第20話 動き出す黒き影
エルナが仲間に加わってから数日。
四人は街道を進み、小さな町や村へ立ち寄りながら旅を続けていた。
旅は驚くほど穏やかだった。
魔物に襲われることもほとんどなく、大きな事件も起きていない。
「平和ですね。」
リクは青空を見上げながら笑う。
「そうですね。」
ミアは返事をしながらも、どこか浮かない表情をしていた。
エルナも同じだった。
「何か気になりますか?」
リクが尋ねる。
ミアは少し迷ってから口を開く。
「……平和すぎるんです。」
「え?」
「勇者の旅なら、もっと何か起きてもおかしくありません。」
エルナもうなずく。
「私もそう思います。」
「世界がおかしくなってからは特に……。」
「何かが起きるたびに、世界が辻褄を合わせているような気がして。」
リクは首をかしげた。
「そうですか?」
「僕は平和なら、それが一番いいと思いますけど。」
「……そうですね。」
ミアは苦笑する。
この人は、最後まで変わらない。
だからこそ、この旅はここまで来られたのかもしれない。
その時だった。
「リクさん。」
アルドが静かに声をかける。
「どうしました?」
「……地図を見てもよいかの。」
リクは何の疑いもなく地図を差し出した。
「もちろんです。」
アルドは地図を静かに広げる。
その瞬間――
誰にも触れられていないはずの地図へ、新しい一本の線がゆっくりと浮かび上がった。
ミアとエルナは息をのむ。
まただ。
世界が、物語を書き換えている。
リクだけが、不思議そうに地図をのぞき込んだ。
「道が増えましたね。」
「便利になりました。」
その一言に、ミアは思わず苦笑した。
「……そういう問題じゃないんですけどね。」
その頃――。
人の気配が途絶えた山脈の奥深く。
黒い岩肌に囲まれた巨大な城が、静かにそびえ立っていた。
城内は不気味なほど静まり返り、重苦しい空気だけが流れている。
その最奥。
巨大な玉座の間。
玉座には、一つの黒い影が静かに腰掛けていた。
姿は闇に溶け込み、その表情までは見えない。
ただ、圧倒的な存在感だけが空間を支配していた。
やがて、玉座の間の扉が静かに開く。
一人の魔族が膝をつき、深く頭を垂れた。
「ご報告いたします。」
低い声が静寂に響く。
「勇者が動き始めました。」
黒い影は何も答えない。
魔族は言葉を続けた。
「しかし……。」
わずかに声が揺れる。
「予言と違う動きをしております。」
玉座の間に沈黙が落ちた。
「聖銀の剣は、本来の場所で手にしておりません。」
「神殿にも向かっておりません。」
「それにもかかわらず、勇者は旅を続けています。」
再び静寂。
やがて黒い影が、ゆっくりと口を開いた。
「……分かっている。」
その一言だけで、空気が張りつめる。
魔族は息をのんだ。
「世界が、揺らいでいる。」
黒い影は静かに立ち上がる。
長い外套が床をなぞり、玉座の間へ重々しい音が響いた。
「予言どおりではない。」
「だが、勇者は確かにここへ近づいている。」
黒い影はゆっくりと窓の外を見上げる。
厚い雲に覆われた空の向こう。
赤く染まり始めた月が、わずかに姿をのぞかせていた。
「面白い。」
低く響く声とともに、その紅い瞳が静かに開く。
「ならば見届けよう。」
「予言の先を。」
その言葉だけを残し、玉座の間は再び静寂に包まれた。
第二章 〜完〜




