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愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第三章 境界を知らぬ愚王

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変わっていく国

変わった。


そう言われれば、変わったのだろう。


だが。


毎朝同じ道を歩いている者には、


国が変わる音など聞こえなかった。


◇


ノアは今日も王宮へ出勤した。


門を通る。


衛兵が顔を上げる。


「おはよう」


「おはようございます」


もう止められない。


最初の頃は毎朝止められた。


前科持ち。


元文書偽造犯。


王宮勤務。


どう考えても怪しい。


今では顔を覚えられた。


自分の机へ行く。


書類の山。


「ノア」


上司が呼ぶ。


「はい」


「昨日の地方官吏試験で、不正の疑いがある」


「どれです?」


答案を見る。


「これ、筆跡違いますね」


「分かるのか?」


「途中から別人です」


「どういうことだ」


「答案を差し替えたんでしょう」


「できるのか?」


ノアは少し考えた。


「俺ならできます」


上司が嫌な顔をした。


「やるなよ」


「やりませんよ」


「本当だな?」


「今やったら自分で調べることになるじゃないですか」


上司は納得した。


ノアは少し傷ついた。


◇


昼。


食堂へ行く。


以前は端の席だった。


今は適当に座る。


「ノア、これ見てくれ」


同僚が契約書を持ってくる。


「飯くらい食わせてください」


「すぐでいい」


「じゃあ一口」


パンをかじる。


書類を見る。


「本物」


「早いな」


「印が本物です」


「助かった」


同僚が去る。


ノアはスープを飲む。


向かいの役人が言った。


「人気者だな」


「嫌ですよ、こんな人気」


「給料上がったんだろ?」


「少し」


「いいじゃないか」


「犯罪やってた頃の方が稼げました」


向かいの役人が固まる。


ノアは笑った。


「冗談ですよ」


半分くらいは。


◇


同じ頃。


エドは王都の外で新兵を訓練していた。


「遅い!」


「はい!」


「列を崩すな!」


「はい!」


「そこ! 隣を見ろ!」


「はい!」


最近。


エドは怒鳴る側になった。


あまり嬉しくない。


軍務卿に似てきた気がするからだ。


「休憩!」


兵たちが一斉に座り込む。


エドも水を飲む。


若い兵が近づいてきた。


訛りがある。


「エド卿」


「なに?」


「自分も騎士になれますか」


エドは水を吹きそうになった。


「なんで俺に聞くの?」


「外国生まれだからです」


「俺も?」


「はい」


「騎士になりたいの?」


「分かりません」


「じゃあ聞くなよ」


若い兵が笑う。


「でも、なれるのかなって」


エドは少し考えた。


半年前。


自分も似たことを聞いた。


「知らない」


「知らないんですか」


「軍務卿に聞いて」


若い兵の顔が引きつる。


「怖いです」


「分かる」


エドは笑った。


「まあ」


少し考える。


「なれるかどうかは知らないけど」


若い兵を見る。


「外国人だから無理、とは言われないんじゃない?」


若い兵は少しだけ嬉しそうにした。


「はい」


「じゃあ休憩終わり」


「早くないですか!?」


「騎士になりたいんだろ?」


「まだ決めてません!」


兵たちが笑いながら立ち上がった。


◇


王都北区。


外国生まれの者が多く住む一角。


以前より店が増えた。


知らない料理。


知らない服。


知らない歌。


だが。


子供たちはあまり気にしていなかった。


「それ貸して!」


「嫌だ!」


「昨日貸しただろ!」


「これは俺の!」


喧嘩している。


片方はアストリア生まれ。


片方は外国生まれ。


喧嘩の理由は木の剣だった。


国籍ではない。


近くのパン屋では、主人が値札を書き換えていた。


「また上がったのか?」


客が聞く。


「小麦が高い」


「外国人が増えたから?」


「今年は南で不作だ」


「なんだ」


客はパンを買った。


理由など、その程度だった。


◇


地方では。


商家の娘が新しく官吏になった。


最初の日。


役所へ行く。


周囲はほとんど貴族の子弟だった。


視線を感じた。


「平民らしいぞ」


聞こえる。


気にしない。


席へ座る。


仕事を始める。


一ヶ月後。


「この計算、違います」


隣の男に言った。


「何?」


「税率を去年のまま計算してます」


「そんなはずは」


「ここ」


「……本当だ」


二ヶ月後。


「これ、どう計算する?」


同じ男が聞いてきた。


三ヶ月後。


誰も平民とは呼ばなくなった。


代わりに。


「計算の細かい女」


と呼ばれるようになった。


本人は、


そちらの方が少し腹が立った。


◇


国は変わっていた。


だが。


誰も毎朝、


「今日も国が変わった」


とは思わない。


昨日まで入れなかった場所に、


今日は誰かがいる。


昨日までできなかった仕事を、


今日は誰かがしている。


それだけだった。


そして。


それを遠くから見ている者もいた。


◇


夕方。


王宮の回廊。


宰相と軍務卿が並んで歩いていた。


二人とも会議帰りだった。


中庭では、官吏試験に合格した新人たちが説明を受けている。


貴族。


平民。


商家。


地方出身者。


混ざっている。


少し離れた訓練場では、エドが兵を怒鳴っていた。


「最近」


軍務卿が言った。


「何だ」


「多いな」


宰相が中庭を見る。


「何が」


軍務卿は答えなかった。


少し歩く。


王宮の門を通る荷車。


荷を運んでいる男たち。


その中にも外国生まれがいる。


書類を確認している役人の一人は、平民出身。


さらに奥。


王宮の窓際。


ノアが誰かと書類を見ている。


元犯罪者。


軍務卿が言った。


「……全部だ」


宰相は答えなかった。


分かっていた。


◇


二人は宰相の執務室へ入った。


酒が出された。


珍しいことだった。


軍務卿が杯を持つ。


「エドを騎士にした」


「知っている」


「後悔はしていない」


「それも知っている」


「優秀だ」


「そうだな」


「騎士だと思っている」


「うむ」


軍務卿は酒を飲む。


「だが」


宰相は待った。


「次も同じようにできるのか」


「何が」


「百人来たら」


軍務卿が言う。


「千人来たら」


宰相は杯を置いた。


「前にも同じ話をしたな」


「ああ」


「だから制度を作った」


「制度は人を見るか?」


宰相が黙る。


「試験は知識を見る」


「うむ」


「記録は経歴を見る」


「うむ」


「だが」


軍務卿は自分の手を見る。


「私はエドを半年見た」


剣。


馬。


軍法。


指揮。


失敗。


質問。


怒らせた回数。


笑った回数。


全部見た。


だから認めた。


「紙一枚で、同じことができるのか」


宰相は答えなかった。


◇


しばらくして。


宰相が言った。


「教会の件を覚えているか」


「忘れるものか」


「人を買った件は」


「もっと忘れられん」


「犯罪者を王宮に入れた」


「そこにいるな」


「外国人が増えた」


「ああ」


「エドが騎士になった」


軍務卿は杯を見る。


「私がした」


「平民が官吏になった」


「そうだな」


一つずつ。


一つずつなら。


理由は分かる。


人が足りない。


なら人を連れてくる。


教会だけが公益を担う必要はない。


なら商人にも開く。


刑を終えた者に能力がある。


なら使う。


兵士が優秀。


なら教育する。


官吏として必要な能力がある。


なら試験する。


どれも。


一つだけなら。


大した話ではない。


「だが」


宰相が呟いた。


「並べると違う」


軍務卿は何も言わない。


「陛下は」


宰相が窓を見る。


「どこへ向かっている」


答えはなかった。


◇


翌日。


宰相は王へ聞いた。


「陛下」


「なんじゃ?」


王は何か食べていた。


最近、よく食べている。


「最終的に、何をなさりたいのです」


王が止まった。


「何の話じゃ?」


「この国です」


「国?」


「人を買われた」


「うむ」


「教会の公益事業を商人へ開かれた」


「うむ」


「刑を終えた犯罪者を王宮へ入れた」


「使えるからのう」


「外国人へ国民となる道を開いた」


「住むのであろう?」


「平民に官職を開いた」


「優秀ならよいではないか」


「元奴隷を騎士にした」


王が首を傾げた。


「それは軍務卿じゃ」


宰相が一瞬止まる。


「……そうでした」


「うむ」


少し腹が立った。


「陛下」


宰相は言い直す。


「これらの先に、何があるのです」


王はしばらく考えた。


本当に考えていた。


「……何があるのじゃ?」


宰相は王を見た。


「私が聞いているのです」


「我も知らぬ」


「陛下!」


「必要だからやったのであろう?」


「誰がです!」


「我らがじゃ」


宰相は言葉を失った。


王は菓子を食べる。


「人が足りぬから買った」


一つ。


「村が困っておったから橋を直した」


二つ。


「偽物が多いから偽造屋を雇った」


三つ。


「エドが強いから軍務卿が鍛えた」


四つ。


「優秀な者が仕事をしたいから試験を作った」


五つ。


王は首を傾げた。


「何か繋がっておるのか?」


宰相は何も言えなかった。


◇


その日の夜。


宰相は軍務卿の部屋にいた。


「聞いた」


軍務卿が言う。


「何と」


「分からぬそうだ」


「……そうか」


「本当に分かっていないと思うか?」


宰相は答えなかった。


それが一番分からなかった。


もし。


すべて考えているのなら。


どこまで変えるつもりなのか。


もし。


何も考えていないのなら。


もっと恐ろしい。


国の根幹を、


目の前の問題だけを見て、


一つずつ変えていることになる。


軍務卿が言った。


「俺はエドを認めた」


「うむ」


「だが」


杯を置く。


「だからといって、騎士というものが不要だとは思わん」


「私もだ」


「平民に優秀な者がいる」


「いる」


「だからといって、貴族が積み上げてきたものに意味がないとも思わん」


「私もだ」


二人は黙った。


窓の外。


王都の灯りが見える。


以前より増えた。


人が増えたからだ。


外国からも来た。


仕事を求めて。


この国を選んで。


「国は」


軍務卿が言った。


「どこまで変われば、別の国になる」


宰相は答えられなかった。


◇


翌朝。


エドは訓練場にいた。


ノアは王宮で書類を読んでいた。


北区では新しい店が開いた。


地方では平民出身の官吏が出勤した。


教会では祈りが捧げられた。


商人は橋を渡った。


農民は畑へ出た。


誰も。


国が壊れているとは思っていなかった。


むしろ。


昨日より少しだけ暮らしやすくなった者の方が多かった。


だからこそ。


宰相と軍務卿には、


それが怖かった。


壊れているなら止められる。


失敗しているなら諫められる。


民が苦しんでいるなら、


王に突きつけることができる。


だが。


うまくいっている。


人が増えた。


仕事が増えた。


税収も増えた。


道ができた。


橋が架かった。


働けなかった者が働いている。


騎士になれなかった者が騎士になった。


官吏になれなかった者が官吏になった。


一つ一つ。


結果が出ている。


だから。


止める理由を、


二人はまだ持っていなかった。


ただ。


止まる場所も、


見えなかった。

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