↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚王と呼ばれておりますが、だいたい予定通りです  作者: 綾城式部
第二章 神を恐れぬ愚王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/36

金勘定の救済

セラム村に商人たちがやってきて、十日が過ぎた。


橋はまだない。


正確には、半分だけある。


「駄目だ」


レオン・バルツは腕を組んだ。


川の両岸から伸びた橋は、中央で見事に途切れている。


「何がです?」


隣にいたエルナが聞いた。


「高い」


「橋が?」


「橋は低い」


「では何が?」


「値段だ」


レオンは紙を睨んだ。


木材。


石材。


鉄具。


職人の賃金。


荷馬車。


馬の飼料。


護衛。


そして、村人への日当。


数字が縦に並んでいる。


「高い」


もう一度言った。


「だが削れん」


「木を減らせば?」


「橋が落ちる」


「石を減らせば?」


「橋が落ちる」


「人を減らせば?」


「工期が延びる」


「では……」


「だから困ってるんだ」


エルナは少し考えた。


「神に祈りましょうか?」


レオンが顔を上げた。


「橋を安くしてくれるのか?」


「それは分かりません」


「なら後にしてくれ」


「罰が当たりますよ」


「そのとき考える」


エルナは呆れた。


この男は、本当に神を恐れない。


いや。


王都には、もっと恐れない男がいるらしい。


「そもそも」


レオンは帳簿を閉じた。


「王が何を考えてるのか分からん」


「免税にしてくださるのでしょう?」


「そこだ」


レオンはエルナを指した。


「なぜだ?」


「なぜ、と言われましても」


「俺は商人だぞ」


「知っています」


「金儲けをする」


「存じています」


「税金も嫌いだ」


「それは初めて聞きました」


「好きな商人がいたら連れてこい。病気だ」


エルナは笑いそうになった。


レオンは笑わない。


「そんな連中に『人助けをしたら税を軽くしてやる』だぞ」


「よいことでは?」


「良すぎる」


「……良すぎる?」


「ああ」


レオンは川を見る。


「良すぎる話は、まず疑え」


それは商人として長く生きてきた男の習慣だった。


誰かが儲かる話を持ってきたなら。


最初に考えるべきことは、


なぜ自分に教えるのか。


である。


「教会を怒らせてまで、俺たちを入れる理由が分からん」


「陛下は、皆で救えば早いと」


「それで納得できるのは、お前くらいだ」


「私もまだ納得していません」


「そうなのか?」


「はい」


エルナは半分だけできた橋を見た。


「でも」


川辺では村の男たちが働いていた。


昨日まで教会で粥を受け取っていた男もいる。


その隣では王都から来た石工が怒鳴っている。


さらにその隣では、十二歳の少年が職人へ水を運んでいた。


もちろん。


少年にも、少ないながら賃金が出ている。


「少なくとも、前より皆さん笑っています」


レオンは答えなかった。


ただ。


紙へ一つ、数字を書き足した。


◇


その日の午後。


レオンは村の空き家を借りて、商人と職人たちを集めていた。


机の上には地図。


帳簿。


酒。


そして、喧嘩。


「だから赤字だと言ってる!」


材木商が机を叩いた。


「王都からここまで木材を運ぶだけでいくらかかると思ってる!」


「街道が直れば下がる」


レオンが言う。


「直すまでの話をしてるんだ!」


「だから先に橋を通す」


「橋を通すために木が要る!」


「分かってる!」


石工組合の男が割って入る。


「そもそも木橋にする必要があるのか? 石で組めば長く持つ」


「完成する頃には村人が全員死んでるぞ」


「なら仮橋を木で、本橋を石にする」


「二重に金がかかるだろ!」


「うるせえ! お前ら材木屋はすぐ腐る物を売って儲けやがって!」


「石屋は橋一本に一年かけるだろうが!」


「表へ出ろ!」


「ここが表みたいな村だろ!」


レオンが机を叩いた。


「喧嘩するなら賃金から引くぞ!」


静かになった。


金は強い。


「まず」


レオンは地図を指した。


「王都からここまで、今は南へ大きく迂回している」


指が道をなぞる。


「橋が戻れば、二日が一日半になる」


一人が鼻で笑った。


「半日だろ」


「荷車百台なら?」


笑いが消えた。


「一台につき、御者一人。護衛。馬。飯。宿」


レオンは指を動かす。


「年に何台通る?」


「今はほとんど」


「今の話はしてない」


村を指す。


「ここから西には三つ村がある。北には二つ。全部この街道を使える」


誰かが地図へ身を乗り出した。


「……西の村は羊毛があるな」


「北は?」


「鉄鉱山が小さいが一つ」


「王都へ運んでないのか?」


「別の街道を使ってる。遠い」


「こっちが通れば?」


沈黙。


今度の沈黙は、悪くなかった。


商人が数字を考えるときの沈黙だ。


「市場を作る」


レオンが言った。


「どこに?」


「ここだ」


セラム村。


「こんな貧乏村に?」


「だから土地が安い」


誰かが笑った。


「倉庫も置ける」


「宿場も要るな」


「鍛冶場はあるぞ。潰れかけだが」


「直せば使える」


「馬屋は?」


「作れ」


声が増えていく。


さっきまで橋の費用を押し付け合っていた男たちが。


今度は橋の向こう側を見始めていた。


レオンは黙って聞いていた。


やがて。


材木商が言った。


「待て」


全員を見る。


「税は?」


静かになった。


王が言った。


公益に使った分について、税を優遇する。


詳細はこれから決める。


そこが問題だった。


「どこまで認められる?」


「知らん」


「街道は?」


「おそらく」


「橋は?」


「当然だろう」


「倉庫は?」


「それは商売だ」


「だよな」


「宿は?」


「商売だ」


「市場は?」


「微妙だな」


石工が腕を組んだ。


「なら橋と街道を直して、税を軽くしてもらう」


材木商が続ける。


「通行が戻れば俺たちの輸送費も下がる」


「市場ができれば?」


「商売になる」


「村人に賃金を払えば?」


「そいつらが客になる」


誰かが笑った。


「なんだ」


「何がだ」


「儲かるかもしれんぞ」


誰も笑わなくなった。


それぞれが紙を引き寄せた。


数字を書き始める。


レオンはその様子を見ながら。


小さく舌打ちした。


「気に入らんな」


「何がだ?」


「王だよ」


皆が顔を上げる。


レオンは地図を見た。


「これくらい、最初から分かってたんじゃないだろうな」


誰も答えなかった。


◇


夕暮れ。


エルナは教会の裏で洗濯物を干していた。


「エルナ」


司祭に呼ばれた。


「はい」


「少しよいか」


教会の中。


机の上に、帳簿が置かれていた。


エルナは珍しいと思った。


司祭が金の帳簿を彼女に見せることは、ほとんどない。


「どうしたのです?」


「王都から連絡が来た」


教会はセラム村の救済に、さらに資金を投じる。


食糧。


薬。


衣服。


孤児の保護。


そして復興事業の一部。


エルナは笑顔になった。


「よかった」


「そうだな」


司祭も笑った。


だが。


少しだけ疲れていた。


「これなら冬を越せます」


「ああ」


「神に感謝しないと」


「ああ」


司祭は帳簿を閉じた。


「だが、不思議なものだ」


「何がです?」


「今まで我々は、食べ物を配っていた」


「はい」


「薬も配った」


「はい」


「それでも、この村は少しずつ貧しくなった」


エルナは黙る。


司祭は外を見た。


日が落ちる。


だが村には、まだ人の声がある。


仕事を終えた男たち。


賃金を受け取る列。


パンを焼く匂い。


久しぶりに開いた酒場。


「十日だ」


司祭が言った。


「たった十日で、村に金が回り始めた」


エルナも窓の外を見る。


「商人たちのおかげでしょうか」


司祭は少し考えた。


「分からん」


そして笑った。


「神の御業かもしれん」


エルナも笑った。


「レオン様が聞いたら怒りますよ」


「なら本人には言うな」


二人で笑った。


そのとき。


教会の扉が勢いよく開いた。


「エルナ!」


噂をすれば。


レオンだった。


「はい?」


「字は書けるな?」


「書けますけど」


「計算は?」


「多少なら」


「孤児の名前と年齢は全部分かるか?」


「もちろんです」


「病人も?」


「だいたいは」


「村の家族構成は?」


「ほとんど」


レオンが笑った。


エルナは嫌な予感がした。


「……何でしょう」


「明日から来い」


「どこへ?」


「俺のところだ」


「なぜです?」


「人が足りん」


エルナは目を瞬いた。


「私は教会の人間です」


「知ってる」


「神に仕える身です」


「それも聞いた」


「でしたら」


レオンは紙を一枚差し出した。


「だから欲しい」


エルナは受け取らなかった。


「どういう意味です?」


「俺たちは橋は直せる」


レオンは言った。


「だが、誰が病人で、誰が孤児で、どこの家に飯が足りてないかなんて知らん」


「……」


「お前は知ってる」


「それは」


「教会で三年やってるんだろ?」


エルナは頷いた。


「なら俺たちより詳しい」


あまりにも当たり前のように言われた。


エルナは困って司祭を見る。


司祭も困っていた。


「ですが」


エルナは胸元の聖印を握った。


「私は、人々を助けるためにここにおります」


「だから頼んでるんだ」


「商売のためではありません」


「俺は商売のためだ」


レオンは即答した。


「お前は神のためにやれ」


エルナが止まった。


レオンは続ける。


「別に同じ理由でやる必要はないだろ」


しばらく。


誰も話さなかった。


レオンは紙を机に置いた。


「給金はこれだ」


エルナが数字を見る。


「……え?」


もう一度見る。


「こんなに?」


「読み書きできて、村の事情が分かって、病人と孤児の扱いに慣れてる奴を王都から連れてきたら、もっとかかる」


「ですが私は、お金のためにしているわけでは」


「知ってる」


「では、これは」


「働いた分だ」


レオンは首を傾げた。


「神に仕える奴は、飯を食わないのか?」


「食べます」


「服は?」


「着ます」


「家族は?」


「おります」


「なら持ってけ」


エルナは紙を見つめた。


何かがおかしい。


そう思った。


神に仕える。


人を救う。


そのために金を受け取る。


今まで。


それらは同じ場所にはなかった。


少なくとも、エルナの中では。


「……司祭様」


助けを求めるように振り返った。


司祭はしばらく黙っていた。


やがて。


「エルナ」


「はい」


「その仕事で、人は救われるのか?」


エルナはレオンを見る。


「……はい」


「神に背くのか?」


「いいえ」


「なら」


司祭は少し寂しそうに。


それでも笑った。


「私には、止める理由が見つからんな」


エルナは胸元の聖印を握った。


そして。


机の上の紙を取った。


◇


同じ頃。


王都。


「陛下」


宰相が一枚の書類を持っていた。


「なんじゃ?」


「セラム村から報告が届いております」


王は果物を食べていた。


「橋の仮復旧が始まりました。街道の整備も予定より早いとのことです」


「そうか」


「村人の雇用も増えております」


「結構」


「商人たちは、復興後の市場開設まで検討しているようです」


「欲深いのう」


王は果物をもう一つ取った。


宰相は書類から目を上げる。


「陛下」


「なんじゃ」


「これを見越して、レオン・バルツを?」


王は果物を齧った。


「知らぬ」


「……」


「我は村を救えと言っただけじゃ」


「商人を呼んだのは陛下です」


「そうじゃな」


「公益への税の優遇を言い出したのも」


「そうじゃったか?」


宰相の眉が動いた。


「教会は人を救いたい。商人は利益を得たい。村人には仕事が必要だった」


「うむ」


「それが今、同時に動き始めております」


「良かったではないか」


「ですから、それを最初から……」


宰相は何か言おうとして。


やめた。


王の顔を見る。


王は相変わらず、呑気に果物を食べていた。


やがて、その視線に気づく。


「なんじゃ?」


「……いえ」


王は首を傾げた。


そして笑った。


「良いことがあった」


果物を一つ、宰相へ差し出す。


「それ以外に、必要なことがあるか? のう」


宰相は答えなかった。


ただ。


差し出された果物を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。