第12話 魔法使いの少女
森を吹き抜ける風が、焦げた草を静かに揺らした。
「改めまして……。」
少女はローブについた土を払い、三人へ向き直る。
「助けていただいて、ありがとうございました。」
「私はエルナといいます。」
「エルナさんですね。」
リクはにこやかにうなずいた。
「僕はリクです。」
「こちらはミアさんと、アルドさん。」
「よろしくお願いします。」
エルナは一人ひとりに丁寧に頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
アルドも穏やかに微笑んだ。
「若いのに、立派な挨拶じゃ。」
エルナは少し照れたように笑う。
「先生にも、礼儀だけは忘れるなって教えられていたので。」
「先生?」
ミアが聞き返す。
エルナは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
「昔、お世話になっていた魔法使いです。」
「今は一人で旅をしながら修行しています。」
「だから魔法の練習をしていたんですね。」
リクが納得したようにうなずく。
「はい。」
エルナは苦笑した。
「でも、ご覧の通り失敗ばかりで……。」
そう言って、焦げた地面へ目を落とす。
「もっと上手にならないといけないんです。」
ミアは周囲の魔法陣の跡を静かに見渡した。
「独学ではありませんね。」
「かなり基礎はできています。」
その言葉に、エルナは驚いたように顔を上げる。
「分かるんですか?」
「少しだけ。」
ミアは微笑んだ。
「あなたの先生は、相当優秀な魔法使いだったんでしょうね。」
エルナはうれしそうに笑った。
「はい。」
「私もそう思います。」
少し照れたように笑ったエルナは、ローブの中から一枚の古い紙を取り出した。
「実は、先生から一つだけ頼まれていることがあるんです。」
「頼まれごとですか?」
リクが尋ねる。
エルナは静かにうなずく。
「先生は亡くなる前に、こう言いました。」
「『いつか、名もない道の先を目指しなさい。』と。」
「名もない道……。」
ミアは思わずその言葉を繰り返す。
「でも、その道がどこなのかは教えてもらえませんでした。」
エルナは困ったように笑う。
「だから、ずっと探して旅を続けているんです。」
その話を聞いたリクは、カバンから地図を取り出した。
「それって、この道じゃないですか?」
地図を広げる。
街道から北へ延びる一本の細い道。
その先には、名前の書かれていない丸印。
エルナの表情が固まる。
「……え?」
ゆっくりと地図へ近づく。
「この道……。」
「私、見たことがありません。」
ミアも地図を見つめる。
「私も何度もこの地図を見ています。」
「でも、この道は昨日までありませんでした。」
その一言に、エルナは驚いて顔を上げた。
「昨日まで……?」
森に静かな風が吹き抜ける。
四人は、誰も名前を知らないその道を見つめていた。
最初に口を開いたのはアルドだった。
「……わしも気になる。」
「理由は分からんが、この道の先へ行かなければならん気がする。」
エルナは驚いたようにアルドを見る。
「アルドさんもですか?」
「うむ。」
アルドは静かにうなずく。
「初めて見る道のはずなんじゃが、不思議と心が落ち着く。」
ミアは腕を組み、小さく息をついた。
「偶然にしては出来すぎていますね……。」
リクはそんな三人を見回し、いつものように笑った。
「それなら、みんなで行きましょう。」
「えっ?」
エルナは目を丸くする。
「私もですか?」
「もちろんです。」
リクは迷いなくうなずいた。
「同じ場所を探しているなら、一人よりみんなで行った方が安心です。」
エルナは少し戸惑った表情を浮かべる。
「でも、ご迷惑じゃ……。」
「迷惑じゃありませんよ。」
リクは笑顔のまま答えた。
「困っている時は、お互いさまです。」
その言葉に、エルナはしばらく黙り込んだ。
やがて、小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
「ご一緒させてください。」
ミアはそんな二人を見て苦笑する。
「また仲間が増えましたね。」
「にぎやかになります。」
リクはうれしそうに笑った。
こうして四人は、名もない道の先を目指して歩き始める。
その道が、世界の運命を少しずつ変えていくことを――
まだ誰も知らなかった。
名もない道は、森の奥へと静かに続いていた。
街道とは違い、人の気配はほとんどない。
木漏れ日が足元を照らし、風が葉を揺らす音だけが耳に届く。
「静かな場所ですね。」
リクは周囲を見回しながら歩く。
「こんな道が地図に載っていたなんて、不思議です。」
「だから、その”不思議”が気になるんです。」
ミアは苦笑しながら答えた。
「少なくとも私は、この道を見た記憶がありません。」
エルナも辺りを見渡す。
「私も、この辺りは何度か通ったことがあります。」
「でも、この道は初めてです。」
アルドはゆっくりと地面へ目を向けた。
「……足跡がある。」
三人が足を止める。
「本当ですね。」
ミアがしゃがみ込む。
柔らかい土の上には、うっすらと足跡が残っていた。
「新しいものじゃありません。」
「でも、完全に消えているわけでもない……。」
エルナが不思議そうにつぶやく。
「誰かが通ったなら、宿場町の人たちが知っていてもおかしくないですよね。」
「そうですね。」
ミアもうなずく。
「それなのに、この道を知っている人はいませんでした。」
リクは足跡を眺めながら首をかしげた。
「先に誰かが歩いているなら安心ですね。」
「え?」
ミアとエルナが同時にリクを見る。
「迷う心配がありません。」
リクはそう言って、何のためらいもなく歩き始めた。
「リクさん、待ってください!」
三人も慌ててその後を追いかける。
森の奥では、四人を待つかのように一本の細い道が静かに続いていた。
しばらく歩くと、道幅が少しずつ狭くなっていく。
左右の木々はさらに深く生い茂り、差し込む日差しも少なくなってきた。
「こんな道、本当に地図に載っていたんですね。」
エルナが不思議そうにつぶやく。
「しかも昨日までは無かったんですよね……。」
ミアは静かにうなずく。
「少なくとも、私は見たことがありません。」
「私もです。」
エルナは地図と目の前の道を何度も見比べる。
「でも、ちゃんと続いています。」
「不思議ですね。」
アルドは立ち止まり、森の奥を見つめた。
「……何か聞こえんか?」
三人も耳を澄ませる。
最初は風の音しか聞こえなかった。
しかし――。
カン……。
どこか遠くで、金属を打つような乾いた音が響く。
カン……。
一定の間隔で繰り返されるその音は、森の奥から聞こえてくるようだった。
「鍛冶屋でしょうか?」
リクが首をかしげる。
ミアは小さく首を横に振る。
「こんな森の奥に鍛冶屋なんて聞いたことがありません。」
エルナも辺りを見回す。
「でも、確かに誰かがいるみたいです。」
四人は顔を見合わせる。
その音だけを頼りに、さらに森の奥へと歩みを進めた。
しばらく進むと、木々の隙間から古びた石造りの建物が姿を現した。
「……あれは。」
ミアが思わず立ち止まる。
森に埋もれるように建つ、小さな遺跡。
崩れかけた石柱にはツタが絡まり、入口の半分は草木に覆われていた。
それでも、人の手で造られた建物であることは間違いない。
「遺跡でしょうか。」
エルナは目を丸くする。
「こんな場所にあるなんて……。」
アルドは静かに遺跡を見つめていた。
「……懐かしい。」
小さくつぶやく。
しかし、その理由は本人にも分からない。
「地図の丸印は、ここだったんですね。」
リクはいつもの調子でうなずいた。
「思ったより早く着きました。」
ミアは遺跡と地図を何度も見比べる。
「おかしい……。」
「こんな遺跡があるなら、誰かが知っているはずです。」
エルナも静かにうなずく。
「私も旅の途中で、この辺りの話は何度も聞きました。」
「でも、遺跡なんて一度も……。」
森を吹き抜ける風が、静かに草を揺らす。
四人は誰も言葉を発さないまま、その遺跡を見つめていた。
まるで、その場所だけが世界から忘れられていたかのように。
次回『名もなき遺跡』




