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精霊王の愛し子は愛する王を奇跡の雨で祝福する  作者: 櫻井金貨
第2部 現世

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14/19

第14話 わたくしこそが、精霊王の愛し子なのです(1)

「いってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて。それから、あの」


 そう口ごもると、フィオリーナは、おずおずと何か小さなものをイアンに差し出した。


「旅のご無事を祈って。これを……今年も無事に咲き始めましたわ」


 フィオリーナが差し出したのは、小さな、一輪のスミレだった。

 イアンは目を見開いた。


 大きな手のひらに載せると、スミレはますます小さく見えた。

 しかし、イアンがそっと胸のポケットに入れると、スミレの芳香がしっかりと感じられる。


「春の香りだね」


 イアンが言うと、フィオリーナは嬉しそうにうなずいた。


「ええ。スミレ達と一緒に、陛下のお帰りをお待ちしております」


 イアンは微笑んだ。

 

「スミレは、特別な花なんだ。ありがとう」


 イアンは出発した。

 側近のほか、学者達、護衛騎士を連れて、一行はセイル川の源流を目指すのだ。


「お寂しくなりますね、フィオリーナ様。大丈夫ですか?」


 ずっと立ち尽くしてイアンを見送っている姿に心配になったのか、マイロー夫人がフィオリーナに声をかける。


「ごめんなさい。大丈夫よ。陛下のお留守をしっかり守りましょう。それに、精霊王様への祈りを欠かすことはできないわ」


「さようでございますね。本日もセイル川へ?」

「ええ」


「護衛騎士を忘れずにお連れくださいね」

「陛下にも言われているわ。大丈夫よ」


 フィオリーナはマイロー夫人とともに、王宮の中へと戻って行った。

 

 しかし、そんなフィオリーナの姿をじっと見つめる人影があった——。


***



 イアンが水源調査に出かけた日は、春らしい、とても過ごしやすい日だった。


 雨がほとんど降らなくなってしまったフローランド王国だが、熱帯地方のように、外出をためらうほどの暑さはなく、うす曇りで穏やかな風が吹く、気持ちのよい日だった。


 フィオリーナはロザリー、エリカ、エレノアの三人の侍女と、イアンが付けてくれた二人の護衛騎士を連れ、馬車でセイル川に向かった。


 マイロー夫人が、さすがに徒歩を許可しなかったからである。


『陛下が馬車を用意してくださったのですよ?』


 そう言ったマイロー夫人の目には、圧があった。


「馬車に護衛騎士! 国王陛下はフィオリーナ様を大切になさっていて、わたし達もうれしいです!」


「「本当ですわ!」」


 三人娘達は、今日もにぎやかだ。

 その明るい様子に、心がなぐさめられるのを、フィオリーナは感じた。


(え? なぐさめられる……って? わたくし、寂しいと思っていたの? イ、イアン様が旅に出られたので?)


 フィオリーナはかあぁっと顔が赤くなるのに気づき、さりげなく窓の外へと視線を向けた。


「へ、陛下はどなたにもお優しいでしょう? 変なことを言ってはだめよ」


 フィオリーナがそう言うと、少女達はわっと笑う。


「フィオリーナ様ったら、それとこれとは別ですわ」

「わたし達にだって、それくらいはわかりますもの」

「「「ねっ!」」」


「ちょっと、あなた達ったら。からかわないで」


 フィオリーナはますます赤くなる顔を持て余して、外の景色へと視線を向ける。

 そんな様子を、侍女達はなんて可愛らしいお方、と喜んでいた。


(た、たしかに、精霊王様の予言があったからというだけで、わたくしが将来の妃に選ばれたのではないわ。陛下はお優しいから、わざわざわたくしの意志まで確認してくださった。陛下は大人で……ええと、三十歳に近いはずよね? おいくつでいらしたかしら)


 そこで、フィオリーナははたと思い至る。

 イアンの正確な年齢を知らなかったのだ。


(と、ともかく、わたくしよりずっと年上なのだから! それにとてもお美しいお顔だちをなさっているけれど、わたくしはけして陛下のお顔が好きだからお受けしたのではなくて、ええと?)


 フィオリーナはついに両手で顔をばっと覆ってしまった。


(支離滅裂だわ——。わたくし、わたくし、陛下は、真面目で、ご立派なお方で、とてもす、す、す、素敵な方だと)


 フィオリーナは胸がとくん、と鳴るのを感じた。


(そうだわ。陛下はとてもお優しくて、素敵な方だと——思っているわ)


 わたくしが妃でいいのかしら。そう思うほどに。

 なのに、あの晩は結婚の意志を確認してくれたイアンに、「喜んでお受けします」なんて、偉そうなことを言ってしまって!?


(……失態だわ……)


 赤かった顔が、急激に青くなる。

 フィオリーナは激しい後悔にがっくりと首を垂れた。


「? フィオリーナ様、川に着きましたよ」


 ロザリーがまだ動揺してうつむいているフィオリーナに声をかけた。


 まるで波に浮かぶ小舟のように、イアンと交わす言葉の一つひとつに、自分の気持ちがぐらぐらと揺れる。

 初めての経験に、フィオリーナは涙目になりつつも、ようやく顔を上げた。


「そ、そうね。さあ行きましょう」


 フィオリーナは意識して背筋をすっと伸ばすと、微笑んだ。

 馬車のドアが開き、護衛騎士がフィオリーナに手を差し出した——。


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