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愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第一章 人を買う愚王

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消えていく国

「また減っている」


 内務卿は報告書を机へ投げた。


 誰も拾わなかった。


 拾う必要がない。


 同じような報告書が、すでに机の上に山積みになっていたからだ。


「北部三州、前年比で四千二百人減」


 書記官が読み上げる。


「西部二州、二千八百人」


「南部は?」


「千百人ほど」


「合計は」


「確認されているだけで八千を超えます」


 内務卿が舌打ちした。


 ここはアストリア王国ではない。


 その西隣。


 リナが生まれた国。


 ヴァルム王国。


 かつては東の小国など、気に留める者はいなかった。


 土地が特別豊かなわけでもない。


 軍事大国でもない。


 大きな港もない。


 王が代替わりしたと聞いたときも、宮廷で話題になったのは数日だけだった。


 若くして即位した王。


 政治に興味がない。


 会議中に菓子を食べる。


 人間を買い集めている。


 そんな噂が届いて。


 ヴァルムの貴族たちは笑った。


 愚王。


 そう呼ぶには十分だった。


 それから三年。


 誰も笑わなくなった。


     ◇


「国境を閉じるべきです」


 軍務官が言った。


「できると思うか?」


「少なくとも人買いどもの出入りを禁じることはできます」


「そうすれば何が起こる」


「人口流出が止まります」


 内務卿は別の報告書を投げた。


「読め」


 軍務官が拾う。


「……不法越境?」


「去年の数字だ」


 国境の一部で、人買いの通行を制限した。


 結果。


 森を越える者が増えた。


 山を越える者が増えた。


 川を渡る者まで出た。


「人買いを止めても、人間が勝手に行く」


「では、出国そのものを禁止するしか」


「農民を兵士で囲むのか?」


「しかし!」


「その兵士も東へ行っている」


 沈黙。


「先月、国境警備隊から十二人辞めた」


「……」


「行き先は?」


「アストリアです」


「笑えるな」


 誰も笑わなかった。


     ◇


 問題は農民だけではなかった。


「鍛冶職人が足りません」


「またか」


「東部の工房が三軒閉鎖しました」


「理由は?」


「職人がアストリアへ」


「石工は」


「同様です」


「木工」


「同様」


「鉱夫」


「特に深刻です」


 内務卿の眉が動く。


「なぜ鉱夫がそんなに人気なのだ」


「向こうが高い給金を提示しています」


「どれほど」


 金額を聞いた。


「馬鹿げている」


「我が国の一・八倍ほどです」


「そんなもの採算が合うわけがない」


「我々もそう考えています」


「なら放っておけ」


 内務卿は吐き捨てた。


「いずれ破綻する」


 三年前から、ずっとそう言われていた。


     ◇


 さらに問題があった。


「出生数も落ちています」


「当然だ」


 若者が減れば子供も減る。


「特に十五歳から三十歳の流出が大きい」


「人買いどもめ」


 内務卿が机を叩いた。


「貧しい者を金で釣り、根こそぎ持っていきおって」


「……それなのですが」


 書記官が言った。


「なんだ」


「少々、妙なことがあります」


「何がだ」


 書記官が別の資料を出した。


「犯罪統計です」


「今は人口の話をしている」


「関係があります」


 紙を置く。


「人身売買関連犯罪」


 内務卿が見る。


 数字が並んでいる。


 一年前。


 二年前。


 三年前。


「……減っている?」


「はい」


「何が」


「誘拐です」


「そんな馬鹿な」


「私も集計ミスを疑いました」


 書記官が次の紙を出す。


「こちらは各州から直接集めた数字です」


 同じだった。


「未成年者の失踪も減少」


 次。


「街道での女性拉致も減少」


 次。


「戦災孤児の行方不明件数も減っています」


「待て」


 内務卿が手を上げた。


「おかしいだろう」


「はい」


「人買いは増えているのだな?」


「急増しています」


「東へ連れていかれる人間も?」


「増えています」


「なのに誘拐は減っている?」


「はい」


「どういうことだ」


 誰も答えなかった。


     ◇


 調査が始まった。


 最初に向かったのは北部の村。


「息子さんが東へ?」


「はい」


 農夫が答える。


「人買いに連れていかれた?」


「そうです」


「攫われたのか?」


「まさか」


 農夫は笑った。


「金もらいましたよ」


「いくら」


 答える。


 調査官が眉を上げた。


「高いな」


「でしょう?」


「息子は嫌がらなかった?」


「最初は迷ってましたけどね」


「今は?」


「手紙来ますよ」


 農夫が家から紙を持ってくる。


「俺は字が読めないから、神父様に読んでもらってます」


「何と?」


「元気だって」


「戻ってくる気は?」


「さあ」


 農夫は笑った。


「向こうで嫁さんできたらしいから」


     ◇


 次の村。


「娘を売った?」


「売りました」


 母親が平然と答える。


「抵抗は?」


「誰が?」


「娘だ」


「本人が行きたいって言ったんですよ」


「なぜ」


「姉が向こうにいるから」


「姉も売ったのか」


「ええ」


「いくらで?」


 母親が金額を答える。


「……娘二人を売ったのか」


「そうですよ」


「平気なのか?」


 母親が怪訝そうな顔をした。


「何がです?」


「娘を売ったんだぞ」


「だから?」


 調査官は言葉に詰まる。


「去年、姉のほうが帰ってきましたよ」


「帰ってきた?」


「祭りの時に」


「逃げて?」


「休暇だって言ってましたけど」


 調査官は黙った。


「また向こうへ行きました」


「なぜ」


「仕事があるからでしょう」


 当たり前のように言われた。


     ◇


 三つ目の村。


 広場に立つ男の周りへ、人が集まっていた。


「建築経験者!」


 男が叫ぶ。


「今月は建築が高いぞ!」


「農業は?」


「普通!」


「鉱山!」


「一番高い!」


「また鉱山かよ!」


 笑い声。


 調査官は遠くから見ていた。


 人買いだった。


 だが。


 誰も逃げていない。


 むしろ並んでいる。


「俺、十九!」


「技能は?」


「農業!」


「銀貨三十!」


「三十五!」


「三十二!」


「三十四!」


「じゃあ行く!」


「ちょっと待て、健康確認してからだ!」


 調査官は頭が痛くなった。


「……市場じゃないか」


 部下が呟く。


「人間のな」


 調査官は答えた。


 だが。


 以前の人身売買市場とは、何かが違う。


 売られる側が値段を交渉している。


     ◇


 調査は一月続いた。


 報告書が王都へ届く。


「結論は」


 内務卿が尋ねる。


「分かりません」


「ふざけているのか」


「いいえ」


 調査官は大量の記録を机へ置いた。


「確かに人身売買は増えています」


「うむ」


「人買いの数も増えています」


「うむ」


「我が国からアストリアへ渡る人間も増え続けています」


「だから問題なのだ」


「ですが」


 調査官は一枚の紙を出した。


「本人の意思に反して連れていかれる者は、逆に減っています」


「なぜだ」


「おそらく」


 調査官は言葉を選んだ。


「攫う必要がないのです」


「……何?」


「人買いは、人間をアストリアまで連れていけば報酬を受け取れます」


「知っている」


「なら」


 調査官が言った。


「攫うより、行きたい者を探したほうが簡単です」


 内務卿は黙った。


「監禁する必要がない」


「……」


「逃亡を防ぐ必要もない」


「……」


「食事を削って利益を出す必要もない」


「……」


「本人を説得して、国境まで送り届ける」


 調査官は報告書を見る。


「そのほうが儲かる」


 部屋が静かになった。


「つまり」


 内務卿が言った。


「愚王は、人身売買をなくしたのか?」


「いいえ」


 調査官は即答した。


「増やしています」


「では何なのだ」


「分かりません」


 調査官は本当に困っていた。


「ただ」


「なんだ」


「以前、人買いが人間を攫っていた理由は」


 一呼吸。


「そのほうが儲かったからです」


 内務卿は何も言わなかった。


     ◇


 会議が終わった後。


 書記官だけが残った。


 机の上の犯罪統計を整理する。


 誘拐。


 減少。


 監禁。


 減少。


 街道での拉致。


 減少。


 失踪。


 減少。


 そして。


 殺人。


 書記官の手が止まった。


 人身売買業者が関係した殺人事件。


 減っている。


 それも。


 誘拐よりさらに大きく。


「……?」


 紙を近づける。


 おかしい。


 人買いそのものは増えている。


 儲かっている。


 国境を越える人間も増えている。


 ならば犯罪も一定程度は増えていいはずだ。


 だが。


 減っている。


 書記官は過去の記録を引っ張り出した。


 一年前。


 二年前。


 三年前。


 さらに古い記録。


 人買いによる殺人。


 村への襲撃。


 孤児を作るための親殺し。


 護送中の殺害。


 数字を並べる。


 そして気づいた。


「……減ったんじゃない」


 小さく呟いた。


 ある時期から。


 急激に落ちている。


 まるで。


 何かを境にして。


 書記官はアストリア王国の政策開始時期を確認した。


 ほぼ同じだった。


「偶然……?」


 窓の外を見る。


 夜だった。


 東の方角。


 その向こうにアストリア王国がある。


 書記官はもう一度数字を見る。


 人口は減っている。


 人買いは増えている。


 人買いは儲かっている。


 なのに。


 人攫いは減っている。


 そして。


 人買いによる殺人は、それ以上に減っている。


 書記官は新しい紙を取り出した。


 上に一行だけ書いた。


『人買い業者死亡・失踪者調査』


 筆を止める。


 なぜ自分がそんなことを思いついたのか。


 本人にも分からなかった。


 ただ。


 妙に気になった。

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