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愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第二章 神を恐れぬ愚王

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増える信徒、減る取り分

王都の大教会では。


最近。


喜ばしい報告が多かった。


「南部で、新たに二十七名」


「西部では四十一名です」


「セラム周辺の三教会でも、礼拝への参加者が増えております」


「献金は?」


「前年同月を上回っております」


「どれほど?」


数字が読み上げられる。


上位の聖職者たちが。


満足そうに頷いた。


国王自ら。


教会の慈悲を称えた。


その影響は大きかった。


神を信じる者。


教会を見直す者。


自らも何かしたいと。


銅貨を握って訪れる者。


「やはり」


一人が言った。


「セラムで示された神の慈悲が、人々の心を動かしたのでしょう」


「ええ」


「救済活動をさらに広げるべきです」


「賛成です」


「東部からも支援の要請が来ております」


「どのような?」


「昨年の洪水で橋を失った地域です」


「では、早急に」


そこで。


報告役の聖職者が。


少し困った顔をした。


「それが」


「何です?」


「橋は、すでに修復が始まっております」


「……どこの教会が?」


「いえ」


紙を見る。


「商人です」


沈黙。


「商人?」


「はい」


「なぜ商人が橋を?」


「その先に市場を作るそうです」


一人が眉を寄せた。


「では、北部の井戸を」


「そちらも」


「そちらも?」


「商業組合と、地元の陶工組合が」


「西部の街道」


「材木商と宿場組合が着手しております」


「施療所は」


「薬師組合が出資を」


「……」


部屋が。


静かになった。


しばらくして。


一人が言った。


「よいことではありませんか」


「ええ」


別の者も頷く。


「民が救われるのですから」


「神もお喜びになるでしょう」


皆が。


頷いた。


ただ。


誰も。


笑ってはいなかった。


◇


セラム村では。


教会の炊き出しが。


週に七日から。


五日になった。


そして。


四日になった。


「減らして大丈夫でしょうか」


エルナが聞いた。


司祭は鍋を見る。


以前なら。


底まで空になった。


今は。


残る。


「食べに来る者が減ったからな」


「でも」


「必要な者には続ける」


司祭は言った。


「減らすことが悪いわけではないだろう」


「そうですね」


エルナは。


少し考える。


「良いことなんですよね」


「良いことだ」


「ですよね」


二人で。


空いている長椅子を見る。


少し。


寂しかった。


そこへ。


女が入ってきた。


以前。


娘と共に炊き出しへ来ていた女だった。


「司祭様」


「どうしました?」


「お願いがあるんです」


エルナが立ち上がる。


「食事ですか?」


「違うんです」


女は少し恥ずかしそうに。


紙を出した。


「これ」


求人だった。


街道沿いに新しくできる宿。


洗濯と炊事のできる者を募集している。


「字が読めなくて」


女は言う。


「何が書いてあるか、教えていただけませんか?」


エルナは。


紙を受け取った。


読む。


仕事内容。


給金。


勤務時間。


食事。


「……働きたいんですか?」


「はい」


女は笑った。


「娘が、パンを食べたいって言うんです」


「教会でもパンは」


「そうじゃなくて」


女は首を振る。


「私が買ってやりたいんです」


エルナは。


何も言わず。


最初から。


ゆっくり読み始めた。


◇


「減ったな」


レオンが言った。


「何がです?」


「教会へ飯をもらいに来る奴」


「そうですね」


「増えたな」


「何がです?」


「教会へ字を読んでもらいに来る奴」


エルナは笑った。


「そうですね」


教会の前。


以前は。


食事を求める者が並んでいた。


今は。


紙を持った者が並ぶ。


求人。


契約書。


商人からの注文。


市場への出店申請。


手紙。


「教会も大変だな」


「忙しいですよ」


「儲かってる?」


「その言い方やめてください」


「献金増えてるんだろ?」


「増えています」


「よかったじゃないか」


「はい」


エルナは。


素直に頷いた。


「前より、できることも増えました」


「ならいいだろ」


「はい」


レオンは。


向かい側を見る。


新しい建物ができていた。


小さな施療所だった。


教会のものではない。


薬師組合と。


数人の商人が金を出している。


診療には金がかかる。


払えない者については。


一定の条件で。


国と教会が補助することになっていた。


「でも」


エルナが言った。


「少し不思議です」


「何が」


「前は」


教会を見る。


「人を助ける場所と言えば、ここだったんです」


「今もそうだろ」


「はい」


今度は。


施療所。


市場。


工事現場。


学校代わりに使われ始めた集会所。


「でも、ここだけではなくなりました」


レオンは鼻を鳴らした。


「いいことじゃないか」


「そうですね」


エルナは笑った。


「たぶん」


◇


王都。


教会の会議は。


以前より長くなっていた。


「このままでは」


一人が言った。


言ってから。


止まった。


「……何です?」


「いえ」


続きを促される。


「公益事業における、我々の役割が」


言葉を選ぶ。


「小さくなります」


「小さく?」


別の聖職者が資料を見る。


「救済人数は増えています」


「はい」


「献金も増えている」


「はい」


「信徒も増えている」


「はい」


「では、何が小さくなったのです?」


答えに。


少し時間がかかった。


「割合です」


紙が置かれる。


救貧。


施療。


井戸。


街道。


橋。


教育。


以前。


多くの地域で。


教会以外に。


まとまった金と人を出せる者はいなかった。


だから。


人々が困れば。


教会へ来た。


村が困れば。


教会へ頼んだ。


領主ですら。


教会へ協力を求めた。


だが今は。


商人がいる。


組合がいる。


職人がいる。


国もいる。


そして。


同じ公益を行えば。


同じように。


国から認められる。


「我々が減ったわけではありません」


報告役が言う。


「他が増えたのです」


誰も。


間違いとは言えなかった。


「税の優遇を」


一人が言う。


「教会へ、より厚く戻していただくべきでは?」


別の者が。


ゆっくり首を振った。


「何を理由に?」


「何を、とは」


「陛下は教会の免税を奪っておりません」


「しかし」


「過去の権利も、そのままです」


「……」


「そして公益を行った者へ、同じような優遇を認めている」


「教会は神に仕える組織です」


「分かっています」


「商人とは違う」


「では」


その者は。


静かに言った。


「民を救った商人には、何も与えるなと?」


沈黙。


「それを」


続ける。


「今の我々が言えますか?」


壁には。


王宮から届いた書状が飾られていた。


国王が。


教会の慈悲を称えたものだった。


神の慈悲。


教会の献身。


困窮する民のため。


自らの財を投じた。


尊い行い。


それを。


王国中へ広めたのは。


他ならぬ王だった。


「……言えませんね」


誰かが呟いた。


◇


さらに。


別の問題も起きていた。


「今年の献金についてです」


地方教会から。


質問が届く。


「何でしょう」


「信徒から、用途について尋ねられることが増えたと」


「用途?」


「はい」


手紙が読まれる。


セラムでは。


教会の献金によって。


多くの人々が救われたと聞きました。


私たちの村の近くにも。


冬を越せない家族がいます。


今年の献金は。


その方々のためにも使われるのでしょうか。


読み終わる。


誰も。


すぐには口を開かなかった。


次。


別の手紙。


セラムでは橋が架かりました。


我々の町でも。


洪水で家を失った者がいます。


神の慈悲は。


我々にも届くのでしょうか。


次。


孤児院。


次。


施療所。


次。


飢饉。


次。


崩れた道。


誰も。


教会を責めてはいない。


誰も。


金を出せと命じていない。


むしろ。


期待していた。


セラムを救った。


あの。


素晴らしい教会なら。


きっと。


ここも救ってくれる。


「……喜ばしいことです」


一人が言った。


「信徒が、教会を頼っている」


「はい」


「神の慈悲を求めている」


「はい」


「我々の使命です」


「はい」


皆が。


頷いた。


そして。


机の上の。


大量の要望書を見る。


「……財務担当を呼びましょう」


「そうですね」


◇


王宮では。


財務卿が。


珍しく。


機嫌がよかった。


「陛下」


「なんじゃ」


「東部の橋梁復旧ですが」


「うむ」


「商業組合からの出資が決まりました」


「そうか」


「北部の井戸も」


「うむ」


「陶工組合が半額を」


「金持ちじゃのう」


「西部街道についても」


「まだあるのか」


「あります」


「長いのう」


「誰のせいですか」


「知らぬ」


財務卿は無視した。


「国庫からの直接支出は、当初見込みより抑えられそうです」


王が。


少し驚いた顔をした。


「そうなのか?」


「……陛下」


「なんじゃ」


「まさか、本当に何も分かっておられないのですか?」


「何が」


財務卿が王を見る。


王も。


見る。


「……いえ」


財務卿は続けた。


「一方で、教会への献金は増えております」


「よいことではないか」


「信徒も増加しております」


「結構」


「救済活動も拡大しております」


「立派じゃ」


「ですが」


紙を一枚。


机へ置く。


「救貧、施療、街道整備、井戸、教育など」


もう一枚。


「これまで教会が大きな割合を担っていた分野へ」


もう一枚。


「商人、職人組合、地域共同体の参入が急増しております」


王が頷いた。


「皆、働き者じゃな」


「結果として」


財務卿が言った。


「教会の公益事業における割合は、低下しております」


王は。


少し考えた。


そして。


首を傾げた。


「皆でやれば、そうなるであろう?」


財務卿は。


黙った。


宰相が。


横から王を見る。


「陛下」


「なんじゃ」


「教会は以前より栄えております」


「よいことじゃ」


「ですが」


宰相は。


言葉を選んだ。


「以前ほど、教会だけに頼る必要はなくなっております」


王は。


果物を選びながら答えた。


「もっとよいではないか」


「……」


「教会だけでは大変であろう?」


王は赤い実を一つ取った。


「皆でやればよい」


財務卿が。


宰相を見る。


宰相も。


財務卿を見る。


王は。


実を口へ放り込む。


「甘いぞ」


「陛下」


「なんじゃ?」


宰相は。


しばらく。


王を見ていた。


「最初から」


言いかける。


王が。


もう一つ。


実を差し出した。


「食うか?」


宰相は。


その実を見る。


「……いただきます」


「うむ」


宰相は受け取った。


財務卿が。


呆れた顔をする。


「聞かないのですか?」


「何をだ」


「最初から、これを狙っていたのかと」


宰相は。


赤い実を見た。


そして。


口へ入れる。


「聞いても」


噛む。


「どうせ答えません」


王が笑った。


「何の話じゃ?」


「ほら」


財務卿は。


深く。


ため息をついた。

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