暇な王
「暇じゃ」
王が言った。
誰も答えなかった。
「暇じゃのう」
二度目だった。
宰相は書類を読んでいる。
財務卿は帳簿を読んでいる。
内務卿は地方から届いた報告書を整理している。
王だけが。
窓の外を見ていた。
「なあ」
「聞こえております」
宰相が答えた。
「暇じゃ」
「でしたら、政務をなさってください」
「やっておる」
三人の手が止まった。
財務卿が顔を上げる。
「何をです?」
「政務じゃ」
「どこがです」
「セラムは良くなっておるのであろう?」
「陛下は何もしておりません」
王が振り返った。
「したぞ」
「何を」
「皆で助ければよいと言った」
「言っただけではありませんか!」
「王とはそういうものであろう?」
「便利ですね!」
王は満足そうに頷いた。
「うむ。王になってよかった」
「そういう意味ではありません!」
財務卿が帳簿を閉じた。
「セラム村については確かに改善しております」
「ほれ」
「ですが!」
帳簿を開き直す。
「国庫からも金が出ているのです!」
「知っておる」
「橋梁、街道、井戸、測量、資材、復興支援。教会からの支援があるとはいえ、こちらの負担も小さくありません」
「村が良くなっておるなら、よいではないか」
「その言葉を三か月前にも聞きました!」
「そうであったか?」
「人を買い始めたときです!」
「あれも必要であろう?」
「その結果がまだ出ていないと言っているのです!」
王は少し考えた。
「では、結果が出るまで待てばよい」
財務卿が額を押さえた。
「金は待ってくれません」
「せっかちじゃのう」
「金に言ってください!」
王は再び窓の外を見た。
「では、我にどうしろと」
財務卿は大きく息を吐いた。
「国庫が心配なければ、いくらでも暇を持て余していただいて結構です」
「心配なのか?」
「誰のせいだとお思いで?」
王は宰相を見る。
宰相は目を逸らした。
「宰相?」
「私を見るのはおやめください」
「では財務卿」
「私が聞いているのです!」
王は困った顔をした。
財務卿は半ばやけになって言った。
「それほどお暇なのでしたら、セラム村へでも行かれてはいかがです?」
「何をしに?」
「橋でも架けてください」
「我が?」
「はい」
「橋を?」
「はい」
「無理じゃろ」
「でしょうね!」
「では、なぜ言った」
「嫌味です!」
王は少し考えた。
「難しいのう」
「陛下と話すことがです!」
宰相が咳払いした。
「財務卿」
「……失礼しました」
「いや、だいたい合っている」
「宰相!」
王だけが楽しそうだった。
財務卿は疲れ切った顔で帳簿へ戻る。
「とにかく。暇を持て余しておられるなら、少しでも国庫を軽くする方法をお考えください」
王は頬杖をついた。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「のう」
嫌な予感がした。
宰相と財務卿が同時に顔を上げる。
「神は働いておるのか?」
沈黙。
財務卿が眉を寄せた。
「……はい?」
「神じゃ」
「なぜ突然、神の話になるのです」
「我が暇なら働けと言われたのでな」
「それと神に何の関係があるのです?」
王は首を傾げた。
「いや」
それだけ言って。
また窓の外を見た。
「働いておるのなら、よいのじゃ」
財務卿が宰相を見る。
宰相も財務卿を見る。
「……何なのです?」
「私に聞くな」
王はもう。
欠伸をしていた。
◇
セラム村では。
暇な者など、一人もいなかった。
仮橋を荷馬車が行き交っている。
壊れていた街道では石が敷かれ。
道端には木材が積まれ。
教会の井戸には、新しい汲み上げ台が取り付けられ始めていた。
そして。
村の入口に。
また一台、見慣れない荷馬車が止まった。
「ここか?」
荷台から降りた男が言った。
隣の男が紙を見る。
「セラム村で間違いない」
二人とも商人だった。
「思ったより人がいるな」
「少し前まで死にかけの村だったらしいぞ」
「これが?」
橋を見る。
荷車。
職人。
店を出そうとしている者。
働く村人。
そして。
その中心で怒鳴っている男。
「材木をそこに置くな! 荷車が通れん!」
レオンだった。
商人の一人が笑った。
「いたな」
「王都商業組合のレオン・バルツ」
二人は近づいた。
「レオン殿!」
呼ばれて。
レオンが振り返る。
顔を見る。
そして。
露骨に嫌そうな顔をした。
「なんでお前らがいる」
「随分な挨拶だな」
「王都から何しに来た」
「見物だ」
「帰れ」
「そう言うな」
男は周囲を見る。
「噂になってるぞ」
レオンの顔から。
少しだけ笑いが消えた。
「何が」
「ここだよ」
橋を指す。
「教会が救済して」
街道。
「国が金を出して」
商人たち。
「お前らが儲けてる」
「まだ儲けてない」
「まだ?」
男が笑った。
「ということは、これから儲かるのか?」
レオンは黙った。
商人の笑みが深くなった。
「なるほど」
「帰れ」
「嫌だね」
「何が欲しい」
「話を聞きたい」
「断る」
「なら勝手に見る」
「もっと嫌だ」
男たちは笑った。
◇
その日。
レオンの周りには。
いつの間にか五人の商人がいた。
「橋は国が出したのか?」
「全部じゃない」
「教会は?」
「出してる」
「お前らは?」
「出してる」
「それで税が軽くなる?」
「公益に使ったと認められた分はな」
「どこまで?」
「まだ決まってない」
「街道は?」
「入るだろう」
「井戸は?」
「たぶん」
「市場は?」
「入らん」
「倉庫は?」
「入らん」
「宿は?」
「自分で払え」
「けちだな」
「商売だからな」
紙に数字を書き始める。
レオンは嫌そうに見ていた。
「お前ら」
「なんだ?」
「何を企んでる」
「お前に言われたくない」
一人が地図を広げた。
セラム村ではない。
別の場所だった。
「ここを知ってるか?」
「知ってる」
「東の街道沿いだ」
「見れば分かる」
「去年、川が氾濫した」
「ああ」
「橋が一本落ちたままだ」
レオンの目が。
地図へ落ちる。
「迂回にどれくらいかかる」
「半日」
「通行量は?」
「そこそこ」
「周辺は?」
「麦。あと陶土」
「町は?」
「二つ」
質問が変わった。
商人たちは笑った。
「興味あるじゃないか」
「確認してるだけだ」
「何を?」
レオンは答えない。
別の男が言った。
「教会はある」
「規模は?」
「ここより大きい」
「救済活動は?」
「やってる」
「なら」
レオンが止まった。
商人たちが待つ。
「……いや」
「なんだよ」
「知らん」
「言えよ」
「自分で考えろ」
男たちは笑った。
一人が。
地図を見ながら呟いた。
「これ」
指が落ちた。
壊れた橋。
「セラムだけでやる必要、あるのか?」
誰も答えなかった。
だが。
全員が。
同じ場所を見ていた。
◇
「最近、知らない方が増えましたね」
エルナが言った。
「増えたな」
レオンは不機嫌だった。
「お知り合いですか?」
「知ってはいる」
「お友達?」
「違う」
「仲が悪い?」
「もっと悪い」
「では何です?」
「商売敵だ」
エルナは納得した。
「ああ」
「なんだ、その顔は」
「いえ。皆さん似ているなと」
「どこがだ」
「ずっと数字を書いています」
「商人だからな」
「それから、橋を見ています」
「そうだな」
「街道も」
「うん」
「教会にも来ました」
レオンの手が止まった。
「何しに?」
「この村では、どんな支援をしているのか聞かれました」
「何を話した」
「普通に答えましたけど」
「全部?」
「はい」
レオンが頭を抱えた。
「駄目でした?」
「いや」
「では」
「駄目じゃないから困る」
エルナには分からない。
「変ですね」
「何が」
「少し前まで」
エルナは外を見る。
商人たちが。
村人と話している。
「この村を助けたい人なんて、教会の方くらいしかいなかったのに」
「……」
「今は、皆さんこの村の話を聞きたがります」
レオンも外を見る。
「助けたいわけじゃない」
「またそれですか」
「本当だ」
「では、なぜ?」
レオンは答えなかった。
エルナが首を傾げる。
「レオン様?」
「儲かるかもしれないからだ」
「やっぱり」
「なんだ」
「少し安心しました」
「何がだ」
「レオン様たちが急に善人になったのかと思って」
「喧嘩売ってるのか?」
エルナは笑った。
◇
数日後。
王都商業組合へ。
一通の申請書が届いた。
東部の橋梁復旧事業。
提出者は。
セラムへ見物に来ていた商人たちだった。
その翌日。
もう一通。
北部の共同井戸整備。
さらに。
西部の街道補修。
小さな診療所への出資。
市場予定地までの道路整備。
どれも。
慈善事業ではなかった。
商人たちは。
きちんと儲けるつもりだった。
新しい道。
新しい市場。
新しい客。
新しい商品。
そのために。
橋を架け。
井戸を掘り。
道を直す。
そして。
同じ紙の最後に。
同じような一文が書かれていた。
公益事業としての税制上の取り扱いについて、確認を求む。
レオンは。
積み上がった申請書を見た。
「……早すぎるだろ」
隣でエルナが一枚取る。
「こちらも村を助けるのですか?」
「結果としてはな」
「良いことですね」
「お前は簡単に言うな」
「だって」
エルナは申請書を戻した。
「助かるのでしょう?」
レオンは。
どこかで聞いたような言葉だと思った。
「……誰に似たんだ、お前」
「はい?」
「なんでもない」
窓の外。
セラムの仮橋を。
また一台。
荷馬車が渡っていく。
その荷馬車は。
荷物を届けに来たのではなかった。
橋の作り方を。
見に来たのだった。




