第17話 新しい街道の先
宿場町アルセアを出発した四人は、新しく現れた街道を歩いていた。
道の両側には緑豊かな草原が広がり、遠くでは鳥のさえずりが聞こえてくる。
「歩きやすい道ですね。」
リクは気持ちよさそうに伸びをした。
「昨日まで無かったとは思えません。」
「……だから不思議なんです。」
ミアは前を向いたまま答える。
「これだけ立派な街道が、一晩でできるはずがありません。」
エルナも静かにうなずいた。
「私も、まだ信じられません。」
「遺跡も、街道も……。」
「全部、本当にあった出来事なんですよね。」
アルドだけは何も言わず、静かに前を歩いている。
やがて街道は緩やかな丘を越え、小さな村が姿を現した。
畑に囲まれた、のどかな村だった。
煙突からは白い煙が立ち上り、子どもたちが元気よく走り回っている。
「見えてきましたね。」
リクが笑顔を見せる。
「平和そうな村です。」
四人が村へ足を踏み入れると、畑仕事をしていた老人がこちらへ歩いてきた。
「旅のお方か。」
「ようこそ、この村へ。」
「こんにちは。」
リクは笑顔で頭を下げる。
「最近、この辺りで何か困ったことはありませんか?」
老人は少し考え込んでから、ゆっくりとうなずいた。
「困ったことと言えば……。」
「最近になって旅人が急に増えてのう。」
「おかげで村も少し賑やかになったわい。」
リクは首をかしげる。
「新しい街道ができたからですか?」
「たぶん、そうじゃろうな。」
老人は苦笑しながら答えた。
「いつの間にか街道ができとって、旅人がよう通るようになった。」
「誰が作ったのかは知らんが、便利になったと皆喜んどる。」
「村も活気づいたし、悪いことではないわい。」
その言葉に、ミアとエルナは静かに視線を合わせる。
まただ。
誰も「なぜ街道ができたのか」を深く気にしていない。
リクは老人へ笑顔を向けた。
「旅人が増えたなら、村ももっと元気になりますね。」
「そうじゃな。」
老人も楽しそうに笑った。
その時だった。
アルドが村の奥をじっと見つめる。
「……あそこじゃ。」
ぽつりと漏れたその一言に、三人はアルドの視線を追う。
村外れには、古い石造りの鐘楼が静かに建っていた。
鐘はすでになく、長い年月を経たその姿だけが、村を見守るように残されている。
アルドは迷うことなく、その鐘楼へ向かって歩き始めた。
「アルドさん!」
ミアが呼びかける。
しかしアルドは足を止めない。
三人は顔を見合わせると、慌ててその後を追いかけた。
アルドは迷うことなく、鐘楼へ向かって歩き続ける。
「アルドさん!」
ミアがもう一度呼びかける。
ようやくアルドは足を止め、振り返った。
「……すまん。」
「また、体が勝手に動いてしまった。」
困ったように笑うその表情に、嘘をついている様子はなかった。
四人は鐘楼の前までやって来る。
近くで見ると、石造りの壁はところどころ風化し、長い年月を物語っていた。
入口の木の扉は半分ほど開いている。
「入れるみたいですね。」
リクは扉を軽く押した。
ギィ……。
静かな音を立てて扉が開く。
中はひんやりとしていて、らせん状の石階段が上へと続いていた。
「本当に階段しかありませんね。」
エルナが辺りを見回す。
壁には古びたランプを掛ける金具が残っているだけで、飾りらしいものは何もない。
「普通の鐘楼みたいですね。」
リクは気楽な様子で階段へ足をかけた。
「登ってみましょう。」
四人はゆっくりと階段を上り始める。
石段を踏む音だけが、鐘楼の中へ静かに響いていた。
半分ほど登ったところで、アルドがふいに立ち止まる。
「どうしました?」
ミアが尋ねる。
アルドは壁へそっと手を添えた。
「……懐かしい。」
その一言に、三人は息をのむ。
「思い出したんですか?」
エルナが身を乗り出す。
しかしアルドは静かに首を横へ振った。
「いや……。」
「懐かしいと思っただけじゃ。」
「なぜそう思ったのかは、わしにも分からん。」
再び静寂が訪れる。
リクは壁を軽く見回しながら笑った。
「昔、誰かがここへ来ていたのかもしれませんね。」
「そうかもしれません。」
アルドは穏やかにうなずく。
だが、その目だけは鐘楼のさらに上――頂上だけを見つめ続けていた。
四人は再び階段を上り始めた。
やがて最後の一段を上ると、鐘楼の頂上へたどり着く。
そこは四方が開けており、村全体を見渡せる場所だった。
心地よい風が吹き抜け、遠くには宿場町へ続く新しい街道も見えている。
「景色がいいですね。」
リクは身を乗り出し、村を見渡した。
「鐘があったら、もっと雰囲気がありそうです。」
ミアは周囲を見回す。
鐘を吊るしていたと思われる太い木材だけが残り、鐘そのものはどこにもなかった。
「本当に何もありませんね。」
エルナも辺りを調べ始める。
壁。
床。
柱。
どれも長い年月を感じさせるだけで、特別なものは見当たらない。
「……あ。」
アルドが小さく声を漏らした。
三人が振り向く。
アルドは鐘楼の中央で立ち止まり、自分の杖を見つめていた。
「どうしました?」
ミアが近づく。
「いや……。」
アルドは首をかしげる。
「今、少しだけ温かくなった気がしたんじゃ。」
そう言って杖へ触れる。
しかし、もう何の変化もない。
「気のせいでしょうか。」
リクは笑顔で言う。
「木の杖ですし、日が当たって温まったのかもしれませんね。」
「……そうでしょうか。」
アルドは納得しきれない様子だった。
一方、エルナは杖から目を離せずにいた。
(また……。)
遺跡でも感じた違和感。
今も、ごくわずかだったが、杖から魔力のような気配を感じた。
けれど、それは一瞬で消えてしまった。
(そんなはず、ありません……。)
古い木の杖から魔力を感じるなど、本来ならあり得ない。
エルナは誰にも聞こえないほど小さく息を吐いた。
その違和感だけが、静かに胸の奥へ積み重なっていった。
四人は鐘楼を後にし、ゆっくりと村へ戻ってきた。
先ほどの老人は、畑仕事を終えたのか、木陰でひと休みしていた。
「あれ。」
「もう戻ってきたのか。」
老人は穏やかに笑う。
「何かありましたかな?」
リクが尋ねる。
老人は首を横に振った。
「何もありゃせんじゃろ。」
「昔からあの鐘楼は、ああいう場所じゃ。」
「昔から?」
ミアが聞き返す。
「ああ。」
老人は懐かしそうに鐘楼を見上げる。
「わしのじいさんも、そのまたじいさんも、昔からあそこに鐘楼があったと言っとった。」
「鐘はあったんですか?」
エルナが尋ねる。
「さあな。」
老人は苦笑する。
「わしが生まれた頃には、もう無かった。」
「誰が建てたのかも、いつ鐘が無くなったのかも分からん。」
「そういうもんじゃと思って、皆暮らしとる。」
ミアは小さく考え込む。
「記録は残っていないんですね。」
「この村には、そんな立派なもんはないからのう。」
老人は照れくさそうに笑った。
リクはもう一度だけ鐘楼を見上げる。
「何もありませんでしたけど、景色はきれいでしたね。」
「そうですね。」
エルナは微笑みながら答える。
だが、その視線は一瞬だけアルドの杖へ向いていた。
胸に残る小さな違和感は、まだ言葉にはならない。
アルドは静かに杖を握り直し、穏やかに村の道を歩き始める。
四人もその後に続いた。
夕暮れの鐘楼は、何も語ることなく村を見守り続けていた。
次回『鐘楼に残る記憶』




