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愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第四章 捨てられた愚王

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忠臣たちの反逆

「……もう一度、申してみよ」


玉座の間に、低い声が響いた。


声の主は財務卿である。


その顔からは、いつもの血色が失われていた。


「西方のグランツ要塞が、反乱軍によって占拠されました」


伝令の騎士は、片膝をついたまま報告を繰り返した。


「守備隊の一部が反乱に加わり、現在、要塞は完全に掌握されております」


「馬鹿な……!」


財務卿が机を叩く。


グランツ要塞は、西方国境を守る重要拠点である。


その要塞が、敵国ではなく自国の兵によって奪われた。


それだけでも十分に重大な事件だった。


しかし、伝令の報告は終わっていなかった。


「反乱軍より、王都に書状が届けられております」


「要求は?」


「……陛下の退位、ならびに一連の改革の撤回でございます」


広間がざわめいた。


退位。


それは単なる抗議ではない。


王権そのものへの挑戦だった。


「首謀者は誰だ!」


近衛隊長が怒鳴る。


伝令は答えず、一通の書状を差し出した。


財務卿がそれを受け取り、封を切る。


そして、末尾に記された二つの署名を見た瞬間、動きを止めた。


「……あり得ぬ」


「どうした?」


「これは……」


財務卿は、震える声で二つの名を読み上げた。


「宰相、シルバー卿」


広間が静まり返る。


「ならびに……軍務卿、ゴルドー卿」


誰も言葉を発しなかった。


王国の政務を支える宰相。


王国の軍を束ねる軍務卿。


代々王国に仕え、誰よりもアストリアを愛してきた二人。


その二人が、王に退位を要求している。


「偽書ではないのか!」


「筆跡、印章ともに確認済みでございます」


「本人たちはどこにいる!」


「すでに王都を離れ、西方へ向かったものと……」


「何をしておったのだ、貴様らは!」


怒号が飛び交う。


誰もが最悪の事態を想像していた。


宰相が反旗を翻せば、地方行政が揺らぐ。


軍務卿が離反すれば、王国軍の指揮系統が分裂する。


しかも、西方には王の改革に不満を抱く旧貴族たちがいる。


彼らが結集すれば、王国を二分する内乱となる。


そんな中。


玉座の上で、国王は書状を眺めていた。


「ふむ……」


一度、読む。


裏返す。


もう一度、読む。


「……困ったのう」


財務卿が顔を上げた。


「陛下……!」


ようやく事態の深刻さを理解したのだろう。


そう思った。


「シルバーもゴルドーもおらぬとなると、仕事が進まんではないか」


「そこではございません!」


財務卿の悲鳴が響いた。


◇


「直ちに討伐軍を編成すべきです!」


近衛隊長が進言した。


「反乱が西方全域に広がる前に、要塞を奪還しなければなりません!」


「待て!」


財務卿が制する。


「軍務卿が反乱側にいるのだぞ。各部隊の忠誠を確認せずに軍を動かせば、こちらが背後を突かれる!」


「では、手をこまねいて見ていると?」


「そうは言っておらん!」


議論は紛糾した。


王国軍のどの部隊が反乱に加わったのか。


地方の領主たちは、どちらにつくのか。


西方の税収は確保できるのか。


議題は山のように積み上がっていく。


王は、そのやり取りを黙って聞いていた。


やがて、片手を上げる。


「ところで」


臣下たちが一斉に口を閉じた。


「西方の市場は、どうなっておる?」


「……市場、でございますか?」


「うむ。商人は商売を続けられておるのか?」


財務卿が眉をひそめる。


「詳細は、まだ……」


「では、調べておくれ」


「陛下、今はそれどころでは!」


「収穫の時期でもあろう。農民が畑に出られぬと困るのう」


「陛下!」


「それと、街道じゃ。荷馬車は通れるのか?」


近衛隊長が、思わず口を開いた。


「陛下は、反乱軍を放置なさるおつもりですか!」


王は不思議そうに首を傾げた。


「放置?」


「シルバー卿とゴルドー卿は、陛下に刃を向けたのですぞ!」


「まだ刃は見ておらぬが」


「そういう問題ではございません!」


「そうかのう」


王は書状を机に置いた。


「まあ、備えは必要じゃろう。王都の守りを固めておくれ」


近衛隊長が安堵する。


しかし、次の言葉で再び顔をしかめた。


「ただし、西方への荷は止めぬようにな」


「なぜでございます!」


「腹が減るではないか」


「誰の腹が!」


「皆のじゃ」


王は、さも当然のことのように答えた。


財務卿は額を押さえた。


「陛下……反乱軍への物資供給にもなりかねません」


「それは困るのう」


「でしたら!」


「軍が使う物と、民が使う物は分けて考えねばならぬな」


「……は?」


「そのあたりは其方らの仕事じゃ。頼んだぞ」


財務卿は、しばらく王を見つめた。


やがて深々と頭を下げる。


「……承知いたしました」


どうやら、今夜も眠れそうになかった。


◇


同じ頃。


王都の一角にあるシルバー家の屋敷は、武装した騎士たちに包囲されていた。


「正門を固めろ!」


「裏門にも人を回せ!」


「屋敷の者は、一人たりとも外へ出すな!」


命令が飛び交う。


王都に残った騎士たちは、宰相と軍務卿の反逆を確認すると、独自に警戒態勢を敷いていた。


王宮内部に協力者が残っている可能性もある。


反乱軍への情報流出を防ぐ必要もあった。


そして何より。


反逆した宰相の嫡男が、まだ王都に残っていた。


「ルシアン・シルバー殿はどこだ!」


屋敷の使用人たちは青ざめた。


「若様は、何もご存じありません!」


「それを判断するのは我々ではない!」


騎士たちは屋敷へ踏み込んだ。


二階の奥。


書物の積まれた小さな部屋。


その中に、少年はいた。


十六歳。


細い体つきに、整った顔立ち。


しかし、貴族の子弟らしい堂々とした雰囲気はない。


少年は椅子に腰掛け、一冊の本を読んでいた。


「ルシアン・シルバー殿だな」


「……はい」


「父君が反逆した。事情を聞くため、同行していただく」


少年は顔を上げた。


「そうですか」


騎士は、一瞬言葉に詰まった。


泣き叫ぶかと思っていた。


あるいは、父の無実を訴えるか。


しかし、少年は驚いた様子もなく、静かに本を閉じた。


「では、参りましょう」


「……抵抗はせぬのか?」


「必要ですか?」


「いや、そういう意味では……」


少年は立ち上がった。


そして、本を一冊手に取る。


「これを持っていっても?」


「駄目だ」


騎士は即答した。


「拘束される身であることを理解しろ」


「……そうですか」


少年は本を机に戻した。


その表紙には、古い文字でこう記されていた。


『アストリア王国戦史』


騎士たちは少年を連行する。


使用人の一人が泣きながら叫んだ。


「若様! 旦那様から、逃げるようにとお言葉があったではありませんか!」


少年は振り返った。


「ええ」


「それなのに、どうして……!」


ルシアンは、少しだけ考えた。


「……逃げても、同じですから」


それだけ言って、歩き出した。


◇


王宮の地下。


ルシアンは、石造りの牢へ入れられた。


鉄格子が閉じられる。


鍵の音が響く。


騎士は少年を見下ろした。


「父君の行動について、何か知っていることはあるか」


「いいえ」


「本当に何も知らないのか?」


「はい」


「では、なぜ逃げなかった」


ルシアンは答えなかった。


騎士は苛立ったように息を吐く。


「……明日、改めて取り調べる」


足音が遠ざかる。


牢に静寂が戻った。


ルシアンは、石壁にもたれて座った。


窓はない。


外の様子も分からない。


父が勝つのか。


王が勝つのか。


あるいは、どちらも敗れるのか。


歴史の書物には、幾度となく同じような争いが記されていた。


勝者は正義となり、敗者は反逆者となる。


それだけのことだった。


少年は膝を抱え、目を閉じた。


◇


深夜。


王宮の執務室では、まだ灯りがともっていた。


王は書類の山と格闘していた。


「……多いのう」


一枚めくる。


「実に多い」


また一枚。


「シルバーめ。戻ってきたら文句を言わねばならぬ」


そのとき、扉が叩かれた。


「陛下、夜分に失礼いたします」


近衛隊長だった。


「何じゃ?」


「王都の警備について、ご報告がございます」


「うむ」


「反乱に関与した疑いのある者について、順次身柄を確保しております」


「ほう」


「また、シルバー家の嫡男、ルシアン・シルバーの拘束を完了いたしました」


王の筆が止まった。


「……誰じゃ?」


「シルバー卿のご子息でございます」


「それは分かる」


王は首を傾げた。


「何をしたのじゃ?」


「父君が反逆した以上、関与の可能性を排除できません」


「ふむ」


「現在、地下牢に収容しております」


王はしばらく考えた。


「……其方が命じたのか?」


近衛隊長は背筋を伸ばす。


「いえ。王都に残留した騎士たちが、陛下のご指示を待たず、緊急措置として実施したものでございます」


「なるほどのう」


王は立ち上がった。


近衛隊長は身構える。


叱責されるのか。


あるいは、独断を許されるのか。


しかし、王が尋ねたのは別のことだった。


「その子は、飯を食ったか?」


「……は?」


「牢に入れたのであろう。夕餉はどうした?」


「そこまでは確認しておりませんが……」


「では、確かめておくれ」


「陛下、あの少年は反逆者の息子ですぞ!」


「うむ。そう聞いた」


「であれば!」


「であれば、何じゃ?」


近衛隊長は口をつぐんだ。


王は机の上の書状に目をやった。


そこには、シルバーとゴルドーの名が並んでいる。


「……まったく」


王は小さく息を吐いた。


「親が勝手をすると、子は難儀じゃのう」


そして、近衛隊長に向き直った。


「明日、その子に会ってみようかの」


「陛下自ら、でございますか?」


「うむ」


「危険ではございませんか」


王は笑った。


「十六の子どもが、我をどうにかするというのか?」


近衛隊長は答えなかった。


王は再び椅子に腰掛ける。


そして、積み上がった書類を見た。


「……それより、困ったのう」


「何がでございます?」


「明日も仕事が減らぬではないか」


近衛隊長は、深々とため息をついた。


西方では、王国を揺るがす反乱が始まっている。


王都では、反逆者の嫡男が牢に入れられた。


そして国王は、相変わらず書類の山に埋もれていた。


誰も知らなかった。


その地下牢で、王と一人の少年が交わすことになる会話を。


そして、その少年の存在が、反乱の行方を大きく変えることを。

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