第24話 救出作戦
「総員、周囲を捜索しろ!」
隊長の怒号が野営地へ響き渡る。
黒い鎧の兵士たちは一斉に武器を手に取り、森の中へ散っていった。
「急ぎます。」
レオンは小さく言った。
「このままでは包囲されます。」
五人は身を低くしたまま、木々の陰を縫うように移動を始める。
兵士たちの足音が少しずつ近づいてきた。
「こっちにも二人来ます。」
ミアが小声で告げる。
茂みの向こうから、鎧が擦れる音が聞こえる。
レオンは周囲を見回し、小さく手で合図を送った。
全員が大木の陰へ身を寄せる。
兵士たちの話し声が近づいてきた。
「隊長も慎重だな。」
「勇者が本当に来ると思ってるのか?」
「命令だ。文句を言うな。」
二人の兵士は周囲を警戒しながら歩いてくる。
あと十歩。
九歩。
八歩。
距離がどんどん縮まっていく。
エルナは静かに杖を握り締めた。
(見つかる……。)
その時だった。
レオンが地面へ小石を転がす。
小石は斜面を転がり落ち、少し離れた茂みの中へ消えた。
カサッ。
小さな物音。
兵士たちは同時に音のした方を向く。
「誰だ!」
二人は剣を抜き、茂みへ駆け寄っていく。
レオンはその隙を逃さなかった。
「今です。」
五人は音を立てず、大木の陰から陰へと素早く移動する。
兵士たちは偽物の物音に気を取られたまま戻ってこない。
しばらく走り続けたあと、レオンが右手を上げた。
全員が足を止める。
目の前には、野営地の裏手へ続く細い獣道が伸びていた。
レオンは周囲を確認し、小さく息を吐く。
「予定より早く動くことになります。」
「ですが……。」
彼は野営地の方を見据える。
「まだ勝機はあります。」
レオンは獣道の先を指差した。
「この先は野営地の裏手です。」
「見張りが二人いるはずですが、正面よりは手薄でしょう。」
ミアが小さくうなずく。
「気付かれずに突破できれば、一番安全ですね。」
「そのつもりです。」
レオンは剣の柄へ静かに手を添えた。
「できる限り騒ぎは起こしたくありません。」
リクも聖銀の剣を握る。
「どう動けばいいですか?」
レオンは少しだけ笑った。
「私の合図があるまで動かないでください。」
「分かりました。」
リクは迷いなく答える。
その返事に、レオンは心の中で感心する。
勇者でありながら、自分の役割を理解し、仲間を信頼している。
だからこそ、この一行はまとまっているのだろう。
五人は身を低くしたまま獣道を進む。
やがて木々の切れ間から、二人の黒き竜軍の魔族兵が見えた。
全身を黒い鎧で覆い、顔は兜に隠れている。
兜の隙間からのぞく赤い瞳だけが、不気味な光を放っていた。
一人は周囲を警戒し、もう一人は天幕の裏手へ視線を向けている。
「……今です。」
レオンがささやく。
次の瞬間、その姿が消えた。
地面を蹴る音すらほとんど聞こえない。
魔族兵が異変に気付いた時には、すでにレオンは背後へ回り込んでいた。
剣の柄で首筋を打つ。
「ぐっ……。」
魔族兵は声を上げる間もなく、その場へ崩れ落ちた。
もう一人が振り向く。
「何者──」
その瞬間、ミアが静かに杖を掲げる。
「動きを封じます。」
淡い光が魔族兵の足元を包み込んだ。
まるで地面そのものが重くなったかのように、魔族兵の動きが一瞬だけ鈍る。
「今です!」
リクは一気に間合いを詰める。
魔族兵は慌てて剣を構えようとしたが、体が思うように動かない。
リクは剣を振るうことなく、その腕をつかんで地面へ倒した。
「ごめんなさい!」
魔族兵が叫ぼうとした瞬間、エルナが風魔法を放つ。
吹き抜けた風が魔族兵の口元を包み込み、声は森のざわめきへとかき消された。
アルドは近くに落ちていた縄を拾い上げ、手際よく二人の魔族兵を縛り上げる。
二人とも気を失ったまま動かない。
レオンは周囲を見回し、小さく息を吐いた。
「……よし。」
「誰にも気付かれていません。」
リクはほっと胸をなで下ろした。
「できるだけ傷つけずに済んでよかったです。」
レオンは思わず苦笑する。
「あなたは本当に変わっていますね。」
勇者なら敵を倒すことを優先する。
しかしリクは、戦う相手であっても必要以上に傷つけようとはしない。
その姿を見て、レオンはこの青年が勇者と呼ばれる理由を、少しだけ理解した気がした。
見張りの魔族兵を制圧した五人は、足音を殺しながら野営地の裏手へ回り込んだ。
村人たちは広場の隅へ集められ、縄で両手を縛られている。
誰もが疲れ切った表情を浮かべ、不安そうにうつむいていた。
「皆さん。」
リクはできるだけ小さな声で呼びかける。
村人たちは一斉に顔を上げた。
「しっ……!」
ミアが口元へ指を当てる。
「助けに来ました。」
「今から縄をほどきます。」
その言葉を聞いた村人たちの表情に、少しだけ希望が戻る。
エルナは素早く縄をほどき始めた。
リクも聖銀の剣で縄だけを丁寧に切っていく。
「急がなくて大丈夫です。」
「慌てると転びますから。」
その一言に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
レオンは周囲を警戒しながら、小声で告げる。
「救出した人から森へ。」
「決して走らないでください。」
「私たちの合図があるまで、木陰で身を隠してください。」
村人たちは静かにうなずき、一人、また一人と森の中へ避難していく。
「ありがとうございます……。」
年配の女性が涙ぐみながら頭を下げた。
「お礼はあとでお願いします。」
リクは照れくさそうに笑う。
「今は逃げることが先です。」
その時だった。
天幕の方から怒鳴り声が響く。
「おい!」
「外が静かすぎるぞ!」
レオンの表情が変わる。
「まずい……。」
次の瞬間、天幕の布が勢いよく開いた。
黒い鎧をまとった隊長格の魔族が外へ姿を現す。
鋭い赤い瞳が、広場をゆっくりと見回した。
見張りがいるはずの場所に、誰もいない。
縄をほどかれ始めた村人たち。
そして、リクたちの姿。
隊長格の魔族はゆっくりと長剣を抜いた。
「……勇者か。」
低く響くその声に、野営地の空気が一変する。
同時に、あちこちの天幕や焚き火の周囲から魔族兵たちが立ち上がった。
静かだった野営地が、一瞬で戦場へと姿を変える。
リクは村人たちを背にかばうように、一歩前へ出た。
レオンも剣を抜き、静かに並ぶ。
「ここからは……。」
「時間との勝負です。」
黒き竜軍の魔族兵たちが、一斉に武器を構えた。
「村人を逃がしてください!」
リクが叫ぶ。
「ここは僕たちが引き受けます!」
レオンはすぐに応じた。
「ミアさん!」
「村人を守ってください!」
「エルナさんは敵の足止めを!」
「アルドさんは最後尾を!」
「リクさんは私と前へ!」
「分かりました!」
四人は迷いなく動き出す。
村人たちは森へ向かって走り始めた。
「逃がすな!」
魔族兵たちが一斉に追いかけようとする。
ミアは静かに杖を掲げた。
「守護結界。」
淡い光が村人たちを包み込み、透明な障壁が森への道を覆う。
飛来した矢が結界へ当たり、鈍い音を立てて弾かれた。
「今のうちです!」
村人たちは結界に守られながら、森の奥へ避難していく。
その横を駆け抜けようとした魔族兵へ、エルナが杖を向けた。
「ウィンドカッター!」
鋭い風の刃が地面を走り、魔族兵たちの足元を切り裂く。
「うわっ!」
数人の魔族兵が体勢を崩し、その場へ倒れ込んだ。
「今です!」
レオンが地面を蹴る。
鋭い一閃。
先頭の魔族兵が剣で受け止めようとするが、一歩遅かった。
衝撃で大きく吹き飛ばされる。
その隙へリクが飛び込んだ。
「はあっ!」
聖銀の剣が振るわれる。
しかし狙ったのは魔族兵ではない。
兵士が握る剣だった。
金属音が響き、剣は大きく弾き飛ばされる。
「武器を離してください!」
魔族兵は驚いたようにリクを見た。
勇者なら敵を斬る。
そう思っていた。
しかし目の前の勇者は違う。
武器を奪い、戦えなくするだけで、それ以上は剣を振るおうとしない。
アルドは村人たちを誘導しながら周囲を見渡す。
「急ぐんじゃ。」
「慌てず、前だけを見るんじゃ。」
年配の村人へ肩を貸し、小さな子どもの手を引く。
その姿は、まるで昔から村人たちを導いてきた者のようだった。
やがて隊長格の魔族が静かに前へ歩み出る。
倒れた部下たちを一瞥すると、ゆっくりと長剣を抜いた。
「なるほど。」
低く響く声が森へ広がる。
赤い瞳が、まっすぐリクを見据えた。
「お前が勇者か。」
「人を救うために剣を振るい、敵の命までは奪わぬ。」
隊長は静かに剣先を向ける。
「予言とは違う。」
「……実に興味深い。」
リクは首をかしげた。
「予言……ですか?」
その反応に、隊長はわずかに眉を動かす。
「知らぬのか。」
次の瞬間。
隊長の姿が風を切るように消えた。
「リクさん!」
レオンが叫び、すかさず剣を振り上げる。
激しい金属音が森へ響き渡った。
隊長の一撃を受け止めたのは、レオンの剣だった。
激しい金属音が森へ響き渡る。
隊長格の魔族は大きく後ろへ跳び、レオンとの距離を取った。
「ほう。」
興味深そうに剣を構え直す。
「勇者だけではないようだな。」
レオンは剣先を隊長へ向けたまま答える。
「あなたの相手は私です。」
「その間に村人たちは避難します。」
隊長は小さく笑った。
「できるものならな。」
その言葉と同時に、残っていた魔族兵たちが一斉に前へ出る。
「行かせるな!」
その瞬間だった。
「リクさん!」
ミアの声が響く。
リクは大きくうなずき、聖銀の剣を握り直した。
「皆さん!」
「村人たちをお願いします!」
リクは迷うことなく魔族兵たちの前へ飛び出す。
一人の魔族兵が剣を振り下ろす。
リクはそれを受け流し、相手の体勢を崩した。
続けて二人目。
三人目。
深追いはしない。
斬り伏せるのでもない。
村人へ近づこうとする魔族兵だけを的確に止めていく。
「くっ……!」
魔族兵たちは思うように前へ出られない。
その隙に、最後の村人も森の中へ避難していった。
アルドは後ろを振り返り、大きくうなずく。
「全員避難した!」
その声を聞いたレオンは、小さく笑う。
「十分です。」
次の瞬間、隊長の剣を大きく弾き上げた。
鋭い衝撃に隊長は数歩後退する。
「撤退だ。」
隊長は低く命じた。
魔族兵たちはすぐに動きを止める。
「勇者。」
隊長は静かにリクを見据えた。
「今日はここまでだ。」
「だが、次は違う。」
「我らは必ず、お前より先に目的を果たす。」
そう言い残すと、隊長は森の奥へ跳び退いた。
残っていた魔族兵たちも、それに続いて姿を消していく。
静寂が戻った。
リクは大きく息を吐く。
「みんな、無事ですか?」
「ええ。」
ミアが笑顔で答える。
「村人たちも全員無事です。」
エルナもほっとしたように胸をなで下ろした。
「助かりましたね。」
レオンは剣を鞘へ納めると、リクの前へ歩み寄る。
「今回は皆さんのおかげです。」
「ありがとうございました。」
リクは照れくさそうに笑った。
「こちらこそ。」
「レオンさんがいてくれて助かりました。」
レオンは静かに頭を下げる。
「私はここで失礼します。」
「まだ各地を回らなければ――」
「え?」
リクが不思議そうな顔をした。
「帰るんですか?」
「……はい。」
「私は一人旅ですから。」
リクは首をかしげる。
「一人旅?」
「はい。」
「何かおかしいでしょうか。」
リクは少し笑って答えた。
「だって、もう仲間ですよね?」
レオンは目を見開いた。
「……仲間?」
「はい。」
「一緒に戦いましたし。」
「村人も助けました。」
「最初から、そのつもりでした。」
あまりにも自然な口調だった。
レオンは思わず笑ってしまう。
「あなたは……。」
「本当に不思議な勇者ですね。」
「よく言われます。」
リクも笑う。
レオンは四人の顔を順番に見つめた。
ミアもうなずく。
エルナは優しく微笑み、アルドも穏やかに目を細めている。
レオンはゆっくりとうなずいた。
「……よろしくお願いします。」
その言葉に、リクはうれしそうに笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
こうして五人は、新たな仲間として再び旅を始めることになった。
次回『消えない違和感』




