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伏線を全部無視していたら世界を救ってしまった件  作者: 春野ケイ
世界がおかしくなり始める

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16/26

第16話 書き換わる地図

森を抜ける朝の空気は、ひんやりとしていた。


昨夜は遺跡から少し離れた場所で野営をし、四人は夜明けとともに歩き始めていた。


「よく眠れましたか?」


リクが振り返る。


「はい。」


エルナは笑顔で答えた。


「でも、昨日のことを思い出すと、まだ夢だったような気がします。」


ミアも小さくうなずく。


「あんな遺跡、見たことも聞いたこともありません。」


「しかも、消えてしまうなんて……。」


アルドは静かに前を歩いている。


何かを考えているようだったが、その表情はいつもと変わらない。


「そういえば。」


リクは立ち止まり、カバンから地図を取り出した。


「次の町はどっちでしたっけ。」


地図を広げた瞬間。


「あれ?」


リクは首をかしげた。


「どうしました?」


ミアが隣へ来る。


「昨日まであった道がなくなってます。」


ミアは地図を受け取り、目を見開いた。


「そんな……。」


遺跡へ続いていた名もない道は、跡形もなく消えていた。


まるで最初から存在しなかったかのように。


その代わり。


地図には新しく一本の道が描かれている。


見覚えのない街道。


そして、その先には小さな丸印が一つだけ記されていた。


「また……増えてる。」


ミアは小さくつぶやく。


エルナも地図をのぞき込み、息をのむ。


「昨日まで、こんな道はありませんでした。」


「私も見ています。」


「間違いありません。」


しばらく沈黙が流れる。


その静けさを破ったのは、リクだった。


「じゃあ。」


三人が振り向く。


「新しい道ができたなら、行ってみましょう。」


何の迷いもない笑顔だった。


ミアとエルナは顔を見合わせ、苦笑する。


「……そう言うと思いました。」


四人は新しく現れた道へ向かって歩き始める。


その一歩が、再び物語を少しだけ変えていくことを――


まだ誰も知らなかった。


新しく現れた道は、これまで歩いてきた街道とは少し違っていた。


道幅は広く、石畳もきれいに整えられている。


それなのに、人の姿がまったく見当たらない。


「静かですね。」


リクは辺りを見回した。


「朝だからでしょうか。」


「……違います。」


ミアは道端へしゃがみ込む。


「馬車の跡があります。」


「しかも新しい。」


エルナも地面を見つめ、小さくうなずいた。


「昨日か、一昨日くらいでしょうか。」


「誰かが通った形跡はあります。」


「でも、人がいない。」


四人はしばらく無言で歩き続けた。


風が木々を揺らし、小鳥のさえずりだけが静かに響いている。


その時だった。


アルドが足を止める。


「……あそこじゃ。」


アルドが指差した先には、小さな道標が立っていた。


リクたちは近寄って文字を読む。


『宿場町 あと三キロ』


「宿場町ですか。」


リクは笑顔を浮かべる。


「今日はそこで休めそうですね。」


ミアは道標をじっと見つめたまま、首をかしげる。


「おかしい……。」


「どうしました?」


エルナが尋ねる。


「この宿場町は知っています。」


「でも、この道は知りません。」


「宿場町へ行く道は一本しかないはずなんです。」


エルナも驚いたように目を見開く。


「私もです。」


「先生と旅をしていた時、この町へ来たことがあります。」


「でも、こんな街道は見たことがありません。」


二人は顔を見合わせる。


「やっぱり……。」


ミアは静かにつぶやく。


「また世界が変わった。」


エルナはゆっくりとうなずいた。


「説明できません……。」


「でも、昨日まで無かった道がある。」


「それだけは間違いありません。」


その時だった。


街道の向こうから、一人の青年が歩いてきた。


腰には一本の剣。


旅に慣れた足取りだったが、どこか急いでいる様子でもある。


青年は四人へ軽く頭を下げると、そのまま宿場町の方へ歩いていく。


「旅の剣士でしょうか。」


リクは何気なくその背中を見送った。


「そうかもしれませんね。」


ミアも特に気に留めることはなかった。


青年もまた、一度だけ四人を振り返る。


しかし何も言わず、そのまま歩き去っていった。


リクは小さく伸びをする。


「僕たちも行きましょう。」


「宿場町で何かおいしいものが食べられるといいですね。」


四人は青年とは反対の歩調で、宿場町へ向かって歩き出した。


四人は再び歩き始めた。


しばらくすると、街道の先に高い石壁が見えてくる。


「見えてきました。」


エルナが少しうれしそうに声を上げた。


石壁に囲まれた大きな宿場町。


門の前では旅人や商人たちが行き交い、荷馬車がゆっくりと列を作っている。


「やっと人がいますね。」


リクはほっとしたように笑った。


「さっきの道は静かすぎましたから。」


門番は四人を見ると、軽くうなずく。


「旅の方ですね。」


「ようこそ、宿場町アルセアへ。」


四人は門をくぐる。


町の中には露店が立ち並び、人々の活気にあふれていた。


子どもたちの笑い声。


商人たちの呼び込み。


焼きたてのパンの香り。


先ほどまで歩いていた静かな街道が嘘のようだった。


「すごいですね。」


リクは目を輝かせる。


「にぎやかな町です。」


エルナもどこか安心したように笑顔を見せる。


「先生と一緒に来た時も、こんなに活気がありました。」


その言葉に、ミアは町並みをゆっくりと見渡した。


「町は変わっていない……。」


小さくつぶやく。


「変わったのは、あの道だけ。」


そう考えると、ますます違和感が強くなる。


世界は町を変えたのではない。


町へ至る過程だけを書き換えた。


ミアは胸の奥に広がる不安を押し込め、小さく息を吐いた。


「まずは宿を探しましょう。」


「今日は情報も集めたいですし。」


「賛成です。」


リクは元気よくうなずく。


四人は人混みの中を歩きながら、宿場町の中心部へ向かっていった。


人通りの多い通りを抜けると、一軒の宿が目に入った。


木造二階建ての落ち着いた建物。


旅人たちが多く利用する、ごく普通の宿だった。


「ここにしましょうか。」


リクが振り返る。


「異議ありません。」


ミアもうなずいた。


四人は宿へ入る。


すると、受付にいた女性が笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。」


「ご宿泊ですか?」


「はい。」


リクが答えようとした、その時。


「あ……。」


エルナが少しためらうように声を漏らした。


三人が振り返る。


「どうしました?」


ミアが尋ねる。


エルナは申し訳なさそうに目を伏せた。


「私……。」


「ここまでご一緒させてもらいましたけど、本当は宿代を払えるほどお金がなくて……。」


少しの沈黙が流れる。


エルナは慌てて続けた。


「もちろん、ご迷惑をおかけするつもりはありません。」


「町で仕事を探します。」


「それまで皆さんとは別行動に――」


「大丈夫ですよ。」


リクは迷うことなく言った。


「え?」


「宿代くらいなら気にしないでください。」


「困った時は、お互いさまです。」


エルナは目を丸くする。


「でも、それでは……。」


「旅って、一人より誰かと一緒の方が安心ですから。」


リクはいつもの笑顔を向けた。


「少なくとも僕は、その方がうれしいです。」


エルナはしばらく言葉を失っていた。


やがて、小さく笑みを浮かべる。


「……ありがとうございます。」


その笑顔は、四人と出会った時よりも、少しだけ自然なものになっていた。


受付を済ませると、四人は一階の食堂へ向かった。


昼を少し過ぎた時間ということもあり、店内には旅人や商人たちの姿が見える。


「いい匂いですね。」


リクは楽しそうに辺りを見回した。


「何を食べようかな。」


ミアは思わず笑う。


「まずは情報収集ですよ。」


「そうでした。」


リクは少し照れくさそうに頭をかいた。


四人は空いている席へ腰を下ろした。


料理を待つ間、ミアは近くにいた店員へ声をかける。


「最近、この辺りで何か変わったことはありませんでしたか?」


店員は少し考え込む。


「変わったこと……ですか。」


「そうですね。」


「最近になって、新しい街道ができたって話をよく聞きます。」


ミアとエルナは同時に顔を上げた。


「新しい街道?」


「ええ。」


店員はうなずく。


「旅人さんたちの間では、近道ができたって評判ですよ。」


「おかげで宿場町へ来る人も少し増えました。」


「誰が作ったのかは知りませんけどね。」


ミアは静かに息をのむ。


「そんな短期間で街道が完成するなんて……。」


エルナも小さく首を振った。


「昨日まで地図にも載っていなかった道です。」


店員は少し驚いたような表情を浮かべる。


「そうなんですか?」


「でも、便利になったならいいことですよね。」


悪気のない一言だった。


ミアとエルナは顔を見合わせる。


便利だから受け入れてしまう。


誰も、その街道がいつ、どうやって造られたのかを深く気にしていない。


二人だけが、その違和感を胸にしまい込んだ。


その時だった。


アルドが湯気の立つお茶へ手を伸ばす。


拍子に、椅子へ立て掛けていた古い木の杖が床へ倒れた。


コトン。


「失礼。」


アルドは穏やかに笑う。


エルナは反射的に杖を拾い上げた。


「はい。」


そう言って手渡そうとした、その瞬間。


杖の木目が、ほんの一瞬だけ目に留まる。


「……?」


どこかで見たことがあるような気がした。


しかし、思い出せない。


「エルナさん?」


リクに声をかけられ、エルナは我に返る。


「あっ、ごめんなさい。」


「何でもありません。」


杖を受け取ったアルドは、いつものように穏やかに笑った。


エルナはその笑顔を見つめながらも、胸の奥に残った小さな違和感だけは消えなかった。


料理が運ばれてくると、四人はようやく一息ついた。


「いただきます。」


リクは笑顔で手を合わせる。


「おいしいですね。」


「さすが宿場町です。」


ミアは苦笑しながらパンを口に運んだ。


「食べる時だけは、本当に幸せそうですね。」


「そうですか?」


「そうですよ。」


その何気ないやり取りに、エルナも思わず笑みをこぼす。


少しだけ、張りつめていた空気が和らいだ。


食事を終えた頃、ミアはもう一度店員へ尋ねた。


「この先で、何か困っている町や村はありませんか?」


店員は腕を組み、少し考え込む。


「困っているというほどではありませんが……。」


「街道の先に小さな村があります。」


「最近は旅人も増えて、少し騒がしくなったと聞きました。」


「何かあったんですか?」


リクが首をかしげる。


「いえ、大きな事件ではありません。」


「ただ、『人の出入りが急に増えた』って村長さんが困っていたそうですよ。」


ミアは静かに地図を広げる。


「この村ですね。」


昨日までなかった街道。


そして、その先にある小さな村。


偶然とは思えなかった。


「行ってみますか。」


リクは迷うことなく立ち上がる。


「困っている人がいるなら、放っておけません。」


ミアとエルナは顔を見合わせ、小さくうなずいた。


「そうしましょう。」


アルドも静かに席を立つ。


「では、出発じゃな。」


窓の外では、穏やかな陽射しが宿場町を照らしていた。


四人は支度を整え、新しく現れた街道の先にある村へ向かうため、宿を後にした。


宿を出ると、柔らかな陽射しが四人を包んだ。


「次は、この村ですね。」


ミアは地図を見ながら言う。


「ええ。」


エルナもうなずく。


「昨日まで無かった街道の先です。」


リクは笑顔で歩き始めた。


「何があるのか楽しみですね。」


「困っている人がいるなら、力になりましょう。」


アルドも静かに歩き出す。


「行こうかの。」


四人は宿場町を後にし、新しく現れた街道を進み始めた。


その先で何が待っているのか。


まだ誰にも分からない。


ただ一つだけ確かなのは――


物語は、また少しだけ姿を変えようとしていた。


次回『新しい街道の先』

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