表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊王の愛し子は愛する王を奇跡の雨で祝福する  作者: 櫻井金貨
第2部 現世

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/19

第10話 精霊王の愛し子(3)

「フィオリーナ、遅かったね。大丈夫だったかい?」


 フィオリーナが川での祈りを終えて家に帰ると、すでに帰宅していた養父が、心配げにやって来た。


「大神官様」


 思わず条件反射でフィオリーナが深く頭を下げると、アンドレイの眉が下がった。


「家では、私はおまえのお父様だよ。お父様、と呼んでくれないだろうか?」

「は、はい。申し訳ありません……つい、習慣で。……お父様。遅くなり申し訳ありません」


「時間は構わないけれど、女性の一人歩きは心配だろう。誰か一人、侍女でも付けた方が」

「いいえ。町を歩いてセイル川に行くだけですので、一人で大丈夫です」


 フィオリーナがあわててそう言った時だった。


「フィオリーナ、何をぼさっとしているの。早く来て、わたくしの部屋を掃除なさい」


 フィオリーナの背後から、いらいらとした口調で声をかけてきたのは、栗色の髪をきれいに巻いた、緑色の目をした少女だった。


「ロキシー。以前にも説明したね? フィオリーナはおまえの召使いではない」


 アンドレイにそう言われても、栗色の髪の少女はひるまなかった。


「そう? でも、わたくしの『妹』なのでしょう? わたくし達は二人とも、お父様の養女ですからね。妹が姉の手助けをして、どこがいけないの?」


「それが妹に言う口調なのか。姉妹だと言いつつ、おまえはまるで召使いにでも話すように、フィオリーナに命令しているではないか」


「あら。この子は平民の孤児だったのでしょう? わたくしは養女になったとはいえ、侯爵家の令嬢。『姉妹』とはいえ、身分の差は明らかではありませんか。同等にはできませんわ」


 アンドレイは深いため息をついた。


「では、フィオリーナは神殿の宿舎で暮らさせる。おまえがこの調子では、安心して家に置いておけない」


「好きになさいませ」


 ロキシーは意に介す様子もなかった。


「それより、お父様? いよいよ精霊王の愛し子を選ぶと聞きましたが、本当なのでしょうか?」


 ロキシーは目を輝かせて、アンドレイの腕にかじりついた。


「どうやって、選びますの? ねえ、お父様、わたくしね、きっとわたくしが選ばれると確信しておりますのよ。だからこそ、わたくしを養女になさったのでしょう? わたくし、知っておりますわ! 精霊王様が予言を託されたこと。精霊王の愛し子を妃に迎えると、国は栄えると。つまりは、わたくしこそが——イアン陛下の妃にふさわしいのです!」


 国王の名を聞いて、フィオリーナは肩を揺らせた。


(国王陛下はとても容姿の整った、美しい方だった)

(でもそれ以上に、自らセイル川の調査に歩き回るお姿は、とても勤勉な努力家であるように見え、好ましいものだった)


(あの方が、ロキシーお姉様と、結婚……?)


「あ」


 フィオリーナは思わず、胸を押さえた。


 なぜ、こんなに胸が痛むのだろう?


(おかしなことだわ。国王陛下がどなたと結婚しても、なぜわたくしが気にする必要があるの……?)


「お父様、お姉様、失礼いたします。着替えをしてまいります」


 フィオリーナは急いでそう言うと、足早にその場を去った。


***



 神殿の神官達から、いよいよ『精霊王の愛し子選び』が行われるらしいと聞いたロキシーはその夜、夢を見た。


『立太子の儀式をなさった時、わたくしは本当に息を呑んだの。ああ、この方だって、思ったのよ?』


 そう言い放ったのは、美しい少女だった。


 完璧に巻かれた栗色の髪に、まるで宝石のように輝く緑色の瞳。


 真っ赤なシルクのドレス。

 真っ赤なバラの花。

 エメラルドのネックレスと、揃いのイヤリング。


 最高級の茶葉。

 高価で希少な香料。


 彼女の身の回りにあるものも、高価なものばかりだった。


『まあ、ロクサーヌ様』

『かしこまりました、ロクサーヌ様』

『大変お美しいですわ、ロクサーヌ様』


 夢の中で、欲しいものはすべて手に入れることができたその女は、ロクサーヌと呼ばれていた。


 いつも完璧に身支度を整えられていたロクサーヌは、従順で働き者の侍女達に囲まれ、いつも浴びるほどの賛美をその身に受けていた。


(この女は、誰? わたくしと同じ顔、同じ瞳、同じ髪をしているわ)


 侯爵家の令嬢に生まれついたロキシーが見ても、ロクサーヌは贅沢で甘やかされた女だった。


(……同じ顔をしてはいるけれど、少し腹が立つわね。わたくしは大神官アンドレイ様の養女になったから、そんなに贅沢をすることはできなくなってしまったもの……)


 次にロクサーヌが欲しがったのは、美しい隣国の王太子、フロリアンだった。


(ロクサーヌは王女だったの。なるほどね)


 ロキシーは夢の中で、ロクサーヌが夢中になった王太子を見つめた。


 彼は輝くような金髪に、群青色の瞳をしていた。

 顔だちも整っているが、何より品があり、王太子らしい華がある。


(この方は、イアン陛下にそっくりだわ)


 ロキシーは驚いた。


 やがて、フロリアンがロクサーヌの手を取った時、ロキシーは満足げに口角を上げた。


 しかし。


 ロキシーは次の場面を見て、くちびるを噛み締めることになる。


 ロクサーヌは、フロリアンとセイル川の河岸にいた。

 干上がったセイン川の川床に倒れているピンク色の髪の少女に、ロキシーは見覚えがあったのだ。


『オフィーリア、このままどこかへ行っておしまい。フロリアン様の妃にふさわしいのは、このわたくしなの』


 ロクサーヌの不機嫌な声に、ロキシーはざわりと震えた。


(このピンク色の髪の少女を知っている)


(なんてこと、なんてこと、なんてことなの!?)


 どう見ても、その少女はフィオリーナとそっくりだったのだ。



 その時、ロキシーは目覚めた。



 精霊神殿にほど近い、一軒の家。

 孤児を引き取って育てている大神官アンドレイは、神殿の宿舎ではなく、別に家を借りているのだ。


 ロキシーもフィオリーナやその他の子ども達と一緒に、その家で暮らしていた。


 質素なベッドの上で目覚めたロキシーは悟った。

 あの王太子フロリアンは、国王であるイアン陛下にそっくりだと。


「ロキシーお嬢様、どうかなさいましたか? お顔の色がすぐれませんが……」


 ロキシーははっとして顔を上げた。

 目の前では、父が侯爵家から付けてくれた侍女のハンナが、心配そうな顔をしてロキシーを見つめている。


「ハンナ、お父様は、正しかったのよ。ようやくわかったわ」


 ロキシーは息を弾ませて言った。


「えっ?」


「お父様は正しかったの。お父様——アンドレイ様ではないわ。侯爵家の父よ。お父様は言ったの。わたくしこそが精霊の愛し子なのだと。わたくしこそが、イアン陛下の妃になる存在なのだと。わたくし、だからといって侯爵家から出されて、アンドレイ様の養女にさせられて、正直お父様を恨んだわ。贅沢もできない、こんな質素な暮らしなんて——」


「ロキシーお嬢様——?」


 ハンナは困惑して視線を左右に泳がせる。

 なんと返したものか、迷っているのが明らかだった。


「でもね、わかったの。そうなのよ。そのとおりなの。わたくしこそ、イアン様の妃になるのよ。だって」


 ロキシーの呼吸は荒かった。

 額から汗が伝って、胸に落ちる。


「だって。わたくしこそが——」


 あわててロキシーの額に布を当てたハンナは、叫んだ。


「ロキシーお嬢様、大変、お熱がございます……!」


 ハンナはロキシーの体を支えて、ベッドに寝かしつけた。

 汗を布で拭い、飲み物を用意するために急いでロキシーの部屋を出て行く。


 そのために、ハンナは見なかったのだ。


 満足げに微笑む、ロキシーの顔を。


(ようやくわかったわ。わたくしがなぜ、ここにいるのか)


 ロキシーはうなずく。


(わたくしが、ロクサーヌだったの)

(今度こそ、フロリアン様の心をしっかりと掴むのよ)


 ロキシーは熱い体を反転させた。

 

「わたくしは、フィオリーナが精霊王の愛し子だなんて、認めないわ」



 ……フィオリーナなどに、邪魔はさせない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ