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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
世界がおかしくなり始める

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23/28

第23話 敵の野営地

北へ続く山道は、森の奥へ進むにつれて細くなっていった。


背の高い木々が空を覆い、昼間だというのに辺りは薄暗い。


風が枝を揺らす音だけが、静かな山道に響いている。


レオンを先頭に、五人は慎重に足を進めていた。


「ここから先は、できるだけ音を立てないでください。」


レオンは振り返らず、小さな声で言う。


「敵に見つかれば、村人たちが危険になります。」


四人は静かにうなずいた。


落ち葉を踏まないよう足元へ注意を向け、一歩ずつ距離を詰めていく。


やがてレオンが足を止め、しゃがみ込んだ。


「見てください。」


全員がその場へ集まる。


地面には深く刻まれた轍が続いていた。


「荷車ですね。」


ミアが小さくつぶやく。


レオンは轍の幅や深さを確かめながらうなずく。


「しかも、かなり重い荷を積んでいます。」


「村人たちを乗せている可能性が高いでしょう。」


リクの表情が引き締まる。


「急がないと。」


その言葉に、レオンは静かに首を横へ振った。


「焦る気持ちは分かります。」


「ですが、焦った方が負けます。」


「敵はこちらより人数が多い。」


「一度見つかれば、村人たちを救える可能性は一気に下がります。」


その冷静な口調には、不思議な説得力があった。


リクも素直にうなずく。


「分かりました。」


「レオンさんを信じます。」


レオンは少し驚いたようにリクを見た。


出会って間もない相手に、ここまで迷いなく判断を委ねられたことは今までなかった。


「……ありがとうございます。」


短く答え、再び前を向く。


その様子を見ていたエルナは、小さく微笑んだ。


(この人も、リクさんに調子を狂わされてる。)


そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。


その時だった。


アルドがふいに足を止める。


「……近い。」


ぽつりと漏れた一言。


「アルドさん?」


ミアが声をかける。


アルドは困ったように首をかしげた。


「いや……。」


「今のも、口が勝手に。」


だが、その言葉どおりだった。


レオンがゆっくりと右手を上げる。


全員がその場に身を伏せる。


木々の隙間から、かすかに人の話し声が聞こえてきた。


レオンはゆっくりと身を低くしたまま前へ進む。


五人もその後に続いた。


茂みの隙間から慎重に前方をのぞき込む。


そこには、小さな広場があった。


広場の中央には焚き火が焚かれ、その周囲を黒い鎧の兵士たちが囲んでいる。


「……。」


リクは息を潜めた。


兵士たちは思い思いに休んでいるわけではない。


食事をする者。


見張りに立つ者。


武器の手入れをする者。


それぞれが決められた役割を黙々とこなしていた。


「盗賊じゃありませんね。」


ミアが小声で言う。


レオンも静かにうなずく。


「軍です。」


「しかも、かなり訓練されています。」


その視線は、広場全体を素早く見渡していた。


「見張りが四人。」


「弓兵が二人。」


「荷車は三台。」


「天幕が一つ。」


「ざっと二十五人……。」


レオンは小さく息を吐く。


「予想どおりです。」


アルドは兵士たちの動きをじっと見つめていた。


「交代も早い。」


「隙が少ないのう。」


そう口にした瞬間、アルドは自分の口元へ手を当てた。


「……またじゃ。」


「わしは、なぜそんなことまで分かるんじゃ。」


エルナは静かにアルドを見る。


その違和感は、もう一度や二度ではない。


(やっぱり……。)


アルドは何かを知っている。


思い出せないだけで。


その時だった。


リクが小さく前を指差す。


「あそこ。」


全員が視線を向ける。


広場の奥には、縄で縛られた村人たちが座らされていた。


大人も子どもも、不安そうに身を寄せ合っている。


「よかった……。」


リクは安堵したように小さく息をついた。


「みんな生きています。」


しかし、ミアは小さく首をかしげた。


「でも……。」


「何か気になりますか?」


リクが尋ねる。


ミアは広場を見渡したまま答えた。


「少女の話では、村長さんだけが別に尋問されていました。」


「ここには、そのような人はいません。」


エルナも静かにうなずく。


「ということは……。」


レオンは広場のさらに奥へ視線を向ける。


木々に囲まれた場所に、一つだけ少し大きな天幕が建っていた。


入口には二人の兵士が立ち、周囲よりも厳重に警戒している。


「あそこでしょう。」


レオンは静かにつぶやいた。


「村長がいるとすれば、あの天幕の中です。」


五人は息を潜めたまま、その天幕を見つめ続けた。


しばらく誰も口を開かなかった。


五人は木陰へ身を隠したまま、天幕の様子を見守る。


すると――。


「出てこい。」


低い声が静かな野営地へ響いた。


天幕の入口が開く。


中から黒い鎧をまとった男が姿を現した。


他の兵士より一回り大きな鎧。


腰には長剣。


顔には古い傷跡が走っている。


その後ろから、一人の老人が兵士に腕をつかまれながら連れて来られた。


「!」


リクは思わず身を乗り出しかける。


レオンがすぐに肩へ手を置いた。


「まだです。」


リクは唇をかみ、ゆっくりとうなずく。


老人は疲れ切った表情を浮かべていた。


服は汚れ、足元もふらついている。


それでも黒い鎧の男をまっすぐ見返していた。


「もう一度聞く。」


男は低い声で言った。


「この辺りにあるはずだ。」


「どこへ隠した。」


老人は静かに首を横へ振る。


「知らん。」


「何度聞かれても同じじゃ。」


男の眉がぴくりと動く。


「予言に記された場所は、この一帯だ。」


「村長である貴様が知らぬはずがない。」


その言葉に、ミアとエルナは思わず息をのんだ。


(予言……。)


敵も予言を知っている。


リクだけが、小さく首をかしげた。


(予言って、王様もそんなこと言ってたな。)


その程度の認識だった。


男は老人へ一歩近づく。


「勇者より先に見つけ出さねばならん。」


「それが我らの使命だ。」


老人はゆっくりと目を閉じる。


「知らぬものは、答えようがない。」


男はしばらく老人を見つめていたが、やがて兵士たちへ命じた。


「天幕へ戻せ。」


「夕刻までに口を割らせる。」


兵士たちは老人を連れ、再び天幕の中へ入っていく。


野営地には再び静けさが戻った。


その様子を見つめながら、レオンは小さく息を吐く。


「時間は、あまり残されていません。」


天幕の中へ村長が連れて行かれると、野営地は再び静けさを取り戻した。


焚き火の火が小さく揺れ、見張りの兵士たちだけが周囲へ鋭い視線を向けている。


レオンは広場全体をもう一度見渡した。


「……見張りは四人。」


「一定の間隔で交代しています。」


「荷車の周りにも二人。」


「天幕の前には二人。」


「どこから仕掛けても、すぐに他の兵士が集まるでしょう。」


ミアは小さくうなずく。


「魔法で目くらましはできます。」


「でも、一度に全員を足止めするのは難しいですね。」


エルナも静かに口を開いた。


「村人たちを守りながら戦うとなると、広場で戦うのは不利です。」


リクは黙ったまま野営地を見つめていた。


縄で縛られ、不安そうに身を寄せ合う村人たち。


天幕へ連れて行かれた村長。


その姿が頭から離れない。


「レオンさん。」


リクが小さな声で呼ぶ。


「何でしょう。」


「一つだけ聞いてもいいですか。」


「どうぞ。」


「レオンさんなら、どう助けますか。」


レオンは少し驚いたようにリクを見た。


自分の考えを押し通すのではなく、まず相手の意見を聞く。


その姿勢は、やはり不思議だった。


レオンは野営地へ視線を戻す。


「私なら……。」


「夜を待ちます。」


「暗くなれば敵の視界も悪くなる。」


「その隙に村人たちを逃がし、最後に村長を救出します。」


ミアもうなずく。


「成功する可能性は、その方法が一番高いと思います。」


リクは静かに考え込む。


やがて、小さく笑った。


「よかった。」


「僕も同じことを考えていました。」


その言葉に、レオンは思わず笑みを浮かべた。


「安心しました。」


「正直、今にも飛び出すと言われるかと思っていました。」


リクは照れくさそうに頭をかく。


「さすがに、この人数に一人で飛び込むほど無茶はしませんよ。」


その言葉に、ミア、エルナ、アルドも思わず笑みをこぼした。


張りつめていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


しかし、その時だった。


野営地の入口から、一人の兵士が慌てた様子で駆け込んできた。


「報告します!」


広場中の兵士たちが一斉に振り向く。


兵士は息を切らしながら叫んだ。


「この近くで、人が歩いた跡を見つけました!」


その一言で、野営地の空気が一変する。


隊長格の男が鋭く命じた。


「総員、周囲を捜索しろ!」


「勇者が近くにいる可能性がある!」


兵士たちは一斉に武器を手に取り、森の中へ散っていく。


レオンの表情が険しくなった。


「まずい……。」


「予定より早く動かれました。」


リクたちは身を潜めたまま、互いに顔を見合わせる。


救出のために残された時間は、もうほとんどなかった。


次回『救出作戦』

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