秋晴れ
待ち合わせ時間は11時。
本当だったら、もっと早くからでも良かったのだけど郁が真顔で――。
思いだしてちょっと笑える。
『ご飯炊くの失敗したら大変だから、11時でもいい?』
ご飯炊くのに失敗なんてあるのか?
でも何となく郁ならそれもありそうな気がして面白い。
そしてそんなところも可愛いって思ってしまうあたり、俺は相当郁の事好きなんだろうな。
これで、郁が完璧だったらそれはそれでいいんだけど。
結局のところ、俺は郁であればどんな郁でも好きなのだろうな、と自己完結。
大丈夫か、俺。
これで、郁に振られることがあったりなんかしたら、俺は間違いなく立ち直れないだろう。
って、あーなんだってこんな事考えなくちゃいけないんだ。
楽しいはずのデートの日にこんな事考えるなんてどうかしてる。
でも本当は心の隅に少しだけある不安。
今が楽しければ楽しい程、そう考えてしまうのも事実ではあるんだが。
待ち合わせの時間さえ愛しいなんて真治が聞いたら笑い転げるに違いない。
駅の柱に寄りかかりながら、耳をすませて郁の靴音を待つ。
やっぱり郁のところまで迎えに行けばよかったのかもな。
郁が電車逆方向だから効率悪いし、なんて言うからこの駅で待ち合わせにしたものの、勝手知らない駅というのはなんとなく居心地が悪いかもしれない。
そうこう思ううちに、いつものあの靴音。
間違えるはずがない郁だ。
別に驚かすつもりなんてなかったのに、郁の俺を見る目がまんまるで吹き出しそうになるのをグッと堪えてみたり。
そんなに驚かなくてもな。
バスに乗ればすぐの距離、歩こうなんて言ったのは郁と手を繋ぎたかったからなんて邪な気持ちがあるってこと郁は気づくだろうか。
緊張しながら、指を絡めてその指先に少しだけ力を込めた。
郁に触れたいと思う独占欲。
もっと近づきたいと思うのは男だったら当然だ。
でも、郁の無邪気な顔を見ると俺がそんな事考えているなんてこれっぽっちも思ってないんだろうなと思う。
俺ばっかり、そうも思うけれど髪の隙間から見える耳がほんのり赤いのは郁も少しは意識してくれているのだろうか。
あの日からどんどん欲が出てくる。
「圭吾君の鞄ずいぶんと大きいけれど何が入っているの? まさか私のおにぎりが怪しくてお弁当持ってきたなんてことはないよね」
なんでそんな自虐的な考えするんだよ郁は。
「いろいろだよ、ビニールシートとか。あっ母さんから郁にってお土産もあるから」
ショルダーバックの膨らみをポンと叩くと郁の眼が一段と輝いた。
「もしかして、もしかするとお菓子だったりする?」
俺より母さんのお菓子かよ、なんて変な嫉妬もしてみたり。
「ああ、でもそれは郁のおにぎり食べてからな」
別に変な事を言ったつもりはないけれど、うーむとうなり始めた郁。
理由は自分の作ったものとお菓子の出来のギャップが大きすぎるって心配。
俺は何より郁が俺のために作ってくれたものの方が嬉しいっての。
解ってないよな、郁は。
気持ちが伝わってないんじゃないかとちょっと不安になるって。
郁の話を聞いていたら緑地公園までの道のりは思ったより早くついた感じだ。
公園は天気もいいせいか、親子づれが多い気がする。
一か所だけ見つけた木陰に持ってきたビニールシートを引くと二人並んだ腰かけた。
腰を下ろしたせいで、ずっと繋いでいた手を離したから、ちょっと寂しく思ったり。
「そうそう、私フリスビー持ってきたんだよ」
鞄の中をガサゴソと探るとジャジャーンと郁の効果音付きでフリスビーが出てきた。
早速フリスビーをやってみたのだけど、効果音付きで出した割に郁のコントロールは、まあなんていうか暴走気味? 芝生の上を軽い運動したみたいだ。
取るのは意外と上手かったのだけど。
あらぬ方向へフリスビーが飛ぶ度に郁が大きな声でごめーんなんて謝るのが可笑しかった。
周りの家族連れがお弁当を広げるのを見て、俺達もお昼にすることにした。
フリスビーとはうって変って、お弁当を出す郁の勢いのない事。
俺は郁が作ってくれたのなら何でもいいって言ってるのに。
目の前に広げられた郁作のお弁当は、なんていうか豪快だった。
男の俺でも、作って貰ったことのないようなでかいおむすびがドカーンと中央を占拠していた。
郁がじっと見つめる中、一番大きなおむすびを手に取った。
でかいけれど、形はちゃんとしているし、中身も朝から焼いてくれたという鮭だって。
塩味もきいてて、きっとこんなに美味しいおむすびは初めてじゃないかって思うくらい。
「圭吾君は大げさだよ」
って言うけれど、これは本当にそう思ったのだから仕方ない。
ちょっとだけ歪な卵焼きにちょっとだけ焦げたウィンナーだって俺に取ったら最高でしかなくて。
目の前で俺と一緒におむすびを頬張る郁を見てるのも、いいよなぁなんて。
きっと郁と知り合わなかったら、知らないままのひと時だったのかもしれない。
過去の自分を笑い飛ばしてやりたいよ、冷めた恋愛しかできないなんてよくも思ったもんだと。
結構量のあったおむすびも、卵焼きもウィンナーも、郁が目を輝かせた母さんの手作りタルトも綺麗に無くなった。
「気持ちがいいよね」
満腹になった郁が大きく伸びをして、満足そうにほほ笑んだ。
「まだ時間あるし、ちょっと横になる?」
別にやましい気持ちで言ったんじゃなくて、郁とはこうまったりした時間が合うような。
郁は二つ返事で「いいね」というと俺の隣に寝転んだんだ。
だけど、まさか寝るなんて思わないだろ?
横になって数分、今の今まで普通に会話していたのに、曖昧な返事だなと思ったら郁、目を瞑ってるし。
無防備すぎるだろ。
でも、そんな郁の寝顔を見てニヤケテいる俺もいた。
それはほんの出来心だった。
少しだけ尖った郁の唇に人差し指を置いた俺。
その瞬間、郁の口が開いて、あろうことか俺の指をくわえたんだ。
これには俺も慌てて指をひっこめた。
郁はというと全く起きる気配もなく、もごもごと口を動かしているし。
照れるなんてもんじゃない。
郁が起きなくて良かったかもしれない。
一人指先を手のひらで包んでため息をついた。
郁、無意識なのは解ってるし、俺が勝手にやった事だけど、刺激強すぎだって。