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愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第二章 神を恐れぬ愚王

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慈悲深き神

王都の大教会では。


鐘が鳴っていた。


一度。


二度。


三度。


礼拝堂には。


以前より多くの人がいる。


商人。


職人。


兵士。


老人。


子供。


セラム村の話を聞いて。


初めて教会を訪れた者もいた。


司祭が。


神の慈悲を説く。


飢えた者へ。


病める者へ。


家を失った者へ。


神の慈悲は。


すべての者へ等しく注がれる。


人々が祈る。


そして。


礼拝が終われば。


献金箱へ。


銅貨が落ちる。


一枚。


また一枚。


以前より。


ずっと多く。


教会は。


栄えていた。


◇


王都から遠く離れた村では。


一本の井戸が掘られていた。


金を出したのは。


商人。


土地を出したのは。


村。


技術を出したのは。


職人組合。


一部を負担したのは。


国。


そして。


教会も。


井戸のそばに。


小さな石板が置かれている。


工事に関わった者たちの名。


その中には。


教会の名も。


商人の名も。


職人組合の名も。


並んで刻まれていた。


誰の井戸か。


そう聞かれれば。


村人たちは。


困った。


だから。


こう答えた。


「俺たちの井戸だ」


◇


別の町では。


小さな施療所が開いた。


薬師がいる。


教会から来た者もいる。


商人から給金を受け取る者もいる。


国の補助を受ける者もいる。


金のない患者には。


教会が費用を出すこともあった。


裕福な商人が。


代わりに払うこともあった。


誰かが。


誰かを助ける。


理由は。


それぞれ違った。


神のため。


金のため。


評判のため。


家族のため。


仕事だから。


放っておけなかったから。


誰も。


同じ理由ではない。


それでも。


薬は。


同じように効いた。


◇


セラム村。


教会の鐘が鳴る。


エルナは。


その音を聞きながら。


紙を読んでいた。


「次です」


目の前に座っている女が。


緊張した顔で頷く。


「街道沿いの宿ですね。炊事と洗濯。朝から夕方まで」


「はい」


「給金は」


数字を読む。


女の顔が。


少し明るくなる。


「私でも?」


「炊事ができるのでしょう?」


「できます」


「洗濯も?」


「毎日」


「なら、大丈夫だと思います」


女は。


紙を胸へ抱えた。


「ありがとうございます」


「いえ」


エルナは笑う。


「決めるのは宿の方ですから」


「それでも」


女は。


深く頭を下げた。


そして。


教会を出ていく。


入れ替わりに。


レオンが入ってきた。


「いるか」


「います」


「明日、北の村へ行くぞ」


「何をしに?」


「水路を見る」


「またですか」


「まただ」


「今度は何を作るんです?」


「まだ分からん」


「儲かるんですか?」


「それを見に行く」


エルナは笑った。


「正直ですね」


「商人だからな」


「教会にも声をかけます?」


「ああ」


「どうしてです?」


レオンが。


不思議そうな顔をする。


「詳しいからだろ」


「何に?」


「困ってる奴に」


エルナは。


少しだけ。


黙った。


「……そうですね」


「なんだ?」


「いえ」


胸元の聖印へ。


一度。


触れる。


「行きましょう」


「明日の朝だぞ」


「はい」


「遅れるなよ」


「レオン様こそ」


「俺は金になる話には遅れん」


「では大丈夫ですね」


「どういう意味だ」


二人は。


教会を出る。


外には。


人がいた。


市場へ向かう者。


仕事へ向かう者。


教会へ向かう者。


橋を渡る者。


その橋を越えて。


別の村へ向かう商人。


以前。


この村から。


人は出ていった。


今は。


入ってくる。


エルナは。


一度だけ。


教会を振り返った。


そこには。


いつもと同じ。


神の印があった。


何も。


失われていないように見えた。


◇


「陛下に、お尋ねしたいことがございます」


王宮。


教会の上位聖職者が。


王の前に座っていた。


以前。


セラム村の救済を申し出た者だった。


「よいぞ」


王は果物を食べている。


「教会についてです」


「うむ」


「近頃」


聖職者は。


慎重に言葉を選ぶ。


「多くの者が、救済事業へ参入しております」


「働き者が増えたのう」


「商人も」


「うむ」


「職人組合も」


「うむ」


「地域の共同体も」


「よいことではないか」


「……はい」


「何か問題が?」


聖職者は。


すぐには答えなかった。


「教会には」


やがて。


言う。


「古くより認められてきた役割がございます」


「知っておる」


「救貧」


「うむ」


「施療」


「うむ」


「教育」


「うむ」


「街道や井戸の整備にも、長く携わってまいりました」


「立派じゃ」


「ですが今は」


一度。


言葉が止まる。


「それを、誰もが行っております」


王が。


首を傾げた。


「なぜ困る?」


「困るとは申しておりません」


「ならよいではないか」


「しかし」


聖職者は。


王を見る。


「教会の役割が、小さくなっております」


王は。


少し考えた。


「そうなのか?」


「はい」


「信徒は減ったのか?」


「……いいえ」


「増えたと聞いたぞ」


「増えております」


「献金は?」


「増えております」


「礼拝へ来る者は?」


「増えております」


「救われる者は?」


聖職者が。


黙った。


王が待つ。


「……増えております」


王は。


ますます分からないという顔をした。


「では」


果物を置く。


「何が小さくなったのじゃ?」


静かだった。


聖職者は。


答えなかった。


いや。


答えられなかった。


教会の財ではない。


増えている。


信徒ではない。


増えている。


人々からの信頼でもない。


むしろ。


以前より厚い。


神の教えが。


禁じられたわけでもない。


布教も。


礼拝も。


祈りも。


誰にも妨げられていない。


王は。


何一つ。


奪っていない。


「……陛下は」


聖職者が言った。


「教会の力を削ぐおつもりだったのですか」


王が。


目を丸くした。


「削ぐ?」


「はい」


「なぜ?」


「なぜ、と申されましても」


「教会は前より栄えておるのであろう?」


「……はい」


「なら」


王は笑った。


「我は何を削いだのじゃ?」


また。


答えられない。


◇


宰相は。


部屋の端で。


黙って聞いていた。


財務卿もいる。


机の上には。


いくつもの報告書。


商人による橋梁整備。


職人組合による井戸。


地域共同体による学校。


教会による施療所。


国との共同事業。


公益を行った者には。


その実績に応じて。


同じ基準で。


支援や税の優遇が認められ始めていた。


教会だから。


ではない。


商人だから。


でもない。


貴族だから。


でもない。


何をしたか。


それだけだった。


聖職者が言う。


「ですが、教会には古くから認められた免税がございます」


「うむ」


王は頷いた。


「これまでのものは取らぬ」


聖職者が顔を上げる。


「先王が認めたのであろう?」


「はい」


「なら」


王は。


当然のように言った。


「我が気に入らぬからと反故にはできぬ」


宰相が。


わずかに目を細める。


「土地も?」


「取らぬ」


「寄進された財も?」


「取らぬ」


「我々の礼拝も」


「好きにせよ」


「布教も」


「好きにせよ」


「国王を批判する説教も?」


財務卿が。


少し顔を上げた。


王は笑った。


「好きにせよ」


「陛下」


財務卿が口を挟む。


「そこは少しくらい怒ってもよろしいのでは?」


「面倒じゃ」


「そうですか」


「うむ」


聖職者が。


王を見る。


「では」


「うむ」


「今後も、教会の権利は」


王は。


少し考えた。


「未来の話か?」


「はい」


「それは知らぬ」


「……はい?」


「これまでの約束は守る」


王は言った。


「だが」


指先で。


机を軽く叩く。


「未来まで約束した覚えはない」


空気が。


変わった。


「これから先」


王は続ける。


「人を救った者がおれば、助ける」


「……」


「橋を架けた者がおれば、認める」


「……」


「病人を救った者がおれば、報いる」


「……」


「其方らがやれば、其方らに」


一拍。


「商人がやれば、商人に」


もう一拍。


「村人がやれば、村人に」


王は。


笑った。


「同じことをした者には、同じものを与えよ」


誰も。


何も言わなかった。


◇


聖職者は。


長い間。


王を見ていた。


やがて。


静かに言った。


「陛下」


「なんじゃ」


「神を」


一度。


息を吸う。


「恐れぬのですか」


宰相が。


王を見る。


財務卿も。


王を見る。


王だけが。


不思議そうだった。


「なぜ恐れる?」


「……」


「其方ら」


王は。


本当に分からないという顔で。


言った。


「あれほど慈悲深い御方だと申しておったではないか」


聖職者の口が。


少し開いた。


閉じる。


何も。


出てこなかった。


王は。


少し心配そうに。


「違うのか?」


「……いいえ」


「では、よいではないか」


「しかし」


聖職者は。


最後に。


それだけ言った。


「いずれ、神罰が降るやもしれませんぞ」


王が。


止まった。


宰相が。


わずかに眉を寄せる。


財務卿も。


王を見る。


しばらくして。


王は。


深刻そうな顔で言った。


「もう降っておる」


全員が止まった。


「……何がです?」


聖職者が聞く。


王は。


左右を指した。


「宰相と財務じゃ」


「は?」


「朝から晩まで」


王は。


嫌そうな顔をする。


「働け、書類を読め、金を使うな、政務をしろ」


財務卿の眉が動く。


「陛下」


「ほれ」


王が言った。


「また落ちた」


「誰のせいですか!」


「ほれ、またじゃ」


「陛下!」


王は耳を塞いだ。


「恐ろしいのう!」


宰相が。


顔を伏せた。


肩が。


少しだけ。


揺れている。


聖職者は。


しばらく。


何も言えなかった。


やがて。


立ち上がる。


深く。


王へ頭を下げた。


「……失礼いたしました」


「うむ」


「我々は」


一度。


言葉を止める。


「今後も、神の慈悲を民へ届けてまいります」


王が笑った。


「頼むぞ」


「はい」


「困っておる者は、まだ多い」


「……はい」


聖職者は。


もう一度。


頭を下げた。


そして。


部屋を出ていった。


◇


扉が閉まった。


静かになる。


王は。


塞いでいた耳から手を離した。


「帰ったか?」


「帰られました」


宰相が答える。


「そうか」


王は。


果物へ手を伸ばす。


財務卿は。


まだ納得していない顔だった。


「陛下」


「なんじゃ」


「結局」


嫌そうに。


聞く。


「最初から、これが目的だったのですか?」


王は。


果物を選んでいる。


「何がじゃ」


「教会です」


「教会がどうした」


「信徒は増えた」


「よいことじゃ」


「献金も増えた」


「結構」


「救済活動も増えた」


「立派じゃ」


「なのに」


財務卿は。


机の報告書を指す。


「教会だけが持っていた影響力は、なくなりつつある」


王が。


顔を上げる。


「皆でやっておるからのう」


「だから!」


財務卿が。


一歩出る。


「それを最初から」


「財務卿」


宰相が止めた。


「しかし!」


「聞いても無駄だ」


財務卿は。


王を見る。


王は。


果物を一つ持っている。


「食うか?」


「いりません!」


「美味いぞ」


「いりません!」


王は肩をすくめた。


自分で齧る。


宰相は。


窓の外を見る。


遠く。


王都の大教会。


その鐘が。


鳴っている。


以前より。


多くの者が。


その鐘を聞いている。


以前より。


多くの者が。


神へ祈っている。


以前より。


多くの金が。


教会へ集まっている。


そして。


以前より。


多くの者が。


教会の外でも。


人を救っている。


宰相は。


王を見る。


王は。


果物を食べている。


何も。


言わない。


「陛下」


「なんじゃ?」


「神は」


宰相は。


少しだけ笑った。


「随分と寛大なようですな」


王が頷く。


「うむ」


そして。


満足そうに言った。


「神の懐は深いのう」


もう一口。


果物を齧る。


「我も死後は安泰じゃな」


財務卿が。


呆れた顔で言った。


「それは神のみぞ知る、でしょう」


王は。


少し考えた。


「では」


笑った。


「そのとき聞いてみよう」


遠く。


教会の鐘が。


もう一度。


鳴った。

第2章 神を恐れぬ愚王これにて終幕となります。

ここまでお付き合いいただき感謝感激雨嵐です。

うーん、最後までスカッとしない王の振る舞い。

痺れますねぇ。

彼が若くしてこのような年長者を翻弄する人格に至ったのには、彼の過去が深く関係しているとかいないとか。


それはまたしばらく先のお話。

次は少し未来の話に触れてみたいと思います。お楽しみに。

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