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愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第三章 境界を知らぬ愚王

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同じ罪

事件が起きたのは、夕方だった。


王都北区。


外国から移り住んだ者が増え、新しい店や工房が並び始めた一角。


一人の男が死んだ。


刺したのは外国人だった。


◇


「殺された!」


その言葉は、翌朝には王都中へ広がっていた。


「また外国人だ」


「最近増えすぎなんだよ」


「だから言ったんだ」


「国境を閉じろ」


市場。


酒場。


工房。


パン屋。


どこへ行っても同じ話だった。


被害者はアストリア人。


加害者は半年前に入国した外国人。


夜。


酒場の外で口論になった。


殴り合い。


最後に刃物。


被害者はその場で死亡。


加害者は逮捕された。


事実だけなら、それだけだった。


だが。


人は事実だけでは話さない。


昼には、


「外国人がアストリア人を襲った」


夕方には、


「外国人の集団が襲った」


夜には、


「北区では外国人が武器を持って歩いている」


翌朝には、


「外国人がアストリア人を殺して回っている」


ことになっていた。


◇


ノアは王宮で書類を読んでいた。


偽造証書。


偽造通行証。


偽造借用書。


最近は仕事が増えた。


外国人が増えたからではない。


人が増えたからだ。


商売が増えれば書類も増える。


書類が増えれば偽物も増える。


偽物が増えれば、


元偽造屋の仕事も増える。


妙な循環だった。


「ノア」


上司が呼ぶ。


「はい」


「これを見ろ」


一枚の紙が渡された。


外国人による犯罪一覧。


ノアは読む。


窃盗。


傷害。


詐欺。


殺人。


横に数字。


「これが?」


「町で配られている」


「誰が?」


「分からん」


ノアは紙を裏返した。


透かす。


触る。


墨を見る。


「数字がおかしいですね」


「分かるのか?」


「元の記録あります?」


別の書類が出てくる。


照合する。


ノアはすぐに気づいた。


「これ」


指を置く。


「外国人同士の喧嘩も全部入ってます」


「うむ」


「未遂も」


「うむ」


「逮捕だけで不起訴になったものも」


「そうだ」


「去年の分まで入ってる」


「そうだ」


ノアは配布された紙を見る。


表題。


『今月発生した外国人犯罪』


「嘘ですね」


「偽造か?」


「いや」


ノアは少し困った。


「数字自体は本物です」


「では?」


「並べ方が嘘です」


上司が黙った。


ノアは紙を机へ置く。


「面倒ですね、こういうの」


「なぜだ」


「偽造なら偽物って言えるんです」


数字は本物。


記録も本物。


だが。


読んだ人間が違うものを見るように作られている。


ノアはため息をついた。


「昔の俺より性格悪いですよ」


◇


その日の午後。


王宮では会議が開かれた。


「北区に衛兵を増やすべきです」


内務卿が言った。


「既に集団同士の小競り合いが起きています」


「外国人を保護するためか?」


王が聞く。


「双方です」


「なら増やせ」


「はい」


宰相が続ける。


「加えて、入国審査の厳格化を求める声が強まっています」


「なぜ?」


「今回の犯人が外国人だからです」


「殺人犯なのであろう?」


「はい」


「捕まえたのであろう?」


「はい」


「では裁けばよいではないか」


「問題はそれだけではありません」


宰相が机の上へ例の紙を置いた。


「これが市中に出回っています」


王が読む。


「多いのう」


「正確ではありません」


内務卿が説明する。


「数字そのものは公的記録に近いのですが、期間も分類も意図的に混在しています」


「偽物ではないのか?」


「偽造ではありません」


「本物でもない?」


「そうです」


王が嫌そうな顔をした。


「面倒じゃのう」


ノアが呼ばれた。


部屋へ入る。


「これを見つけたのは其方か?」


「はい」


「直せる?」


「何をです?」


「数字」


「数字は合ってます」


「では直せぬではないか」


「だから面倒なんです」


王は少し考えた。


「なら全部出せばよい」


部屋が静かになる。


「全部?」


内務卿が聞く。


「外国人の犯罪だけ出すから分からぬのであろう?」


「……はい」


「アストリア人のも並べよ」


内務卿が王を見る。


「犯罪統計を公開する、と?」


「そういう名前なのか?」


「そうなります」


「ではそれでよい」


宰相が口を開く。


「陛下。数字を公開すれば、かえって不安を煽る可能性もあります」


「そうなのか?」


「民は必ずしも数字を正確に理解するとは限りません」


王がノアを見る。


「其方は分かるか?」


「何となくなら」


「我は?」


「知りません」


宰相が咳払いした。


ノアは慌てて頭を下げる。


「すみません」


王は気にしていなかった。


「なら、分かるように書け」


内務卿が聞く。


「どのように?」


「人が増えたら件数が増えるのであろう?」


「はい」


「なら人数も書け」


「人口比を?」


「それじゃ」


王は満足そうに頷いた。


「あとアストリア人も」


「はい」


「貴族も」


「陛下?」


「犯罪するであろう?」


「……します」


「騎士も」


軍務卿が眉をひそめた。


「しますが」


「役人も」


内務卿が嫌そうな顔をした。


「します」


「聖職者も?」


宰相が答える。


「おります」


「商人も?」


財務卿がため息をつく。


「おります」


王が首を傾げる。


「では全部、犯罪者ではないか」


「違います」


宰相が即答した。


「そうなのか?」


「犯罪を犯した者が犯罪者なのです」


王が止まった。


「うむ」


そして。


「なら外国人も同じではないか?」


誰も答えなかった。


◇


三日後。


王都に犯罪統計が張り出された。


アストリア人。


外国人。


貴族。


平民。


職人。


商人。


その他。


人口。


事件数。


罪種。


数字が並んだ。


分かりにくい。


とても分かりにくい。


「なんだこれ」


市場の男が言った。


「知らん」


隣の男が答える。


「外国人の犯罪が多いんじゃなかったのか?」


「数は増えてる」


「ほら見ろ」


「でも人も増えてる」


「じゃあどうなんだ?」


「知らん」


誰も急に賢くはならなかった。


ただ。


『外国人犯罪が十倍』


という紙の隣に、


外国人の人口も大きく増えている数字が置かれた。


それだけで。


少なくとも、


十倍危険になった。


とは言い切りにくくなった。


◇


だが。


数字で怒りが消えるわけではない。


殺された男には家族がいた。


妻。


十二歳の息子。


兄。


友人。


葬儀の帰り。


兄は酒を飲んだ。


「弟は死んだ」


誰かが聞いていた。


「なのにあいつらは普通に歩いてる」


誰も止めなかった。


「おかしいだろ」


翌日。


兄は北区へ行った。


犯人は牢にいる。


だから。


犯人と同じ国から来た男を探した。


見つけた。


八百屋で働く男だった。


「お前、あいつと同じ国だな」


男は意味が分からなかった。


「そうですが」


殴った。


一度。


二度。


三度。


倒れても蹴った。


「弟を返せ!」


男は何も知らなかった。


それでも蹴った。


周囲が止める。


衛兵が来た。


兄はその場で捕まった。


◇


翌朝。


王宮。


「釈放しろという嘆願が出ています」


内務卿が言った。


「なぜ?」


「弟を殺された兄だからです」


王が書類を見る。


「殴ったのであろう?」


「はい」


「何回?」


「被害者は肋骨を二本折っています」


「痛そうじゃのう」


「重傷です」


「では傷害ではないか」


「はい」


「なら裁けばよい」


内務卿は黙る。


宰相が言った。


「民の感情としては、同情が集まっています」


「それは分かる」


王は答えた。


珍しく即答だった。


「弟を殺されたのじゃろ?」


「はい」


「なら怒るであろう」


「はい」


「殴りたくもなる」


「はい」


「じゃが」


王は書類を見る。


「殴られた方は弟を殺しておらぬのであろう?」


「はい」


「なら関係ないではないか」


誰も言葉を挟まなかった。


「殺した者は殺した罪で裁く」


一枚目の書類。


「殴った者は殴った罪で裁く」


二枚目。


「何か違うのか?」


内務卿が答える。


「法の上では、違いません」


「なら同じではないか」


◇


その裁判の日。


人が集まった。


「弟を殺されたんだぞ!」


「情状を考えろ!」


そんな声もあった。


裁判官は情状を考えた。


弟を殺された直後。


強い精神的動揺。


計画性は低い。


それらは刑に反映された。


だが。


無罪にはならなかった。


一方。


最初の殺人犯も裁かれた。


酒に酔っていた。


口論だった。


最初に殴ったのは被害者だった。


それも考慮された。


だが。


人を刺し殺した事実は消えなかった。


こちらも有罪。


誰も完全には満足しなかった。


被害者の家族は刑が軽いと言った。


外国人の一部は不公平だと言った。


別の者は公平だと言った。


町では何日も議論が続いた。


◇


ノアは、その判決の記事を読んでいた。


隣の役人が言う。


「難しいな」


「何が?」


「誰が悪いんだろうな」


ノアは顔を上げた。


「両方じゃないですか?」


「そうなんだけどさ」


「殺した奴は悪い」


「うん」


「関係ない奴を殴った奴も悪い」


「うん」


「終わりじゃないですか?」


役人が笑った。


「お前、王様に似てきたな」


ノアの顔が引きつった。


「やめてください」


「嫌なのか?」


「嫌ですよ」


少し考える。


「……でも」


ノアは机の上の書類を見る。


自分の名前。


その横。


前科あり。


消えてはいない。


今でも記録に残っている。


それでいいと思う。


やったことだから。


だが。


今の職業。


王宮文書監査官。


それも書いてある。


どちらも本当だった。


「まあ」


ノアは次の書類を取った。


「前よりは楽ですね」


「何が?」


「何者かって、ひとつに決めなくていいので」


役人には意味が分からなかった。


ノア自身も、うまく説明できなかった。


◇


数日後。


エドは北区を巡回していた。


例の傷害事件があった通り。


八百屋は営業を再開していた。


肋骨を折られた男はまだ休んでいるらしい。


店にはその妻が立っていた。


エドは果物を一つ買った。


「騎士様」


妻が言う。


「はい」


「夫を殴った人は、どうなりますか」


「裁判で決まります」


「弟を殺されたそうですね」


「そうみたいです」


「……かわいそうですね」


エドは少し黙った。


「そうですね」


妻も黙る。


「でも」


果物を袋に入れる。


「夫は何もしてません」


「はい」


「それも分かってください」


エドは頷いた。


「分かってます」


金を払う。


店を出る。


少し歩いたところで、男たちの話が聞こえた。


「外国人だからって怖がる必要ないらしいぞ」


「本当か?」


「数字が出てた」


「でも殺人あったじゃねえか」


「アストリア人だって殺人するだろ」


「じゃあ誰を怖がればいいんだよ」


エドは思わず振り返った。


誰かが答えた。


「犯罪者じゃないか?」


「見ただけで分かるかよ」


「分からんな」


男たちは笑った。


エドも少し笑った。


◇


王宮。


王は例の統計を眺めていた。


「分かりにくい」


内務卿の顔が引きつる。


「陛下が全部出せとおっしゃったのです」


「多すぎる」


「陛下が!」


「もう少し簡単にならぬか?」


「何を削ります?」


王は考えた。


長い。


かなり長い。


やがて。


「罪を犯した者」


「はい」


「罪を犯しておらぬ者」


内務卿が黙った。


「……それだけですか」


「駄目か?」


「国籍は?」


「罪と関係あるのか?」


「統計上は分析します」


「では分析すればよい」


「公表は?」


「必要なら出せ」


「分類は?」


「必要ならせよ」


「では、陛下は何を簡単にしたいのです?」


王は不思議そうに答えた。


「扱いじゃ」


部屋が静かになった。


王は紙を置いた。


「難しく調べるのは其方らの仕事であろう?」


「……はい」


「なら好きなだけ難しくせよ」


そして。


「人を裁く時くらい、簡単でよかろう」


内務卿は返事をしなかった。


王はもう次の書類を読んでいた。


◇


その年。


アストリアから外国人犯罪が消えることはなかった。


アストリア人の犯罪も消えなかった。


喧嘩もあった。


窃盗もあった。


詐欺もあった。


殺人もあった。


外国人だから善人になるわけではない。


アストリア人だから善人になるわけでもない。


ただ。


一つだけ。


少しずつ変わった。


事件が起きるたび、


「どこの人間だ」


と聞く者の横で、


「何をしたんだ」


と聞く者が増えた。


それだけだった。


国は相変わらず騒がしかった。


王も相変わらず、


愚王と呼ばれていた。

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