作るな
第一章 人を買う愚王
第九話 作るな
「爺さん」
若い人買いは、翌朝も老人を見つけた。
国境近くの酒場。
まだ朝だというのに、老人は隅の席で酒を飲んでいる。
「昨日の話」
「なんだ」
「消えてるってやつ」
「忘れろ」
「無理だろ」
若い男は向かいに座った。
「俺もこの商売始めて二年になる」
「短いな」
「おかげさまで儲かってる」
「そうか」
「馬車も二台買った」
「よかったな」
「来年には五台にする」
「そうか」
「だから知りたい」
老人が目を上げる。
「何を」
「何をしたら消える?」
老人の手が止まった。
◇
「俺は今まで六十三人だ」
若い男は指を折る。
「北の村から二十一。西の町から十七。残りは街道沿い」
「覚えてるのか」
「当たり前だ。商品だぞ」
「そうか」
「でも」
若い男は少し言い直した。
「最近は商品って言うと、本人たちが怒る」
「そりゃそうだろ」
「だから客って呼んでる」
「もっと変だ」
「じゃあ何て呼ぶんだよ」
「知らん」
老人は酒を飲んだ。
「向こうじゃ何て呼んでる?」
「移住者」
「じゃあそれでいいだろ」
「人買いが移住者を運ぶのかよ」
「実際そうなってる」
二人とも黙った。
「変な商売になったよな」
若い男が笑う。
「昔とは大違いだ」
「昔を知ってるのか」
「親父が人買いだった」
「なるほど」
「俺がガキの頃なんか、夜中に出発してたぞ」
「そうだな」
「今なんか昼間に村の広場で募集だ」
「そうだな」
「親と値段交渉して」
「そうだな」
「本人にも説明して」
「そうだな」
「契約書まで作る」
「そうだな」
「俺、字を覚えたんだぞ」
老人が初めて少し笑った。
「立派になったな」
「人買いなのに?」
「人買いだからだろ」
◇
「で」
若い男は身を乗り出した。
「何をしたら消える」
「知らん」
「またそれか」
「本当に知らん」
「昨日の奴を止めてただろ」
「あいつはやりすぎる」
「何を」
老人は答えなかった。
「爺さん」
「……」
「俺もやってるかもしれないだろ」
その言葉で。
老人は若い男を見た。
「お前は人をどう集める」
「村へ行く」
「それから」
「仕事探してる奴を聞く」
「それから」
「条件を説明する」
「それから」
「本人と家族に金額を出す」
「断られたら?」
「別の奴を探す」
「それでいい」
「何が?」
「それでいい」
老人は酒を飲んだ。
「意味分かんねえよ」
◇
「昔な」
老人が話し始めた。
「人間を一人売るのは大変だった」
「聞いたよ」
「買い手が少なかった」
「うん」
「だから高く売れる人間が欲しかった」
「若い女とか?」
「そうだ」
「子供も?」
「そうだ」
「働ける男」
「そうだ」
「今と変わらないじゃん」
「違う」
老人が言った。
「昔は、欲しい人間が見つからなければ」
杯を置く。
「手に入れた」
若い男が黙る。
「街道で攫う」
「……」
「親から奪う」
「……」
「村を襲う」
「……」
「戦争が起きれば喜んだ」
老人は淡々と話す。
「孤児が増える」
「……」
「難民が増える」
「……」
「売れる人間が増える」
「爺さんも?」
「やった」
即答だった。
若い男の顔から笑いが消えた。
「何人」
「覚えてない」
「殺した?」
老人は答えなかった。
それが答えだった。
◇
「今は楽だ」
老人が言う。
「アストリアまで連れていけば、国が買う」
「うん」
「健康なら買う」
「うん」
「技能があれば高い」
「うん」
「家族でも買う」
「うん」
「子供なら学校に入れる」
「らしいな」
「だから」
老人は若い男を見る。
「もう、そんなことをする必要がない」
「そんなこと?」
「人を作ることだ」
「人を作る?」
「商品を作る」
若い男の表情が変わった。
国境の人買いも。
同じ言葉を使っていた。
「親を殺す」
老人が言う。
「孤児ができる」
「……」
「村を焼く」
「難民ができる」
「……」
「女を攫う」
「売れる女ができる」
「……」
「借金を背負わせる」
「売れる家族ができる」
老人は杯を指で回した。
「そうやって商品を作る」
「でも」
若い男が言った。
「昔はみんなやってたんだろ?」
「そうだ」
「じゃあなんで今は駄目なんだ」
「駄目?」
「爺さんが止めてるから」
老人は首を振った。
「俺は善人じゃない」
「知ってる」
「殺すなとも言わん」
「え?」
「俺にそんな資格はない」
老人は自分の手を見る。
「ただ」
低い声。
「死にたくなければ、やめろ」
◇
若い男は笑わなかった。
「やっぱり何か知ってるんじゃねえか」
「知らん」
「じゃあなんで死ぬ」
「知らん」
「誰が殺す」
「知らん」
「アストリアか?」
「知らん」
「軍?」
「知らん」
「役人?」
「知らん」
「王?」
老人の手が止まった。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
「……馬鹿言え」
「だよな」
若い男が笑う。
「あの愚王が?」
「そうだ」
「会議中に菓子食ってるんだろ?」
「らしいな」
「人買いに金ばら撒いてる馬鹿だぞ」
「そうだな」
「そんな奴が、わざわざ他国まで来て?」
「馬鹿馬鹿しい」
「だよな」
二人は笑った。
だが。
老人はもう酒を飲まなかった。
◇
「じゃあ何なんだよ」
若い男が聞く。
「事故か?」
「そうかもしれん」
「復讐?」
「そうかもしれん」
「同業者?」
「そうかもしれん」
「全部偶然?」
「そうかもしれん」
「なんだよそれ」
「だから知らんと言ってる」
「役に立たねえ爺さんだな」
「役に立つことだけ覚えろ」
「何を」
老人は指を一本立てた。
「買え」
二本目。
「金を払え」
三本目。
「親と話せ」
四本目。
「本人とも話せ」
「うん」
「嫌だと言われたら?」
「別の奴を探す」
「それでいい」
「それだけ?」
「それだけだ」
若い男はしばらく考えた。
「簡単じゃん」
「ああ」
「それで儲かる」
「ああ」
「じゃあ何で、わざわざ攫う奴がいるんだ?」
「欲をかくからだ」
「もっと儲けたい?」
「そうだ」
「馬鹿だな」
老人が笑った。
「人買いに言われちゃ終わりだな」
◇
昼。
若い男は酒場を出た。
広場では、今日も人買いたちが声を張り上げている。
「東行き! 建築経験者!」
「鉱山経験者は追加報酬!」
「家族でもいいぞ!」
「十五歳以下は保護者の確認が必要だ!」
人が集まる。
値段を聞く。
条件を聞く。
家族と相談する。
断る者もいる。
交渉する者もいる。
笑って馬車へ乗る者もいる。
若い男はその光景を眺めた。
「……これでいいのか」
誰に言うでもなく呟く。
老人が後ろから出てきた。
「何が」
「人買いって、こんなんだったっけ」
「知らん」
「爺さん知ってるだろ」
「昔とは違う」
「俺たち、何なんだろうな」
老人は少し考えた。
「人を運んで金をもらう奴」
「雑だな」
「十分だろ」
◇
そのとき。
街道の向こうから一台の馬車が来た。
立派な馬。
上等な車体。
御者も雇っている。
「あ」
若い男が言った。
「昨日の奴」
老人も見る。
西へ向かうと言っていた男だった。
「まだいたのか」
「準備してたんじゃね?」
馬車が二人の前を通る。
男が窓から顔を出した。
「爺さん!」
笑っている。
「やっぱり西へ行くぞ!」
老人は何も言わない。
「心配すんな!」
男は大声で笑った。
「今度は二十人連れてくる!」
馬車が走り去る。
若い男が手を振った。
「気をつけろよー!」
老人だけは。
手を振らなかった。




