第7話 フロリアン王の死(2)
「オベロン様、どうぞわたくしもフローランド王国に生まれ変わらせてください」
フロリアンが生まれ変わる。
イアンとしての人生を始めても、国のことを忘れはしないのだ。
そのことが、オフィーリアの心を明るくしていた。
「わたくしも、今度こそ、フローランドの人々を助けたいのです」
オベロンはそっとオフィーリアの手をほどくと、横を向いた。
「オフィーリア、あなたはここでは幸せではないの?」
***
その日の夕暮れ。
オベロンは眠っているかのように目を閉じたオフィーリアを抱いて、川の流れの真ん中に立っていた。
「ああ、オフィーリア。あなたのピンク色の髪も、スミレ色の瞳も。そして何よりもあなたのこれ以上ないほど純粋な魂を心から愛しているのに」
オベロンはしょんぼりと気分が落ち込んでしまうのを、どうにもできないでいた。
『オフィーリア、あなたはここでは幸せではないの?』
オフィーリアは、オベロンのその問いに対して言ったのだ。
『わたくしはオベロン様のそばで過ごした日々以上に、幸せだったことはありません』
それでも、フローランドに戻るのか。
なんという敗北感。
オベロンは肩を落とした。
惹かれたのは、これ以上ないほどの輝きを放つ、オフィーリアの純粋な魂だった。
そんなオフィーリアが母国にもう一度生まれ変わりたいと願うのなら、どうして拒むことができるだろうか?
オベロンはらしくもなく悲しい感情を持て余しながらも、そっとオフィーリアの体を水面に浮かべる。
一瞬、オフィーリアの体は金色の光に包まれ、ゆっくりと川の流れに沿って運ばれていった。
精霊王の国を離れ。
再び、人間の国へ。
「あなたが心から望んだのなら、私は反対することなどできはしない」
オベロンはつぶやいた。
「だから、前回と同じ加護を授けるよ」
オベロンは遠ざかっていくオフィーリアに向かって、精霊王の加護を与えた。
「オフィーリア、精霊王に祝福されたあなたには、国を癒す力がある。しかし、その力のみを欲する者には、その力は与えられない。心優しいあなたをただ利用しようとする者は許せないからね」
『オフィーリアが心から大切にされた時、精霊王の愛し子としての力が開花する』
それが精霊王の加護だった。
オフィーリアが思うように力を発揮できず、雨を降らせることができなかったのは、この制約のためだった。
オベロンは不本意ながらも、愛しい子を地上へと返すことにした。
しかし、オフィーリアの力だけを欲する輩は、許さない。
オフィーリアを愛し、大切にする者だけが、オフィーリアの奇跡を受ける価値がある。
もし生まれ変わったフロリアンが、自分の、あるいは自国の利のみを考え、オフィーリアの能力を欲しいだけなら、オフィーリアの力は開花しないだろう。
フロリアンがオフィーリアを心から大切にして初めて、オフィーリアの力が開花して、国を救うことができるのだ。
「精霊には、誰も命令できぬ」
オベロンは誰にともなく言った。
「我らは本来、非常に利己的な存在。自分が嫌なものは、嫌なのだ。ふん、それのどこが悪い? 人間達に義理はない。むしろ、己の責任を果たさず、精霊に何でもしてもらおうと願う、都合のよい人間達になど、近づきたくもない」
もしふたたび、オフィーリアがフロリアンに捨てられたら、オフィーリアは精霊の国へ連れ戻し、彼女が何を言おうが二度と人間界へは戻さない。
そう考えると、オベロンはわくわくした。
わくわくしたついでに、あることを思いつき、さっそく実行することにした。
オフィーリアの姿はもう、川から消えている。
人間の世界に転生するのも、もうすぐだろう。
目指す場所は、フローランド王国の精霊神殿。
精霊王は久しぶりに神殿へ降りた。
驚愕する大神官に予言を伝える。
『国王が精霊王の愛し子を妃にすると国が栄える』
フロリアンはすでに転生して、予定どおりイアンと名付けられたようだ。
まだ幼いが、これで神官達は精霊王の愛し子を必死になって探すだろう。
ただ、注意することだな。
精霊王は悪い笑みを浮かべる。
さあ、オフィーリアを見つけたら、大切にするのだ。
オフィーリアをただ利用しようとするなら————。
花の咲く野原を渡って、オベロンはセイル川に出るところだった。
その時、花の精霊達が口々にオベロンに告げた。
「精霊王様、オフィーリア様が生まれ変わりました」
「あんな愛らしいお子は見たことがありませんわ」
「さっそく、信頼できるヒトにオフィーリア様を任せるよう、手配をしました」
オベロンははっとして、胸を押さえた。
(もう、生まれ変わったというのか)
オベロンは引き返して、生まれ変わったオフィーリアを一目見たい、という誘惑と戦った。
(……今はこのまま帰ろう。オフィーリアを信頼してやらねば)
オベロンは風に乗って、野原を一気に越えた。
セイル川に出ると、そこには驚くことに、細々とした水の流れが復活しているではないか。
(オフィーリア……大切に世話をされているのか?)
オベロンはセイル川から、ぽつぽつと夕暮れの明かりが灯り始めた、フローランド王国の町を眺めた。
この町のどこかに、大切なオフィーリアが生まれ変わっている。
『生まれ変わったら、今までの記憶は失うのだよ?』
そう言ってやっても、オフィーリアは揺るがなかった。
「オフィーリア、あなたの幸せをいつも祈っているよ」
オベロンはオフィーリアの幸運を祈って、人間の国を後にした。
☆☆☆ここまでお読みくださり、ありがとうございます!☆☆☆
第一部はこのエピソードで終了、次話より第二部となります。
オフィーリアとフロリアン、生まれ変わった後の二人の物語が始まります。
最後までお楽しみいただけましたら嬉しいです。




