神の御業
セラム村の教会に。
久しぶりに。
長い列ができていた。
エルナはそれを見て。
少しだけ悲しくなった。
「また、増えましたね」
隣にいた司祭へ言う。
「ああ」
炊き出しの列。
そう思った。
だが。
違った。
先頭の女が。
小さな袋を司祭へ渡した。
「少しですけど」
中には銅貨が入っていた。
「以前、母がお世話になりましたから」
司祭が困った顔をする。
「無理をする必要はありませんよ」
「大丈夫です」
女は笑った。
「私も働けるようになりましたから」
頭を下げ。
帰っていく。
次。
今度は老人だった。
籠を抱えている。
「これを」
「これは?」
「売ってくれ」
「教会で?」
「違う違う」
老人が笑う。
「売れた金を、教会に」
エルナは老人の顔を見る。
知っている。
足が悪く。
以前は教会から食事を受け取っていた男だ。
今は。
商人へ籠を卸している。
「自分で使ってください」
「使っておる」
老人は笑った。
「余った分じゃ」
その後ろには。
橋の工事で働いている男。
新しく店を始めた夫婦。
街道整備に雇われた若者。
少しずつ。
本当に少しずつ。
銅貨。
食糧。
布。
薪。
それぞれが持ってくる。
「……炊き出しではなかったんですね」
エルナが言った。
司祭は笑った。
「どうやらな」
列は。
助けを求めるためではなく。
助けられた人々が。
戻ってくるための列になっていた。
◇
「増えております」
王都から来た聖職者が言った。
机の上に。
報告書が置かれている。
「献金が?」
「はい」
「どれほど」
数字を聞く。
上位の聖職者たちが顔を見合わせた。
悪くない。
むしろ。
非常に良い。
セラム村だけではない。
周辺地域でも。
教会への献金が増えていた。
理由は明確だった。
セラム村の話が広まっている。
飢えた者へ食事を。
病人へ薬を。
孤児へ居場所を。
そして。
国や商人と共に。
橋を直し。
道を直し。
村を立て直した。
「信徒も?」
「増えております」
また。
顔を見合わせる。
今度は。
笑みがあった。
「神の慈悲が、人々へ届いたのでしょう」
「ええ」
「やはり」
一人が頷く。
「人は、神の御業を見れば分かるのです」
反対する者はいなかった。
実際。
教会は人を救った。
食糧を出した。
薬を出した。
人を出した。
金も出した。
誰にも否定できない。
そして。
その結果。
人々は教会を見るようになった。
「セラムへの支援は継続を」
「無論です」
「周辺の教会にも、同様の救済を勧めましょう」
「よいでしょう」
「神の慈悲を、より多くの民へ」
その言葉に。
皆が頷いた。
誰も。
困ってはいなかった。
◇
「困った」
レオンが言った。
「どうしたんです?」
エルナが聞いた。
「人が足りん」
「またですか?」
「まただ」
机の上には。
大量の紙。
東部の橋。
北部の井戸。
西部の街道。
診療所。
共同倉庫。
水路。
市場予定地。
セラムを見た商人たちが。
次々と動き始めていた。
「お前、あと二人くらいいないか?」
「私が?」
「そうだ」
「いません」
「増えろ」
「無茶を言わないでください」
「困ったな」
レオンは紙を見る。
「字が書けて、貧しい家の事情が分かって、病人と孤児の扱いを知ってる奴」
エルナは考えた。
「教会にはいますよ」
レオンが顔を上げる。
「どこに?」
「たくさん」
「紹介しろ」
「嫌です」
「なんでだ!」
「その顔が嫌です」
「どんな顔だ」
「安く人が手に入りそうだという顔です」
レオンは黙った。
「してましたね?」
「……給金は払う」
「最初からそう言ってください」
エルナはため息をついた。
「でも」
「なんだ」
「本当に、必要なのですか?」
「ああ」
レオンは紙を一枚取る。
「橋を作る奴はいる」
一枚。
「道を直す奴もいる」
一枚。
「金を出したい奴も増えた」
一枚。
「だが」
紙を置く。
「どこに何が必要なのか分からん」
エルナを見る。
「金だけ持って行っても、どうにもならん」
エルナは少し驚いた。
「商人なのに?」
「商人だからだ」
「お金で何でもできるのでは?」
「できるわけないだろ」
「レオン様が言うと意外ですね」
「お前、俺を何だと思ってる」
「商人です」
「合ってるけど腹が立つな」
エルナは笑った。
「教会へ相談してみます」
「頼む」
「ただし」
「なんだ」
「ちゃんとお給金を払ってください」
「分かってる」
「安く買おうとしないでください」
「それは約束できん」
「レオン様」
「商人だからな」
「そこは神に見られてますよ」
レオンは天井を見た。
「値切るところまで?」
「全知全能ですから」
「商売しづらい神だな」
◇
その日の夕方。
教会で。
エルナは司祭へ相談した。
「王都の教会にも、同じ仕事をしていた方がいると思うんです」
「いるだろうな」
「孤児院で働いている方や、施療院の方」
「ああ」
「その方たちを、商人の仕事へ紹介するのは」
言葉が止まる。
司祭は続きを待った。
「……よいのでしょうか」
「なぜ駄目なのだ?」
「教会の人が減ります」
「そうだな」
「困りませんか?」
「困る」
即答だった。
エルナが目を丸くした。
司祭は笑った。
「困るものは困る」
「では」
「だが」
司祭は教会の外を見る。
炊き出しの列は。
以前より短い。
代わりに。
献金を持ってくる者が増えた。
「我々は何のために人を集めている?」
「神に仕えるためです」
「では、神に仕えるとは?」
エルナは考える。
「人を助けること」
「少なくとも、我々はそう教えてきた」
「はい」
「商人のところで働けば、人を助けられないのか?」
「……助けられます」
「なら」
司祭は苦笑した。
「行くなとは、言いにくいな」
「困るのに?」
「困る」
また即答。
「司祭様、最近正直ですね」
「お前と商人に付き合っているとな」
少し間を置いて。
「綺麗なことばかり言っていられなくなる」
エルナは笑った。
◇
それから。
妙なことが起きた。
教会で救済に携わっていた者の一部が。
商人に雇われ始めた。
信仰を捨てたわけではない。
朝は祈る。
休日には教会へ行く。
献金もする。
ただ。
平日は。
商人から給金を受け取り。
別の村へ行く。
病人を調べ。
孤児を数え。
必要な食糧を計算し。
井戸の位置を確認し。
職人へ伝える。
「教会を辞めたの?」
そう聞かれれば。
皆。
困った顔をした。
「辞めてないよ」
実際。
辞めていない。
神に仕えることも。
やめていない。
ただ。
給金を払う者が。
教会ではなくなっただけだった。
◇
その頃。
王宮へ。
一通の報告が届いた。
「陛下」
宰相が言った。
「なんじゃ」
「セラム村について、教会側から正式な報告がございます」
「うむ」
「救済事業は順調」
「うむ」
「信徒が増えております」
「良いことではないか」
「献金も増加しております」
「結構」
宰相は少しだけ王を見る。
王はいつも通りだった。
「教会側は」
報告書を読む。
「今回の復興を、神の御加護によるものと」
王が顔を上げた。
「そうなのか?」
「……そう報告しております」
「なら、そうなのであろう」
「よろしいのですか?」
「何がじゃ」
「国も資金を出しております」
「出したのう」
「商人も」
「出しておる」
「職人も働いております」
「働き者じゃ」
「村人自身も」
「立派じゃな」
「それでも、神の御業と?」
王は不思議そうに首を傾げた。
「教会がそう申しておるのであろう?」
「はい」
「ならよいではないか」
宰相は黙った。
王は報告書を取る。
読む。
珍しく。
少しだけ長く読んだ。
「宰相」
「はい」
「これは皆、知っておるのか?」
「何をでしょう」
「神がセラムを救ったことじゃ」
宰相は少し考えた。
「周辺では噂になっているようですが、王国全体となれば、まだ」
「なぜじゃ」
「なぜ、と申されましても」
王は報告書を机へ置いた。
「良いことをしたのであろう?」
「……はい」
「なら褒めねばならぬ」
宰相が王を見る。
「教会を、ですか?」
「他に誰がおる」
「国も関わっておりますが」
「我は別によい」
「商人も」
「金を数えて喜んでおる」
「職人も」
「給金をもらっておる」
「村人も」
「自分の村じゃ」
王は当然のように言った。
「教会は神の慈悲を示したのであろう?」
「そう主張しております」
「なら」
王は笑った。
「皆に教えてやれ」
宰相の眉が。
ほんの少し動いた。
「どのように?」
「そのままでよかろう」
王は指を折る。
「教会が自らの財を投じ」
一本。
「飢えた者へ食事を与え」
二本。
「病人へ薬を与え」
三本。
「国や商人と共に村を救った」
四本。
「立派ではないか」
「……はい」
「我も感服した、と付けておけ」
宰相が止まった。
「陛下が?」
「うむ」
「教会へ?」
「何かおかしいか?」
「いえ」
おかしくはない。
むしろ。
教会にとっては。
これ以上ない話だった。
国王自身が。
教会の慈悲を称える。
それを。
王国中へ知らせる。
布教を禁じるどころか。
王が。
教会の功績を宣伝する。
「喜ぶでしょうな」
宰相が言った。
「よいことではないか」
「……はい」
王は満足そうに頷いた。
そして。
報告書を返した。
「神も喜ぶであろう」
宰相は受け取る。
数歩。
歩いたところで。
止まった。
振り返る。
「陛下」
「なんじゃ?」
「先日」
「うむ」
「神は働いているのか、と仰いましたな」
王は少し考えた。
「ああ」
「何か、関係が?」
王は。
本当に分からないという顔をした。
「何と?」
宰相は王を見る。
しばらく。
見ていた。
「……いえ」
「変な奴じゃのう」
王は果物を取った。
宰相は部屋を出る。
扉が閉まる。
王は。
一人になった。
果物を一口。
齧る。
そして。
誰に言うでもなく。
小さく呟いた。
「働き者の神じゃのう」




