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精霊王の愛し子は愛する王を奇跡の雨で祝福する  作者: 櫻井金貨
第2部 現世

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第9話 精霊王の愛し子(2)

「可愛い子でしたね。ピンク色の髪は珍しいから、彼女が大神官の養女だってすぐわかりましたよ」


「そうだな」


「あの子が精霊王の愛し子だったらいいな、って思ったんじゃないですか!? 精霊王の愛し子ということは、あなたの妃になるわけですからね」


「いや」


 即答したイアンに、側近のメシアスは不思議そうな顔を見せる。


「私は歴代の王の渇水対策を調べたんだ」


 イアンは暗い声で言う。


「ほとんどの王が、精霊頼みだった。祈るだけで何もしない。もっとも祈るのも神官任せだが」

「なるほど……?」


「もし私が精霊王だったら、そんな怠惰な人間の国など見捨てる。怒りでおかしくなるだろう。私は精霊頼みで何の策もない、愚かな王にはなりたくない」


「……陛下は相変わらず厳しいですね……。それでは、陛下のご結婚問題は、どうなさるのです? 陛下が独身だから、有力な貴族家の令嬢達は結婚を先延ばしにするし、外国の王家は王女の釣書を山のように送ってくるし。陛下は、お顔だけはいいですからねえ……早く精霊王の愛し子を見つけて結婚した方が、周囲も静かになるのでは?」


「私は結婚には興味がない」


 メシアスは冗談のように言ったが、イアンはあっさりと本音で返してきた。


「……何代か前の王、フロリアン王の時だったな。死んでいたんだよ」

「え?」


 イアンはまっすぐにメシアスを見る。


「あの時代も、精霊王の愛し子が生まれていた。名前は、オフィーリア。ピンク色の髪をした、きれいな少女だったらしい。しかし、彼女は死んだ。セイル川でな。突然、川が増水して、彼女は流されたと」


「まさか」


 メシアスは絶句した。

 つい数分前に、同じようにピンク色の髪をした、神官見習いの少女と会ったばかりだ。

 とても他人事とは思えない。


「翌日には、増水は収まり、川は枯れた」


 イアンは言った。


「ついでに言えば、そのフロリアン王は愚王だ。かなりの美男で——亡くなった母上などは私がそのフロリアン王に似た容姿をしていると喜んでいたが。結婚すれば父王が援助してくれるという隣国の王女の言葉を信じて結婚したものの、結局王女にも捨てられて、歴史上でも最悪の水飢饉を招いている」


 メシアスは困ったように視線を泳がせた。


 それはすべて事実である。

 なんともフォローがしようがないほど、イアンが言ったことは史実に違いなかった。


 メシアスが返答に困っているのを見て、イアンは苦笑すると話題を変えた。


「本当に、精霊王はいると思うか?」

「それはもちろん——我が国の人間なら、精霊王を信じている人がほとんどでしょう?」


「……私は、精霊頼みにしたくない」


 イアンは淡々と言った。


「どうして、精霊王の愛し子なのに、川で死ぬんだ。しかも、愛し子なのに雨も降らせることができないと、オフィーリアは責められて、精霊神殿で軽んじられていたらしい。それでも、彼女は毎日川へ行って、祈っていたのだと」


 イアンの声は暗かった。


「……まだ成人もしていない、少女だったのだぞ? そんなことのために、死んだのか? それなら、精霊王の愛し子など、私はいらない。妃もいらない。自分は何もせず、運命を精霊に委ねて国を滅ぼすような王には、なりたくないのだ」


 イアンは無言で近くにあった大きな岩に登った。

 岩の上に立つと、川床に細く流れる川に向かってひざまづき、ひとりで静かに祈っているピンク色の髪の少女の姿が見えた。


 それはまるで伝説の精霊王の愛し子、オフィーリアのようで——。


 次の瞬間、イアンは叫んだ。


「メシアス!! おい、あれを見ろ」

「どうかなさったのですか?」

「いいから、早くこの岩の上に登れ」


 イアンは急いでメシアスを岩の上に引っ張り上げた。


「あれを見ろ」


 メシアスは指された方角を眺める。


「あれは、フィオリーナさんですね。いったい、何が——あ!!」


 メシアスは絶句して、無言でフィオリーナを見つめた。


 目を閉じて熱心に祈っているフィオリーナ。

 その背後には、細かな霧雨が降っていた。


 時間にして、わずか五分ほどだろう。

 フィオリーナが目を開けると、霧雨も止んだ。


 フィオリーナは驚いたように周囲を見渡している。


 霧雨の止んだフィオリーナの頭上に、小さな虹がかかっている。

 そして川岸に続く野原では、スミレの花がいっせいに満開になっていたのだった。


「精霊王の——愛し子、か」


 イアンは呆然としてつぶやいた。


「たしかに、愛し子は雨を降らせることができるのか。ただ、もっとしっかりとした雨でなければ、川の増水にはつながらない——」


「イアン様」


「メシアス、私には、この渇水が、何かのメッセージのように思えるのだ。代々の王が読み解こうとして読み解けなかった、精霊王の想い。そんな気がするんだ。精霊王は、いったい何を伝えようとしているのか——」


 イアンの目はスミレが満開となった野原を嬉しそうに歩いていく、フィオリーナの姿を追っていた。


「水源を失ったら、人間はその土地を後にするしかない。しかし、我々はどうして今まで生き延びてこれたのか。途絶えそうで、細々と続く水の流れ。そこに精霊王が伝えたいことがあるような、そんな気がする」


 フローランド王国の若き国王イアンは、メシアスとともにかつては雄大だったセイル川を前に長い間立ち尽くしていた。


 まもなく、神殿の大神官アンドレイによる、精霊王の愛し子選びが、始まる。


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