↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第一章 人を買う愚王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/36

儲かる人買い、消える人買い

「三十七人」


 書記官が言った。


「何が?」


「人買いです」


 内務卿は書類から顔を上げた。


「またその話か」


「はい」


「今度は何だ」


「過去三年間で、死亡または行方不明が確認できた人買いの数です」


「三十七人」


「確認できた範囲で」


「多いのか?」


「分かりません」


「分からないものを持ってくるな」


「ですので、比較しました」


 書記官が別の紙を置く。


「アストリアとの取引実績が確認できた人買い、約四百八十名」


「ずいぶん増えたな」


「今も増えています」


「そのうち三十七人が死んだか消えた」


「はい」


「商売柄だろう」


 内務卿は興味を失った。


「人買いなど、恨まれて当然だ」


「私も最初はそう考えました」


 書記官はもう一枚置いた。


「ですが、妙なのです」


「何が」


「儲けている者ほど安全です」


「……何?」


     ◇


 調査は単純だった。


 アストリアへ人間を運んだ回数。


 人数。


 受け取った報酬。


 それを可能な限り調べた。


 すると。


 有名な人買いほど生きていた。


 百人以上を送り込んだ者。


 二百人。


 三百人。


 中には五百人を超える者までいた。


 皆。


 生きている。


「この男」


 書記官が指差す。


「昨年だけで百七十二人」


「すごいな」


「現在、馬車を十二台所有。宿場町に事務所三軒」


「成功者だな」


「こちら」


「百三十四人」


「生存」


「こっち」


「二百十一人」


「生存」


「これは?」


「四百八十九人」


「化け物だな」


「生存しています」


「では死んだ三十七人は?」


 書記官は紙をめくった。


「取引人数は、むしろ少ない」


「商売に失敗しただけでは?」


「そうとも言えます」


 内務卿が鼻を鳴らした。


「結論が出たではないか」


「ただ」


 書記官は続ける。


「死に方が妙です」


     ◇


 一人目。


 川で溺死。


「事故だろう」


「そう記録されています」


 二人目。


 山道から転落。


「事故」


「はい」


 三人目。


 宿で急死。


「病気」


「そうです」


 四人目。


 盗賊に襲われ死亡。


 五人目。


 行方不明。


 六人目。


 行方不明。


 七人目。


 火事。


 八人目。


 馬車事故。


「全部ありふれている」


「はい」


「何がおかしい」


「一件ずつなら」


 書記官が言った。


「何も」


     ◇


 書記官は地方へ向かった。


 最初の男。


 川で死んだ人買い。


「どんな男でした?」


 宿屋の主人に尋ねる。


「最低だったよ」


「人買いですから」


「いや、そういう意味じゃねえ」


 主人が皿を拭く。


「あいつは人を買わなかった」


「……?」


「攫うんだよ」


「どうやって」


「街道で一人になった女とか、家出したガキとか」


「なるほど」


「それで東に持っていってた」


「儲かっていました?」


「そこそこ」


「アストリアへ?」


「ああ」


「最後は?」


「川に落ちた」


「見た人は」


「いない」


「遺体は?」


「下流で見つかった」


「争った跡は?」


「知らねえよ」


 主人は肩をすくめた。


「酔って落ちたんじゃねえか?」


 記録にも、そう書いてあった。


     ◇


 二人目。


 山道から落ちた男。


「こいつは?」


 村長が嫌そうな顔をした。


「よく覚えている」


「何をしていました?」


「戦争孤児を集めていた」


「買って?」


「最初はな」


「最初?」


「孤児が足りなくなった」


 書記官の筆が止まる。


「……どういう意味です?」


 村長は答えなかった。


「何か知っていますね」


「知らん」


「お願いします」


 しばらくして。


 村長が口を開いた。


「村を襲ったという噂があった」


「本人が?」


「傭兵を使ってな」


「目的は」


「知らん」


 書記官は何も言わなかった。


 聞く必要もなかった。


 村を襲う。


 親が死ぬ。


 子供が残る。


 孤児になる。


 その孤児を。


 売る。


     ◇


 三人目。


 宿で死んだ男。


「毒?」


「分からん」


 当時の医師が答える。


「記録では心臓発作」


「そう診断した」


「間違い?」


「分からんと言っている」


「どんな男でした?」


「女を扱っていた」


「女?」


「若い女ばかり」


「どうやって集めた」


 医師は顔をしかめた。


「借金だ」


「借金?」


「親に金を貸す」


 書記官は嫌な予感がした。


「返せなければ?」


「娘を取る」


「それだけですか?」


「……」


「先生」


「返せないようにしていた」


「何を?」


「利息を」


 書記官は筆を置いた。


     ◇


 四人。


 五人。


 十人。


 二十人。


 調べるほど。


 共通点が見えてきた。


 ただ人を買った者ではない。


 貧しい家に金を払い、本人と話し、アストリアへ連れていった者は生きている。


 強欲でも。


 粗暴でも。


 酒飲みでも。


 嘘つきでも。


 王を「馬鹿」と笑っていても。


 生きている。


 むしろ大金持ちになっている。


 一方。


 消えた者。


 死んだ者。


 彼らには。


 別の特徴があった。


     ◇


「人間を作っている」


 書記官が呟いた。


 部下が顔を上げる。


「人間を?」


「違う」


 書記官は首を振った。


「商品を作っている」


 紙を並べる。


 親を殺す。


 孤児ができる。


 村を焼く。


 難民ができる。


 女を攫う。


 売れる。


 借金を作らせる。


 返せなくする。


 娘を取る。


 売れる。


「……」


 部下が青ざめた。


「普通の人買いは」


 書記官が言う。


「すでにいる人間を買う」


「はい」


「こいつらは違う」


 指で紙を叩く。


「売れる状態を、自分で作っている」


     ◇


「偶然です」


 内務卿は言った。


 王都へ戻った書記官は、調査結果を報告していた。


「三十七人です」


「だから何だ」


「三十七人全員です」


「全員?」


「程度の差はあります」


 書記官が資料を置く。


「誘拐」


 一枚。


「殺人」


 一枚。


「村落襲撃」


 一枚。


「放火」


 一枚。


「意図的な債務拘束」


 一枚。


「孤児や難民を意図的に生み出した疑い」


 一枚。


 机の上に紙が並ぶ。


「一方」


 別の束。


「アストリアへ大量に人を送り込んでいる上位五十名」


「うむ」


「同様の疑いが確認できた者は?」


「……」


「ほとんどいません」


「なぜ」


「必要がないからです」


 書記官が答える。


「普通に募集したほうが儲かる」


     ◇


 内務卿は椅子にもたれた。


「アストリアが処刑しているのか?」


「記録がありません」


「逮捕」


「ありません」


「裁判」


「ありません」


「処刑」


「ありません」


「では関係ないだろう」


「そのはずです」


「そのはず?」


 書記官は一枚の紙を出した。


「死亡地点です」


 地図。


 印が付いている。


 ヴァルム国内。


 国境付近。


 他国。


 街道。


 宿場。


「アストリア国内ではない者も多い?」


「半数以上です」


「ならなおさらだ」


「はい」


「アストリア王国が他国の人買いを勝手に殺して回っているとでも言うのか?」


「そんなことをすれば外交問題です」


「当然だ」


「まして」


 書記官は続ける。


「自国でさえ裁判記録がない」


 沈黙。


「事故だ」


 内務卿が言った。


「そうですね」


「人買い同士の抗争」


「あり得ます」


「被害者家族の復讐」


「十分に」


「盗賊」


「はい」


「なら終わりだ」


「はい」


 書記官は資料をまとめた。


「失礼いたします」


 扉へ向かう。


「待て」


 内務卿が呼び止める。


「はい」


「その三十七人」


「はい」


「全員、アストリアに人を売ったことがあるのか」


 書記官は振り返った。


「確認できた限りでは」


 一呼吸。


「全員です」


     ◇


 その夜。


 国境近くの酒場。


「儲かってるな」


「まあな」


 男が酒を飲む。


「今度、西へ行くんだって?」


「ああ」


「戦争終わったところか」


「孤児が多い」


「買うのか?」


「買える奴はな」


「買えなかったら?」


 男が笑う。


「どうにでもなる」


 隣の卓。


 老いた人買いが酒を飲んでいた。


 第六話。


 あの夜。


 同じ男の言葉を聞いた老人だった。


「おい」


 老人が呼んだ。


「なんだ爺さん」


「西はやめとけ」


「なんで?」


「別の場所にしろ」


「儲かるんだよ」


「東でも北でもいい」


「意味分かんねえよ」


「普通に買えるところへ行け」


 男が笑った。


「俺に商売教える気か?」


「そうじゃねえ」


「じゃあ何だ」


 老人は酒を飲む。


「忠告だ」


「何の?」


 老人は答えなかった。


「怖い話でもしてくれるのか?」


 男が笑う。


「人買いが人買いを怖がってどうすんだよ」


 老人は男を見る。


「お前」


「ん?」


「最近、同業者が消えてるの知ってるか」


 男の笑顔が少し止まった。


「事故だろ」


「そうだな」


「盗賊とか」


「そうだな」


「恨み買う商売だからな」


「そうだな」


「じゃあ何だよ」


 老人は杯を置いた。


「何でもねえ」


「気持ち悪い爺さんだな」


 男は立ち上がった。


「俺は西へ行く」


「そうか」


「ガキなんて腐るほどいる」


「そうか」


「足りなきゃ」


 男は笑った。


「増やせばいい」


 老人の目が変わった。


「……それを」


 低い声だった。


「やめろと言ってる」


 男は鼻で笑った。


「馬鹿馬鹿しい」


 酒場を出ていく。


 扉が閉まった。


 老人は追わなかった。


 ただ。


 空になった杯を見つめた。


 隣に座っていた若い人買いが聞いた。


「爺さん」


「なんだ」


「何を知ってる?」


「知らん」


「じゃあなんで止めた」


 老人は答えなかった。


 外では。


 男を乗せた馬車が、西へ向かって走り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。