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愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第二章 神を恐れぬ愚王

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神の取り分

教会は。


喜んだ。


当然だった。


王都の広場。


街道沿いの宿場。


市場。


地方の役所。


人の集まる場所へ。


セラム村の話が広がっていった。


教会が自らの財を投じ。


飢えた者へ食事を与え。


病人へ薬を届け。


国や商人と共に。


一つの村を救った。


そして。


若き国王は。


その献身に深く感服した。


「陛下が、そのように?」


王都の教会で。


上位の聖職者が何度も確認した。


「間違いございません」


「教会の働きを称賛されたと?」


「はい」


「神の慈悲を広く知らせるように、と」


聖職者たちは顔を見合わせた。


笑みが浮かぶ。


王は。


人を買う。


金をばら撒く。


政務を嫌う。


神を恐れぬとも噂される。


若い愚王。


だが。


少なくとも。


神の慈悲を理解する程度の分別はあったらしい。


「よいことです」


「ええ」


「これを機に、さらに救済を広げましょう」


「神の御心を、より多くの民へ」


反対する者はいなかった。


教会にとって。


これ以上ない追い風だった。


◇


セラム村にも。


その話は届いた。


「陛下が教会を褒めてくださったそうです」


エルナが嬉しそうに言った。


「へえ」


レオンは帳簿を見ている。


「それだけですか?」


「何が」


「国王陛下ですよ?」


「知ってる」


「教会の働きに感服されたと」


「そうか」


「神の慈悲を広く知らせるように、と」


「よかったな」


エルナは不満そうだった。


「もう少しありませんか?」


レオンは顔を上げる。


「おめでとう」


「気持ちが入っていません」


「面倒だな」


「名誉なことなんですよ」


「そうか」


「信徒も増えているそうです」


「そうか」


「献金も」


「そうか」


「レオン様」


「なんだ」


「聞いてます?」


「聞いてる」


帳簿を閉じる。


「だから、よかったなと言ってる」


「本当にそう思っています?」


「ああ」


即答だった。


エルナは少し意外そうな顔をした。


「教会が栄えれば」


レオンは言う。


「金も人も出すだろ」


「……」


「何だ?」


「今、少し嫌な感じがしました」


「褒めたのに?」


「教会を財布みたいに言いませんでした?」


「言ってない」


「言いました」


「金も人も出すと言っただけだ」


「同じです」


レオンは肩をすくめた。


「実際、出してるだろ」


エルナは反論しようとして。


やめた。


出している。


確かに。


食糧。


薬。


人。


そして金。


「でも」


エルナは少し考える。


「それは、神のためです」


「知ってる」


「人々を救うためです」


「知ってる」


「商売ではありません」


「それも知ってる」


レオンは帳簿を開き直した。


「だから相性がいいんだろ」


エルナは。


まだ少し納得できなかった。


◇


本橋が完成した。


仮橋より広く。


丈夫で。


二台の荷馬車がすれ違える。


村人が集まり。


職人が集まり。


商人が集まり。


教会の者たちも集まった。


司祭が祈る。


「神の御加護に感謝を」


皆が頭を下げた。


エルナも。


胸元の聖印を握る。


その横で。


レオンも一応。


頭を下げていた。


祈りが終わる。


最初の荷馬車が橋を渡る。


拍手が起こった。


二台目。


三台目。


その後ろには。


もう列ができている。


橋の向こう。


新しく作られた市場予定地では。


柱が立ち始めていた。


宿も。


倉庫も。


鍛冶場も。


そして。


新しいパン屋から。


焼きたての匂いがしている。


「すごいですね」


エルナが言った。


「ああ」


「神のおかげです」


「そうだな」


エルナが振り返った。


「否定しないんですね」


「橋が架かったなら何でもいい」


「レオン様らしいです」


「褒めてる?」


「半分くらい」


「残り半分は?」


「神のみぞ知る、です」


「便利だな、それ」


◇


その三日後。


王都の教会へ。


王宮から一通の書状が届いた。


内容は。


セラム村復興事業の。


精算について。


◇


「金を取るのですか?」


王宮。


以前と同じ部屋だった。


教会の上位聖職者たちが。


王の前に座っている。


その声には。


驚きが混じっていた。


「取る?」


王は首を傾げた。


「何の話じゃ」


「この書状です」


書類が机へ置かれる。


「セラム村復興事業に関する負担について」


「うむ」


「教会にも負担を求めると」


「求める?」


王はさらに首を傾げた。


「其方ら、最初から出しておったではないか」


「それは救貧のためです」


「うむ」


「食糧、薬、衣類、信徒による奉仕。それらは我々が自ら」


「立派じゃ」


「……ありがとうございます」


聖職者は一瞬。


調子を崩した。


「ですが、橋梁や街道までとなりますと」


「其方らが言い出したのであろう?」


沈黙。


「……何をでしょう」


「セラムを救いたい、と」


王は言った。


「最初に我のところへ来たのは其方らではなかったか?」


「それは」


「違ったか?」


「……いいえ」


「我は賛成した」


「はい」


「商人も賛成した」


「はい」


「村人も働いた」


「はい」


「皆で救った」


「……はい」


王は笑った。


「よい話ではないか」


誰も。


否定できない。


「今回の事業は」


王は机の上の書類を指で叩いた。


「言い出したのは其方らよ」


聖職者たちを見る。


「したがって、選択の自由に対し当然責任もある」


空気が。


少し変わった。


「無論」


王は続ける。


「賛同したのは我々も同様にな」


財務卿が。


ほんの少し。


王を見る。


「ゆえに」


王は書類を持ち上げた。


「半分ずつでよかろう」


沈黙。


「……半分?」


「うむ」


「国と、教会で?」


「そうじゃ」


聖職者の一人が身を乗り出した。


「お待ちください」


「待つぞ」


「そういう意味では」


「では続けよ」


聖職者が一度。


息を整えた。


「今回の復興は」


慎重に。


言葉を選ぶ。


「神の御加護あってのものです」


王が頷いた。


「うむ」


「我々教会は、ただその御心に従ったに過ぎません」


「うむ」


「多くの信徒も、神の御心により集まりました」


「うむ」


「村が救われたのも」


王が。


嬉しそうに笑った。


「神の御業か」


「その通りでございます」


聖職者の表情が。


少し緩んだ。


王は理解した。


そう思った。


「なるほど」


王は椅子へ深く座る。


「それは困ったのう」


「何がでしょう」


「我より働いておる」


「……はい?」


王は財務卿を見る。


「のう?」


財務卿の顔が。


ゆっくりと。


嫌なものを見る顔になった。


「陛下」


「なんじゃ」


「まさか」


王は聖職者へ向き直る。


「先日、我は暇なら働けと言われたのじゃ」


聖職者たちは。


何の話か分からない。


「橋でも架けて、少しは国庫を軽くしろとな」


財務卿が目を閉じた。


「その話は忘れてください」


「なぜじゃ」


「嫌な予感しかしません」


「変な奴じゃのう」


王は続けた。


「本来」


ゆっくり。


聖職者たちを見る。


「其方らの申す神は、我より遥かに強大な力を持つという」


誰も否定しない。


否定できない。


「全知全能」


王は指を一本立てる。


「慈悲深く」


二本。


「人々を救い」


三本。


「今回もセラムを救った」


四本。


「そうなのであろう?」


「……はい」


「ならば」


王はにこりと笑った。


「我より働き者ではないか」


誰も。


答えなかった。


「が」


王は書類へ視線を落とす。


「ここは我の顔も立ててもらわねば、立つ瀬がない」


「……と、申されますと」


「半分は持たせてもらおう」


聖職者が止まった。


「……持つ?」


「うむ」


「国が?」


「うむ」


王は当然のように言った。


「本来なら神の御業なのであろう?」


「それは」


「なら神に全てお任せしてもよいのかもしれぬが」


王は笑う。


「我も王じゃ」


胸へ手を置く。


「何もしておらぬと思われては困る」


財務卿が。


何か言いたそうな顔をした。


だが。


黙った。


「ゆえに」


王は書類を。


聖職者側へ滑らせる。


「我が半分」


指を離す。


「神が半分」


静まり返った。


やがて。


聖職者が言った。


「……神へ、請求なさるおつもりですか?」


王が目を丸くした。


「どうやって?」


「それはこちらが聞いているのです」


「我は神と契約しておらぬぞ」


王は笑った。


「其方らが神の代理人なのであろう?」


沈黙。


長い。


長い沈黙だった。


財務卿は。


下を向いていた。


肩が。


少し震えている。


笑っているのか。


怒っているのか。


誰にも分からない。


聖職者の一人が。


ようやく言った。


「陛下」


「なんじゃ?」


「我々は、神の財を預かっております」


「うむ」


「それは、神聖なる目的のために」


「うむ」


「民を救うために使われるものです」


王の顔が。


ぱっと明るくなった。


「ちょうどよいではないか!」


財務卿が顔を覆った。


聖職者が固まる。


王は本当に嬉しそうだった。


「セラムの民が救われた」


「……はい」


「目的通りではないか」


「それは」


「しかも」


王は指を折る。


「橋が残った」


一本。


「道も残った」


二本。


「井戸も良くなった」


三本。


「仕事も増えた」


四本。


「市場までできるそうじゃ」


手を開く。


「神も満足であろう」


誰も。


何も言えなかった。


◇


会談が終わった。


聖職者たちが退室する。


扉が閉まる。


静かになった。


王は。


机の上の果物を取った。


「話の分かる者たちでよかったのう」


財務卿が。


ゆっくり顔を上げた。


「陛下」


「なんじゃ」


「最初から」


宰相が。


財務卿の肩へ手を置いた。


「やめておけ」


「しかし」


「やめておけ」


財務卿は口を閉じた。


王は不思議そうに二人を見る。


「何じゃ?」


「いえ」


宰相が答える。


「何でもございません」


王は果物を齧った。


「そうか」


窓の外。


遠くで。


教会の鐘が鳴った。


王は耳を澄ませる。


そして。


満足そうに笑った。


「神の懐は深いのう」

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