プロローグ
鉄格子の向こうに、男が一人俯きながら座っていた。
抵抗の様子はなく、うなだれているだけだ。
ぼんやりとした明かりが点滅して点き、ほのかに男の顔を照らしている。しかし男の眼に光はなく、口をぱくぱくと何か言うように動かしているのみで、生気がまるで感じられない。
きっと正気の沙汰でない。近くにいた警備員がそう言うように眉をひそめた。その表情には、憐憫もかすかに含まれていた。なぜなら男が、数奇な運命に立たされてこの鉄格子の中にいる存在なのだから。
しばらくして、スーツ姿の女が鉄格子の前までやってきた。男とは違って凛とした表情を携え、目には正義を宿している。女がやってくるなり男は口をつぐみ、目を逸らした。そうしてより深くうなだれて、自分を守るように両手をぎゅっと組みなおした。
女は鉄格子を挟んで男の前に座った。睨みつけるように、しかし説き伏せるように男を見る。
おまえは、そうではなかった。
男は女が小声でそう言ったのを聞き逃さなかった。涙がこみあげてくるようだった。
そして女は今度ははっきりと口を開いて、
「おまえには、これから知ること全てを話してもらう。」
きっと、ずっと前からこうなることは決まっていたんだ。
男は震える唇を少しずつ動かして、ぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。しかし女に問いかけるようにではなかった。
まるで、空言のように。
記憶の中の誰かを想って語り掛けているようだった。




