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朝は皆、国歌のでかいサウンドで起きる。それが目覚ましなもんだから、だんだん国歌が嫌いになってくる。
水場は朝にはすっごく混む。早起きは得するけど、朝食を食べてから行った方が得なんて言うやつもいる。
朝食はたいてい美味いけど、野菜ばかりだから男だらけのこの宿舎ではあまり受けが良くない。寝ぼけた目をこすりながら朝食を食べていると、同じ部屋のやつらがいつものようにくだらない話を始めるのだった。
「312号室の李ってやついるじゃん?ほら、痩せた眼鏡の。」「あー、あいつ。」「あいつ、密告されて懲罰房行きだって。」「密告?」「「禁止された本を読んでたらしい。」
それを聞いて、ああ、ね。と納得した。
この国はどうやら不都合なことを抱えているらしく、情報統制や言論統制が(表向きにはないが)行われている。ほかの国から見たら奇妙に思われるらしいが、人の集まりなんてそんなもんだろう。人口が多ければ多いほど人々の願望は複雑化し、国なんてなおさら完璧にうまくいくはずがない。
みんなそれを飲み込んで生きているんだ。それを妥協する力がないと、人との集まりの中では爪弾きにされてしまう。
俺たちが早くに親元を離れ、宿舎に入れられるのもそうだ。義務教育の一環だということにはなっているが、実際はより深まで子供をコントロールするため。
だから俺たちは、両親と過ごした記憶もほとんどなければ、顔すら覚えてないなんてやつもいる。
そんな感じだから、親の中には「絶対に自分で育てたい」なんていう人も少なくない。でも行政は許してくれない。実際俺も自分の両親のことなんて覚えていない。
そんなことに気づいても、口に出してはいけない。監視カメラが張り巡らされているし、密告のリスクが高いから。
密告した生徒には謝礼が出る。謝礼目当てで虚偽の密告をする奴もいるくらいだ。
歪なこの華という国は、不安定な関係性で俺たちを支配している。
「ねえ、搾菜。食べないならちょうだい。」友達の一人が、俺の皿から搾菜を取って、口へ放り込んだ。俺は抵抗すらしなかった。
決まってこういうことがある日は、気分が悪い。
心の中がざわついて、世界が均一に見えてくる。
李は、宿舎に戻ってこられるだろうか。
別に仲が良かったわけでもないし話したことがあるわけでもないのに、無駄に心が揺さぶられているのだ。
朝食の時間がやたらと長く感じて、言葉を話すのさえ億劫になってしまうようだった。
その日は、中等部最後の授業だった。
来週からは各々の進路へ向かう。とはいっても、ほぼ全員は入隊の道だ。
この華という国は、不明瞭な不都合のほかにとある疫病が蔓延していた。
二年ほど前から国民の悩みの種となっている「赤いゾンビ」の原因になっているウイルス「R-009」通称、「赤いゾンビウイルス」。このウイルスに感染すると血管が異常に膨張し、全身が腫れたように真っ赤になる。体温が急上昇し、感覚は鋭敏になるが判断力が大幅に低下する。つまりは感染した者は身体が真っ赤なゾンビの状態になるのだ。
ここから正気を取り戻して生存できた人はほとんどいない。
今はワクチンが開発されて完全に予防できるようになったが、二年前はまるで地獄だった。
往来に赤いゾンビが蔓延していた。老若男女が所構わず人に襲い掛かり、善悪の判断はまるでない。
それを見て大声をあげて泣く人や、呆然と立ち尽くす人。
きっと親しい人がゾンビになってしまった人。
生徒の中にも赤いゾンビになって死んだ奴がいる。
国全体が不安定になって、まともな葬儀ができなかった。それが今でも、悔やまれることだ。
赤いゾンビウイルスに対抗する組織として設置されたのが「疫防隊」だ。ワクチンや治療薬の開発、国民への健康調査、そして―――――。
赤いゾンビを、討伐すること。
赤いゾンビウイルスは、感染者の体液や粘膜接触等で感染する。赤いゾンビは血管が異常膨張しているので、体内で血管が破裂することが多い。
すると感染した血液をふとしたはずみで吐き出すようになり、そこから感染がさらに広がっていく。
そうなったら、もう、感染者を殺すしかないのだ。
もちろん感染したあとでも完治できるようになるのが理想なのだが、現在治療薬の開発は滞っている。
あまりに残酷な方法だ。つい最近まで笑っていたような人を、殺さなければならなくなるなんて。
ではどうしてそんな疫防隊にみんな入りたがるのか?とどのつまり、楽だからだ。
実は疫防隊の勤務期間は6年と決められている。疫防隊に入っていたという経歴は公務員や企業などでプラスの評価を受けやすい。それに赤いゾンビの討伐を担当するのは入隊試験でうんと高い点数を取れた人だけだ。今でも正式な討伐部の人はわずか二人しかおらず、それに元軍人(軍隊は既に解散しているので)が加わって討伐しているという状況だ。それ以外に健康対策部という部署があり、この部署に入る人のほうが多い。健康対策部はワクチンの国民接種を支援したり、治療薬の開発に携わる人もいる。赤いゾンビが大量に出たときに避難誘導をするのもここの部署の人たちだ。
入隊しない一部の人たちは学者や芸術家などの専門職や、アイドルなんかを目指す人たちだ。この人たちは場合によっては入隊試験なんかよりずっと難しい試験を受ける場合さえある。
だからみんな、入隊を選ぶのだ。国の組織だから給料も保証されるし。
今でも思い出す。昨日まで笑っていた友達が真っ赤になって襲い掛かってきたとき。
恐怖と悲しみで心がいっぱいになって、俺は逃げるしかできなかった。
そいつが死んだとき、俺は人づてにしか知ることができなかった。あいつと最後に会った記憶が、おぞましいゾンビの姿だったことが悲しくてたまらなかった。
俺はもう一人にもそんな思いをさせたくない。治療薬を作って、このウイルスを根絶したい。
中等部最後の授業は思ったよりあっけなく終わった。
それはほぼみんなが入隊するってわかってるというのもあって、あまり寂しいという感覚もなければ、中等部最後という実感もなかった。
専門職志望のやつらとパーティーをして、その日は終わった。
次の日には、入隊試験の結果が貼り出されていた。ざわざわと人が結果の前に群がって、俺はよく見えなかった。
「今年は討伐部が5人も出たらしいぞ。」
そんな声が聞こえた。
討伐部の基準は頭脳試験と体力試験ともに9割以上。そんなの取れたやつが今年五人も……!?
そう思いながら人の波を掻き分け、結果を見ると俺の名前は、
討伐部の位置にあった。




