第22話 黒煙の村
黒い煙を目印に、四人は北へ向かって走り続けた。
街道を抜け、小さな森を越える。
進むにつれて、焦げたような匂いが風に混じり始めた。
「煙の匂いです。」
エルナが険しい表情を浮かべる。
ミアも静かにうなずいた。
「近いですね。」
やがて木々が途切れ、視界が開ける。
その先には、小さな村があった。
しかし、村は静まり返っていた。
家々の一部は焼け焦げ、あちこちから黒い煙が立ち上っている。
地面には折れた荷車や散乱した木箱が転がり、争った跡が生々しく残されていた。
「遅かった……。」
リクは思わず足を止める。
「まだ分かりません。」
ミアは周囲へ視線を巡らせた。
「慎重に進きましょう。」
四人は警戒しながら村へ足を踏み入れる。
静まり返った村には、鳥の鳴き声さえ聞こえなかった。
その時――。
「誰か……。」
かすかな声が聞こえた。
「!」
リクはすぐに声のした方へ駆け寄る。
倒れた荷車の陰には、一人の少女が座り込んでいた。
服は土で汚れ、腕には浅い傷がいくつもある。
「大丈夫ですか!」
リクは膝をつき、少女へ声をかける。
少女は震える指で村の奥を指差した。
「みんなが……。」
「連れて行かれたの……。」
その一言で、空気が変わる。
ミアの表情が引き締まる。
「連れて行かれた?」
少女は小さくうなずいた。
「黒い鎧を着た人たちが急に来て……。」
「村のみんなを縛って……。」
「逆らった人は……。」
少女は言葉を詰まらせ、うつむいた。
リクは静かに拳を握る。
「その人たちは、どっちへ行きましたか?」
少女は震える手で北の山道を指差した。
「あっち……。」
「山の方へ……。」
その時だった。
アルドが地面へ視線を落とす。
焼け焦げた土の上には、深く刻まれた足跡が続いていた。
「これは……。」
アルドは無意識に足跡へ手を伸ばす。
「軍勢じゃ。」
その言葉に、自分自身が一番驚いていた。
「……なぜ、そんなことが分かるんじゃ。」
誰も答えられなかった。
ただ一人、エルナだけがアルドを見つめている。
まただ。
アルドは、自分でも知らないことを知っている。
胸の奥の違和感は、少しずつ確信へ変わり始めていた。
その時だった。
村の入口の方から、誰かが駆けてくる足音が聞こえた。
「こちらにも生存者がいましたか。」
聞き覚えのある声だった。
四人が振り向く。
そこに立っていたのは――
先ほど別れたばかりの剣士、レオンだった。
「レオンさん!」
リクは少し安心したように表情を明るくした。
「また会いましたね。」
「ええ。」
レオンも小さくうなずく。
「黒い煙が見えたので来てみました。」
そう言うと、少女の様子を確認する。
「けがは浅いようですね。」
「命に別状はありません。」
エルナも少女の腕を診ながら言った。
「手当てをすれば大丈夫です。」
少女は少し落ち着きを取り戻したのか、小さく息をついた。
レオンは村の様子を静かに見回す。
焼けた家。
争った跡。
引きずられたような足跡。
その一つひとつを確認していく。
やがて地面へしゃがみ込み、土に残された跡へ手を添えた。
「やはり……。」
「かなりの人数です。」
アルドも静かにうなずく。
「軍勢じゃ。」
二人の言葉が重なる。
レオンはアルドを見た。
「あなたもそう思われますか。」
「……いや。」
アルドは困ったように笑う。
「思ったというより、口が勝手に……。」
レオンは不思議そうな表情を浮かべたが、それ以上は何も聞かなかった。
代わりに立ち上がり、北の山道へ視線を向ける。
「連れ去られた人たちを助けるなら、急いだ方がいいでしょう。」
「ただし。」
その一言で全員がレオンを見る。
「この人数で正面から追えば、こちらが不利になります。」
「相手の数も、目的も分かっていません。」
ミアもうなずいた。
「私も同意見です。」
「まずは情報を集めるべきです。」
リクは少しだけ考え込む。
そして少女の方を見る。
「一つだけ教えてください。」
少女は小さくうなずく。
「黒い鎧の人たちは……。」
「何か話していましたか?」
少女は記憶をたどるように目を閉じた。
「……えっと。」
「たしか……。」
「『時間がない。』って。」
「それから……。」
少女の顔から血の気が引いていく。
「『勇者より先に見つけろ。』って言ってました。」
その場の空気が、一瞬で凍りついた。
少女の言葉を聞き、その場に沈黙が落ちた。
「勇者より先に……。」
ミアが小さくつぶやく。
「何を探していたのでしょう。」
エルナも表情を曇らせる。
「村の人たちを連れ去る理由にもなっていません。」
レオンは腕を組み、焼け跡を見渡した。
「何かを知っている人間を探していたのかもしれません。」
「あるいは、何かを見つけるために村人を利用するつもりか。」
少女は震えながら首を横に振る。
「分からない……。」
「急に来て……。」
「みんな連れて行かれたの。」
リクは思わず息をのんだ。
「みんな……。」
少女は涙をこらえながら続ける。
「でも……。」
「村長さんだけ、何度も同じことを聞かれてた。」
「他の人たちは縛られたままだったけど……。」
「村長さんだけ、黒い鎧の人たちに囲まれて……。」
「何かを知ってるだろって……。」
レオンの表情が変わる。
「質問の内容は聞いていましたか?」
少女は必死に記憶をたどる。
「『知らない』って村長さんは言ってて……。」
「でも黒い鎧の人が……。」
少女は小さく息を吸った。
「『隠しても無駄だ。あれはこの近くにある。』って……。」
ミアとエルナは思わず顔を見合わせる。
まただ。
敵には明確な目的がある。
しかも勇者より先に何かを見つけようとしている。
一方、リクは首をかしげた。
「近くって、何でしょうね。」
「宝物とかですか?」
その何気ない一言に、張りつめていた空気が少しだけ和らぐ。
ミアは苦笑した。
「リクさんは、本当にぶれませんね。」
レオンは苦笑を浮かべながらも、すぐに表情を引き締めた。
「冗談を言っている場合ではありませんね。」
彼はしゃがみ込み、地面に残された足跡をじっと見つめる。
「足跡はまだ新しい。」
「それほど時間は経っていません。」
アルドも静かにうなずく。
「人数は二十……いや、二十五ほどか。」
「荷車も一台。」
そう口にした瞬間、アルドは困ったように眉をひそめた。
「……またじゃ。」
「なぜ分かるのか、自分でも説明できん。」
レオンは驚いたようにアルドを見る。
足跡だけでそこまで読み取れる者は少ない。
しかも本人に自覚がないという。
「アルドさん。」
ミアが心配そうに声をかける。
「大丈夫です。」
アルドは穏やかに笑った。
「体は何ともない。」
「ただ、頭より先に口が動いてしまうだけじゃ。」
エルナはそっとアルドの杖へ目を向ける。
(やっぱり……。)
鐘楼で感じた違和感。
そして今の言葉。
偶然とは思えなかった。
レオンは立ち上がり、北へ続く山道へ視線を向ける。
「二十五人を相手に正面から挑めば、助けられる命も助けられません。」
「まずは相手の居場所を突き止めましょう。」
「村人の安全を確認してから動くべきです。」
ミアもうなずいた。
「私も賛成です。」
「焦る気持ちはありますが、今は情報が足りません。」
全員の視線がリクへ集まる。
リクは少しだけ考え込んだあと、静かに口を開いた。
「助けることは変わりません。」
「でも、みんなが無事じゃないと助けられませんよね。」
「レオンさんの作戦で行きましょう。」
レオンは一瞬だけ目を見開いた。
出会ったばかりの自分に、迷いなく判断を任せる。
普通なら考えられないことだった。
「……分かりました。」
レオンは小さくうなずく。
「では、まずは敵のあとを追います。」
「見つからない距離を保ちながら。」
「村人たちを救い出す機会を探しましょう。」
リクたちは力強くうなずいた。
五人は足跡をたどり、静かに北の山道へ足を踏み入れた。
村人たちを救うための追跡が、静かに始まった。
次回『敵の野営地』




