」


「分かりました。」


リクは素直にうなずき、一歩下がった。


黒き竜はなおも五人を見つめている。


まるで何かを確かめるように。


その視線が、ゆっくりとアルドへ移る。


「……。」


アルドは思わず身を固くした。


「わ、わしか?」


黒き竜は答えない。


視線はさらに下へ移る。


アルドが手にしている一本の杖。


古びた木製の杖。


どこにでもありそうなその杖を見た瞬間――。


黒き竜の瞳が、大きく揺れた。


「その杖は……。」


低く漏れた声には、初めて明確な動揺があった。


アルドは不思議そうに杖を見下ろす。


「この杖が、どうかしたんかのう。」


黒き竜は答えない。


黄金の瞳は杖だけを見つめ続けている。


その様子を見たエルナは、小さく息をのんだ。


今まで胸の奥に引っ掛かっていた違和感。


何度見ても説明できなかった感覚。


そのすべてが、黒き竜の反応によって一つにつながり始めていた。


「……まさか。」


エルナは震える声でつぶやく。


しかし、その言葉の続きを口にすることはできなかった。


黒き竜がゆっくりと一歩、前へ踏み出したからだった。


黒き竜が一歩踏み出す。


その一歩だけで、大広間の床が低く震えた。


「その杖を。」


黒き竜は静かに言う。


「どこで手に入れた。」


アルドは困ったように首をかしげた。


「分からん。」


「気が付いた時には、持っておった。」


黒き竜は目を細める。


「……あり得ぬ。」


その短い言葉には、今までの落ち着きとは違う重みがあった。


ミアは黒き竜とアルドを交互に見つめる。


「黒き竜が、動揺している……?」


レオンも小さく息をのむ。


戦いを前にした相手が見せる表情ではない。


まるで、見てはいけないものを見てしまったかのようだった。


エルナは無意識にアルドの杖へ視線を向ける。


胸の奥で、これまで何度も感じてきた違和感が、少しずつ大きくなっていく。


(どうして……。)


(どうして、あの杖を見た瞬間だけ、黒き竜はあんなに動揺したの……。)


答えは、あと少しで届きそうなのに届かない。


その時だった。


黒き竜がゆっくりと顔を上げる。


黄金の瞳が、今度はリクをまっすぐ見据えた。


「勇者。」


「お前は、本来ここへ来るはずではなかった。」


リクは首をかしげる。


「そうなんですか?」


「……。」


黒き竜は一瞬だけ言葉を失う。


そのあまりにも自然な返事に、わずかに眉をひそめた。


「……なるほど。」


「予言は、すでに狂っているということか。」


その一言に、ミアたちの表情が変わる。


しかしリクだけは、


「予言って、やっぱり大事だったんですね。」


と、どこか他人事のようにつぶやいた。


黒き竜はゆっくりと翼を広げる。


巨大な翼が広間に風を巻き起こし、石畳を震わせる。


「ならば、ここで終わらせる。」


低く響く声とともに、圧倒的な魔力が大広間を満たした。


レオンは剣を構え直す。


「来ます!」


ミアとエルナも杖を握り締める。


アルドは一歩下がりながらも、杖を強く握り直した。


リクは仲間たちを見回し、小さくうなずく。


「みんな。」


「絶対に、全員で帰りましょう。」


誰も返事はしなかった。


その代わり、四人は静かにうなずく。


次の瞬間。


黒き竜が大きく羽ばたき、五人へ向かって一気に飛び出した。


リクは地面を蹴った。


「行きます!」


聖銀の剣が一直線に黒き竜へ迫る。


しかし。


黒き竜は避けようともしなかった。


硬い鱗へ剣が触れた瞬間――。


キィンッ!!


鋭い金属音が大広間へ響き渡る。


「なっ……!」


リクは目を見開く。


確かな手応えはあった。


それなのに、鱗には傷一つ付いていない。


黒き竜は静かにリクを見下ろした。


「軽い。」


低く漏れたその一言。


次の瞬間、巨大な前脚が振り下ろされる。


「リクさん!」


レオンが飛び込んだ。


剣を交差させ、衝撃を受け止める。


轟音とともに石畳が砕け散る。


「ぐっ……!」


レオンの足が床を滑る。


両腕へ凄まじい重さが伝わった。


「なんという力だ……。」


黒き竜は追撃することなく、静かに翼を広げる。


その一振りだけで暴風が巻き起こった。


「きゃあっ!」


エルナが吹き飛ばされそうになる。


ミアはすぐに魔法陣を展開した。


「防御結界!」


透明な壁が五人を包み込む。


暴風は結界へ激しく叩きつけられた。


しかし。


パキッ。


小さな音が響く。


「結界が……!」


ミアの額を汗が流れる。


一度の攻撃だけで結界にひびが入っていた。


リクは黒き竜を見上げる。


「こんなに強いなんて……。」


それでも、その瞳から戦う意思は消えていなかった。


黒き竜はそんなリクを見つめ、小さく息を吐く。


「勇者。」


「その程度で、ここまで来たというのか。」


静かな声だった。


だが、その言葉には圧倒的な力の差が滲んでいた。


大広間に、再び重い緊張が走る。


誰もが理解していた。


この戦いは、まだ始まったばかりなのだ。


黒き竜はゆっくりと前へ踏み出した。


その姿には、焦りも隙もない。


まるで、まだ本気を出していないと言わんばかりだった。


リクは剣を握る手に力を込める。


「まだ終わってません!」


再び駆け出そうとした、その時だった。


アルドが小さく声を漏らす。


「……?」


四人が振り向く。


アルドは自分の杖を不思議そうに見つめていた。


「どうしたんですか?」


エルナが尋ねる。


アルドは困ったように首をかしげる。


「いや……。」


「今、一瞬だけ。」


「杖が温かくなった気がしたんじゃ。」


エルナは思わず息をのんだ。


「温かく……。」


アルドは苦笑する。


「気のせいじゃろう。」


「年を取ると、こういうこともある。」


そう言って笑うが、その笑顔の奥にはわずかな戸惑いが残っていた。


黒き竜は、その杖から一瞬たりとも視線を離さない。


黄金の瞳には、先ほどまでとは違う色が宿っていた。


警戒。


そして、確信。


「……そういうことか。」


黒き竜は誰にも聞こえないほど小さくつぶやく。


その意味を理解できた者は、この場にはいなかった。


大広間を重苦しい沈黙が包む。


リクは静かに剣を構え直した。


「次で決めます。」


黒き竜もゆっくりと翼を広げる。


圧倒的な魔力が再び大広間を満たした。


決着は、まだついていない。


だが、この戦いは確実に終わりへ近づいていた。


次回『最後の修正』

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