同じ罪
事件が起きたのは、夕方だった。
王都北区。
外国から移り住んだ者が増え、新しい店や工房が並び始めた一角。
一人の男が死んだ。
刺したのは外国人だった。
◇
「殺された!」
その言葉は、翌朝には王都中へ広がっていた。
「また外国人だ」
「最近増えすぎなんだよ」
「だから言ったんだ」
「国境を閉じろ」
市場。
酒場。
工房。
パン屋。
どこへ行っても同じ話だった。
被害者はアストリア人。
加害者は半年前に入国した外国人。
夜。
酒場の外で口論になった。
殴り合い。
最後に刃物。
被害者はその場で死亡。
加害者は逮捕された。
事実だけなら、それだけだった。
だが。
人は事実だけでは話さない。
昼には、
「外国人がアストリア人を襲った」
夕方には、
「外国人の集団が襲った」
夜には、
「北区では外国人が武器を持って歩いている」
翌朝には、
「外国人がアストリア人を殺して回っている」
ことになっていた。
◇
ノアは王宮で書類を読んでいた。
偽造証書。
偽造通行証。
偽造借用書。
最近は仕事が増えた。
外国人が増えたからではない。
人が増えたからだ。
商売が増えれば書類も増える。
書類が増えれば偽物も増える。
偽物が増えれば、
元偽造屋の仕事も増える。
妙な循環だった。
「ノア」
上司が呼ぶ。
「はい」
「これを見ろ」
一枚の紙が渡された。
外国人による犯罪一覧。
ノアは読む。
窃盗。
傷害。
詐欺。
殺人。
横に数字。
「これが?」
「町で配られている」
「誰が?」
「分からん」
ノアは紙を裏返した。
透かす。
触る。
墨を見る。
「数字がおかしいですね」
「分かるのか?」
「元の記録あります?」
別の書類が出てくる。
照合する。
ノアはすぐに気づいた。
「これ」
指を置く。
「外国人同士の喧嘩も全部入ってます」
「うむ」
「未遂も」
「うむ」
「逮捕だけで不起訴になったものも」
「そうだ」
「去年の分まで入ってる」
「そうだ」
ノアは配布された紙を見る。
表題。
『今月発生した外国人犯罪』
「嘘ですね」
「偽造か?」
「いや」
ノアは少し困った。
「数字自体は本物です」
「では?」
「並べ方が嘘です」
上司が黙った。
ノアは紙を机へ置く。
「面倒ですね、こういうの」
「なぜだ」
「偽造なら偽物って言えるんです」
数字は本物。
記録も本物。
だが。
読んだ人間が違うものを見るように作られている。
ノアはため息をついた。
「昔の俺より性格悪いですよ」
◇
その日の午後。
王宮では会議が開かれた。
「北区に衛兵を増やすべきです」
内務卿が言った。
「既に集団同士の小競り合いが起きています」
「外国人を保護するためか?」
王が聞く。
「双方です」
「なら増やせ」
「はい」
宰相が続ける。
「加えて、入国審査の厳格化を求める声が強まっています」
「なぜ?」
「今回の犯人が外国人だからです」
「殺人犯なのであろう?」
「はい」
「捕まえたのであろう?」
「はい」
「では裁けばよいではないか」
「問題はそれだけではありません」
宰相が机の上へ例の紙を置いた。
「これが市中に出回っています」
王が読む。
「多いのう」
「正確ではありません」
内務卿が説明する。
「数字そのものは公的記録に近いのですが、期間も分類も意図的に混在しています」
「偽物ではないのか?」
「偽造ではありません」
「本物でもない?」
「そうです」
王が嫌そうな顔をした。
「面倒じゃのう」
ノアが呼ばれた。
部屋へ入る。
「これを見つけたのは其方か?」
「はい」
「直せる?」
「何をです?」
「数字」
「数字は合ってます」
「では直せぬではないか」
「だから面倒なんです」
王は少し考えた。
「なら全部出せばよい」
部屋が静かになる。
「全部?」
内務卿が聞く。
「外国人の犯罪だけ出すから分からぬのであろう?」
「……はい」
「アストリア人のも並べよ」
内務卿が王を見る。
「犯罪統計を公開する、と?」
「そういう名前なのか?」
「そうなります」
「ではそれでよい」
宰相が口を開く。
「陛下。数字を公開すれば、かえって不安を煽る可能性もあります」
「そうなのか?」
「民は必ずしも数字を正確に理解するとは限りません」
王がノアを見る。
「其方は分かるか?」
「何となくなら」
「我は?」
「知りません」
宰相が咳払いした。
ノアは慌てて頭を下げる。
「すみません」
王は気にしていなかった。
「なら、分かるように書け」
内務卿が聞く。
「どのように?」
「人が増えたら件数が増えるのであろう?」
「はい」
「なら人数も書け」
「人口比を?」
「それじゃ」
王は満足そうに頷いた。
「あとアストリア人も」
「はい」
「貴族も」
「陛下?」
「犯罪するであろう?」
「……します」
「騎士も」
軍務卿が眉をひそめた。
「しますが」
「役人も」
内務卿が嫌そうな顔をした。
「します」
「聖職者も?」
宰相が答える。
「おります」
「商人も?」
財務卿がため息をつく。
「おります」
王が首を傾げる。
「では全部、犯罪者ではないか」
「違います」
宰相が即答した。
「そうなのか?」
「犯罪を犯した者が犯罪者なのです」
王が止まった。
「うむ」
そして。
「なら外国人も同じではないか?」
誰も答えなかった。
◇
三日後。
王都に犯罪統計が張り出された。
アストリア人。
外国人。
貴族。
平民。
職人。
商人。
その他。
人口。
事件数。
罪種。
数字が並んだ。
分かりにくい。
とても分かりにくい。
「なんだこれ」
市場の男が言った。
「知らん」
隣の男が答える。
「外国人の犯罪が多いんじゃなかったのか?」
「数は増えてる」
「ほら見ろ」
「でも人も増えてる」
「じゃあどうなんだ?」
「知らん」
誰も急に賢くはならなかった。
ただ。
『外国人犯罪が十倍』
という紙の隣に、
外国人の人口も大きく増えている数字が置かれた。
それだけで。
少なくとも、
十倍危険になった。
とは言い切りにくくなった。
◇
だが。
数字で怒りが消えるわけではない。
殺された男には家族がいた。
妻。
十二歳の息子。
兄。
友人。
葬儀の帰り。
兄は酒を飲んだ。
「弟は死んだ」
誰かが聞いていた。
「なのにあいつらは普通に歩いてる」
誰も止めなかった。
「おかしいだろ」
翌日。
兄は北区へ行った。
犯人は牢にいる。
だから。
犯人と同じ国から来た男を探した。
見つけた。
八百屋で働く男だった。
「お前、あいつと同じ国だな」
男は意味が分からなかった。
「そうですが」
殴った。
一度。
二度。
三度。
倒れても蹴った。
「弟を返せ!」
男は何も知らなかった。
それでも蹴った。
周囲が止める。
衛兵が来た。
兄はその場で捕まった。
◇
翌朝。
王宮。
「釈放しろという嘆願が出ています」
内務卿が言った。
「なぜ?」
「弟を殺された兄だからです」
王が書類を見る。
「殴ったのであろう?」
「はい」
「何回?」
「被害者は肋骨を二本折っています」
「痛そうじゃのう」
「重傷です」
「では傷害ではないか」
「はい」
「なら裁けばよい」
内務卿は黙る。
宰相が言った。
「民の感情としては、同情が集まっています」
「それは分かる」
王は答えた。
珍しく即答だった。
「弟を殺されたのじゃろ?」
「はい」
「なら怒るであろう」
「はい」
「殴りたくもなる」
「はい」
「じゃが」
王は書類を見る。
「殴られた方は弟を殺しておらぬのであろう?」
「はい」
「なら関係ないではないか」
誰も言葉を挟まなかった。
「殺した者は殺した罪で裁く」
一枚目の書類。
「殴った者は殴った罪で裁く」
二枚目。
「何か違うのか?」
内務卿が答える。
「法の上では、違いません」
「なら同じではないか」
◇
その裁判の日。
人が集まった。
「弟を殺されたんだぞ!」
「情状を考えろ!」
そんな声もあった。
裁判官は情状を考えた。
弟を殺された直後。
強い精神的動揺。
計画性は低い。
それらは刑に反映された。
だが。
無罪にはならなかった。
一方。
最初の殺人犯も裁かれた。
酒に酔っていた。
口論だった。
最初に殴ったのは被害者だった。
それも考慮された。
だが。
人を刺し殺した事実は消えなかった。
こちらも有罪。
誰も完全には満足しなかった。
被害者の家族は刑が軽いと言った。
外国人の一部は不公平だと言った。
別の者は公平だと言った。
町では何日も議論が続いた。
◇
ノアは、その判決の記事を読んでいた。
隣の役人が言う。
「難しいな」
「何が?」
「誰が悪いんだろうな」
ノアは顔を上げた。
「両方じゃないですか?」
「そうなんだけどさ」
「殺した奴は悪い」
「うん」
「関係ない奴を殴った奴も悪い」
「うん」
「終わりじゃないですか?」
役人が笑った。
「お前、王様に似てきたな」
ノアの顔が引きつった。
「やめてください」
「嫌なのか?」
「嫌ですよ」
少し考える。
「……でも」
ノアは机の上の書類を見る。
自分の名前。
その横。
前科あり。
消えてはいない。
今でも記録に残っている。
それでいいと思う。
やったことだから。
だが。
今の職業。
王宮文書監査官。
それも書いてある。
どちらも本当だった。
「まあ」
ノアは次の書類を取った。
「前よりは楽ですね」
「何が?」
「何者かって、ひとつに決めなくていいので」
役人には意味が分からなかった。
ノア自身も、うまく説明できなかった。
◇
数日後。
エドは北区を巡回していた。
例の傷害事件があった通り。
八百屋は営業を再開していた。
肋骨を折られた男はまだ休んでいるらしい。
店にはその妻が立っていた。
エドは果物を一つ買った。
「騎士様」
妻が言う。
「はい」
「夫を殴った人は、どうなりますか」
「裁判で決まります」
「弟を殺されたそうですね」
「そうみたいです」
「……かわいそうですね」
エドは少し黙った。
「そうですね」
妻も黙る。
「でも」
果物を袋に入れる。
「夫は何もしてません」
「はい」
「それも分かってください」
エドは頷いた。
「分かってます」
金を払う。
店を出る。
少し歩いたところで、男たちの話が聞こえた。
「外国人だからって怖がる必要ないらしいぞ」
「本当か?」
「数字が出てた」
「でも殺人あったじゃねえか」
「アストリア人だって殺人するだろ」
「じゃあ誰を怖がればいいんだよ」
エドは思わず振り返った。
誰かが答えた。
「犯罪者じゃないか?」
「見ただけで分かるかよ」
「分からんな」
男たちは笑った。
エドも少し笑った。
◇
王宮。
王は例の統計を眺めていた。
「分かりにくい」
内務卿の顔が引きつる。
「陛下が全部出せとおっしゃったのです」
「多すぎる」
「陛下が!」
「もう少し簡単にならぬか?」
「何を削ります?」
王は考えた。
長い。
かなり長い。
やがて。
「罪を犯した者」
「はい」
「罪を犯しておらぬ者」
内務卿が黙った。
「……それだけですか」
「駄目か?」
「国籍は?」
「罪と関係あるのか?」
「統計上は分析します」
「では分析すればよい」
「公表は?」
「必要なら出せ」
「分類は?」
「必要ならせよ」
「では、陛下は何を簡単にしたいのです?」
王は不思議そうに答えた。
「扱いじゃ」
部屋が静かになった。
王は紙を置いた。
「難しく調べるのは其方らの仕事であろう?」
「……はい」
「なら好きなだけ難しくせよ」
そして。
「人を裁く時くらい、簡単でよかろう」
内務卿は返事をしなかった。
王はもう次の書類を読んでいた。
◇
その年。
アストリアから外国人犯罪が消えることはなかった。
アストリア人の犯罪も消えなかった。
喧嘩もあった。
窃盗もあった。
詐欺もあった。
殺人もあった。
外国人だから善人になるわけではない。
アストリア人だから善人になるわけでもない。
ただ。
一つだけ。
少しずつ変わった。
事件が起きるたび、
「どこの人間だ」
と聞く者の横で、
「何をしたんだ」
と聞く者が増えた。
それだけだった。
国は相変わらず騒がしかった。
王も相変わらず、
愚王と呼ばれていた。




