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動揺した気持ちのまま、入隊式に臨むことになった。どうしよう?逃げてしまおうか?
俺は……人を殺める運命になるのか……?
自分の手が震えていることに気づいた。
周りが真っ白く見えてくる。吐きたくなって、立ち眩みそうになる。
目の前は人だ。軍隊みたいに並んで、みんな同じ顔つきをしている。
人形みたいだ。
その空気に押しつぶされそうになって、俺は逃げ出した。
後ろから声が聞こえたような気がした。でも、足は止まらない。とにかく大会場からいなくなりたくてしかたなかった。
そもそもおかしいんだ。俺は、自己採点した時だって頭脳試験は7割くらいだったし、体力もてんでないし討伐部に選ばれる要素なんて思いつかない。
どうして俺が討伐部になんか……。
気づいたら宿舎の渡り廊下まで走っていた。息を整える。目の前が、やっと見える。
でもまだ、手は震えたままだった。
「サボってんの?」
凛とした、自信にあふれた声が聞こえた。教官が自分を追ってきたのかと思って、渋々振り向くと、同い年くらいの少女がいた。
――――とんでもない美貌だ。今まで見た女優やアイドルを含めても、こんな美人見たことない。
特に瞳が、俺の中の弱さを見透かしているようでひるんでしまいそうだった。視線をそらさない。まっすぐ俺を見つめて、俺を突き刺す。
「今入隊式の時間でしょ?出なくていいの?」「……君こそ、出るべきじゃないのか?」
「ちょっとした調べ物をしてるの。」「何の?」
そう聞くと、彼女の眼が少し泳いだ。
「言わない。」
その声がやたらと重く聞こえた。覚悟を決めていた表情だった。
「ていうか、何でサボってるの?」
いちいち見つめてくるのが怖い。鷹に狙われているみたいだ。
「……討伐部に、選ばれたんだ。試験が良かった手ごたえもないし、討伐部でうまくやれる自信もない。人を殺すってことじゃないか。そんなの俺には、できない……。」
討伐部になるってことは、この手に武器を握るってことだ。前線でかつては人だったゾンビを屠り、誰かを泣かせてしまうかもしれないということだ。
もちろん必要なことだって分かってる。誰かがやらないと駄目なことだって分かってる。
ただ俺には全うできない。
「なんだ、あんたも討伐部なんだ。」
きっぱりと彼女は吐き捨てた。「もって、君もなのか?」「ええ。大華第四区出身の依依よ。よろしく。」
大華はこの国の首都で、計画都市だ。四地区に分かれていて、第一区は首脳官邸、省庁や裁判所、銀行などの公的な機関が集中している。俺たちの宿舎があるのもここだ。
第二区は民間企業や私立大学、事務所などが集中している、いわゆるビル街だ。娯楽施設やショッピングモールも多くて、観光客も多い。
第三区は飲食店や市場、風俗店(表向きは飲食店)が多い。俺らなんかは第三区に行くのを厳重規制される。俺らみたいな年齢の子供は向こうからすると売り物になるからだ。一応法改正でほとんどの風俗店が規制されたが、全部潰すなんて無理なことだ。むしろその状況を逆手にとって違法なビジネスに手を染める輩のほうが多かったりする。
第四区はもっと悪い場所だ。貧困層や彼らを客層にしている悪いビジネスを働く輩などが住んでいる。そもそも大華の奥の方にあり、地下には格安の風俗や大麻栽培の店があるなんて噂もある。まあ俺はよく知らないが「とにかくヤバイ場所」だ。
こんな美人が第四区出身?信じられない。そもそも第四区の子供なんて、戸籍を持たず存在しない子供として第四区で一生を終える子供の方が多いはずだ。でもこの宿舎にいるってことは、彼女の親が戸籍登録をして、義務教育を受けさせてあげたっていうことになる。第四区には子供を捨てる親だっているのに。
「第四区からって………………すごいな。」
うまい言葉がかけられなくて、浅いことしか言えない。それをも彼女は見透かしているだろう。
「いいわ、気を使ってくれなくても。考えてることなんてわかってるもの。第四区にいた時の記憶なんてほとんどないし。」「……ごめん。」「何で謝るの?あなたって自分に自信がないのね。」ツンと彼女は俺を睨みつけた。
「ゾンビたちが怖いの?」
「怖いよ。だって元々は人じゃないか。俺たちと同じように笑って、泣いて、願ったりした。そんな人たちをどうして殺さなきゃいけないんだ。」「生かしたってゾンビが増えるだけよ。討伐部は国民を守る必要な仕事よ。」
そんなの、わかってる。でもどうしても俺にはできると思えないんだ。
「だったらやめればいいじゃないの。感染するリスクだって高いし、嫌だったらやめられるはずよ。ただ、まあ……偉い大人たちが信頼してあなたを選んだり、そこの座を狙っていた人たちがいたりしたことをよく受け入れるべきだとは思うけどね。」
そう言う彼女の眼はやはり覚悟が決まっていた。何にも恐れない目線が、俺を貫く。彼女には、圧倒的な自信があるんだ。討伐部に自分がふさわしいっていう自信があるし、能力もきっと十分なんだろう。そして、感染して死ぬ覚悟だってもうあるんだろう。本当に同い年なんだろうか。彼女の自信に、恐縮せざるを得ない。
彼女の言ってることはもっともだ。きっと教官が俺を選んだ理由があるし、討伐部になりたくて努力して、なれなかった人もきっといるだろう。俺が討伐部を辞退するなら、彼らを裏切ることになる。でも、俺には……。
「俺にその能力が十分にあるとも思えないんだ。頭脳試験で俺は7割しか取れてないんだ。体力試験もそれほど自信があるわけじゃない。むしろ苦手なほうだ。」「……妙ね。確かに討伐部の基準は満たしていない。なにか教官側に考えがあるのかしら?」
彼女も不思議そうに首をひねった。俺の討伐部入隊はやはりイレギュラーな例なんだろうか。
「じゃあますます、あなたを選んだ要因が気になるわ。間違いかもしれないし。とりあえず入って、間違いだったらそのまま健康対策部に流れればいいじゃない。」彼女は一つあくびをして、どうでもよさそうに俺を背に向けて歩き出した。俺はすかさずついて行って、彼女の背中を見つめた。
「なんでついてくるの?」「あ、いや……。なんとなく。」「そう。どうでもいいけど、最終的にはあなたが決めることよ。」
…………そうだ。本来、俺自身で決めるべきことだし俺自身でケリをつけるべきこと。
俺は…………。
「依依!」彼女が振り向く。「なに?」「名乗ってなかった、第二区出身の燗流。よろしく。」
「ええ。」
それだけ言って、彼女は去っていった。その姿があまりに美しくて、思わず追ってしまいたくなる。凛として自分の足で歩く彼女の姿は印象的で、しなやかな手足が女神のようだった。
そうして俺は、急いで大会場に戻った。




