第3話 わたくしが妃になりましょう
『あなたがあの娘を助けようとするなら、わたくしの母国からの援助はなしです』
ロクサーヌは彼女のために用意された、王宮の中でも最上級の客室で、満足げにくつろいでいた。
朝食の前に届けられたのは、ロクサーヌの国であるコリーナ王国から取り寄せた最高級の茶葉を使った、熱い紅茶だ。
「我ながら、あれはいい言葉だったわ。本当に効果的だったの」
フロリアン様と、そしてあの忌々しい精霊王の愛し子に、本当によく効いたこと。
「ロクサーヌ様、ご機嫌でございますね?」
ロクサーヌが母国から連れてきた侍女が、繊細な染め模様が施されたティーカップに紅茶を注ぐ。
「ふふ。もちろんよ。わたくしがわざわざこんな貧乏な国にまでやって来たのは、あのお美しいフロリアン様のためですもの。ごらんなさいな。あの輝くような金髪。謎めいた群青色の瞳! お顔だちもりりしくて、本当に品がある。近隣国に年頃の王子は数多くいるけれど、あれだけ見映えのする方は、いないわ」
ロクサーヌはきゅっと口角を上げた。
「立太子の儀式をなさった時、わたくしは本当に息を呑んだの。ああ、この方だって、思ったのよ?」
栗色の髪に、緑色の瞳。
はっきりとした顔だちの彼女は、何よりも、その意志の強さを感じさせる瞳が印象的な王女だった。
髪も完璧に巻き、美しい化粧を施したロクサーヌには、隙がいっさいない。
「——フロリアン王太子こそ、わたくしをこれ以上なく引き立ててくれる、って」
「まあ、ロクサーヌ様。そんな悪いお顔をなさって」
「ふふ」
ロクサーヌは上機嫌でティーカップを手に取った。
「お父様だって、いずれこの国が手に入るとあれば、反対はなさらないわ。領土を広げるいい機会でしょう?」
「もちろんでございますわ、ロクサーヌ様」
「それにしても、なぜ急に雨が降らなくなったのかしらね? 神殿の者達が言うように、本当にこの国から精霊王の加護が無くなったのかしら?」
あのピンク髪の娘。
ロクサーヌは思い出して眉をひそめた。
(精霊王の愛し子だなんて。そんなことあり得ないわ。あの娘が祈っても雨は降らなかったということだし、本当に精霊王の加護がある娘なら、あんなに簡単に死んだりはしないはず)
ロクサーヌはふと嫌な気分になって、ティーカップをテーブルに戻した。
それに、あの娘は自ら川の流れに身を投じたのだ。
たしかに、川に突き落としたのは自分だが、あれは枯れた川だ。
水に流される危険などなかった。
増水した時に岸に上がらなかったのは、あの娘の意志で、自分の責任ではまったくない——。
ロクサーヌはそう結論づけた。
勢いよく立ち上がると、ドレッサーの前に座った。
ロクサーヌは手入れのゆき届いた指先で、自分のつややかな髪を撫でる。
よく磨かれた鏡には、満足げな表情をした、ロクサーヌの姿が映っていた。
「今からすぐ支度をしてちょうだい。フロリアン様に会いに行くわ。ぐずぐずはしていられない。お父様にもお手紙を送らなければ。さっさと話を進めてしまいましょう」
「かしこまりました、ロクサーヌ様」
母国から連れてきた侍女達がいっせいに動き出した。
入浴の用意。
全身のマッサージ。
高価な香料が惜しげもなく使われる。
侍女達はいったんロクサーヌの化粧を落として、改めて入念な化粧を施した。
王女ご自慢の髪も、ていねいに巻き直す。
ロクサーヌの爪にマニキュアが塗られている時に二人の侍女がうやうやしくドレスを運び込んで来た。
「ロクサーヌ様、このドレスでいかがでしょうか?」
ロクサーヌは選ばれたドレスに目を向け、ゆっくりとうなずいた。
それはロクサーヌの特別にお気に入りの一枚だった。
高価なシルクタフタをたっぷりと使った。真っ赤なドレス。
「それでいいわ。でも、生花を飾りましょう。バラがいいわ。温室に行って、咲いたばかりの赤いバラを切ってもらってちょうだい。急いでね」
「かしこまりました、ロクサーヌ様」
ロクサーヌは宝石箱から、瞳の色と同じ、エメラルドのネックレスを取り出した。
侍女に差し出すと、侍女はていねいにロクサーヌの首にネックレスをかけ、留め金をかける。
「揃いのイヤリングも」
「かしこまりました」
同じくエメラルドのイヤリングも、ロクサーヌの耳に留められた。
「大変お美しいですわ、ロクサーヌ様」
侍女の言葉に、ロクサーヌは口角を上げて、微笑んだ。
「ロクサーヌ様、お花をいただいてまいりました!」
「すぐドレスに着けてちょうだい」
「かしこまりました」
ようやく支度の整ったロクサーヌは、急いでフロリアンに先ぶれを送った。
そして返事を待たずに、部屋を出る。
向かう先は、フロリアンの執務室だ。
平日のこの時間、フロリアンが王太子の執務室にいるのはわかっている。
目的はただひとつ。
『わたくしが、妃になりましょう』
そう、提案することである。
そして、それは決定事項でもあった。
生命線であるセイル川の水が枯れる不安を抱えたフローランド王国は、ロクサーヌの母国であるコリーナ王国の援助を断れるはずがないのだから。




