第13話 一緒に、この国を守る
フィオリーナが王宮に迎えられたその日の夜。
国王イアンとフィオリーナは、初めて夕食を共にした。
イアンが用意したのは、来客がない時に家族で使っていたという、小さなダイニングルームだった。
「もう両親はいないし、私はふだん、自分の部屋に食事を運ばせて食べてしまうのだけど。二人で食べるならここがいいのではと思ったのだ」
イアンはそう言って、フィオリーナを席までエスコートした。
小さなダイニングルームとはいえ、大きな長テーブルの両端に座れば、それでも二人きりの食事には広すぎるように感じられた。
テーブルの中央には、大きく立派な銀の燭台が置かれ、燭台の向こうに座るフィオリーナはなんだか小さく見えた。
落ち着かなげなフィオリーナの様子を目に留めると、イアンは突然立ち上がり、フィオリーナのそばにやって来た。
「私はここに座ろう」
フィオリーナと、テーブルの角をはさんだ席にさっと座った。
給仕の召使い達があわてて、イアンの席から食器を移し始めた。
「料理は一度に運んできてくれないか。フィオリーナも王宮に移ってきたばかりだ。長々と給仕していたら、疲れてしまう」
「かしこまりました、陛下」
給仕はうやうやしくお辞儀をして下がると、イアンの指示どおりにすべての料理を運び込み、そっと退出した。
ダイニングルームには、フィオリーナとイアンの二人だけだ。
「これで少しは落ち着いて話せる」
イアンが微笑んだ。
「お心遣い、感謝申し上げます」
フィオリーナはほっとしてお礼を言った。
そんなフィオリーナを、イアンは静かに見つめていた。
「あなたは、二年前と比べて、だいぶ大人っぽくなったね。あの時、精霊王の愛し子に選ばれて、妃となることが決まった。今さらではあるが、あなたはそれでいいのだろうか? もし、妃となることが本意でないなら、そう言ってくれて構わない」
フィオリーナは驚いてイアンを見つめた。
大きく見開かれたスミレ色の瞳には、戸惑いと、不安があった。
「すまない。逆にあなたを驚かせてしまったようだ」
イアンは困ったように眉を下げた。
「誤解しないでくれ。あなたと結婚するのが嫌だというわけではない。二年も待たせてしまって、誤解させたかもしれない。しかし……ただ——国のためにあなたを利用したくはないのだ。あなたが精霊王の愛し子だからといって、あなたが自分の幸せを犠牲にすることはない、と思っている」
「わたくしの……幸せ?」
フィオリーナが不思議そうに頭をかしげた。
「少し話していいだろうか? 退屈な話かもしれないが」
そう断って、イアンは話し始めた。
「私は、国の命運をただ精霊王の加護に、そして精霊王の愛し子の力に任せることは正しくない、と思っている。我らの国なのだ。加護に期待して何もしないのは、間違っている。ここ何年か、ずっと学者達と研究を続けてきた。実は来週に、セイル川の水源調査に出かける予定なのだ」
イアンは静かな声で、「うまくすれば、セイル川の問題を見つけ、新たな水源を見つけることもできるかもしれない」と続けた。
フィオリーナはじっとイアンを見つめた。
セイル川で初めて出会った時、イアンは二十代半ばだった。
あれから二年。
イアンは三十歳に近くなっているだろう。
父王の病死により若く即位したイアンは、すでに国王として十年近い経験を持っているはずだ。
自身の結婚問題は先送りにして、国のために働いてきた若き国王。
精霊神殿でも、町中でも、人々はイアン王に期待し、とても好意的だ。
それはフィオリーナも知っている。
そんな彼が真剣に取り組んできたならば、フィオリーナがまったく気がつかなかった問題を見つけているのでは——。
フィオリーナもまたイアンに期待して、じっと耳を傾けた。
「フィオリーナ、信じられないかもしれないが、たしかに、わが国は祝福されているのだ。その証拠が、セイル川だ。雨も降らず、水流も乏しいのに、我々の井戸にはまだ水がある」
フィオリーナは深呼吸をした。
「それでも——雨は必要なのでしょう?」
イアンはうなずいた。
「そうだ。だから、あなたには引き続き、祈ってほしい。しかし」
イアンは真剣な表情になった。
「雨が降らなくても、それはあなたのせいではない。すべては自然の恵み。どうして一人の人間を責められようか。たしかに、精霊王の予言では、精霊王の愛し子を妃に迎えると、国が栄えると言われた。しかし」
そこでイアンは少しためらって、言葉を継いだ。
「予言だからという理由だけで、あなたと結婚したくない。あなたが精霊王の加護を受けた存在であるなら、私はフローランド王国を守る責務を持つ人間だ。もし、二人が協力できるなら」
イアンは静かにフィオリーナを見つめた。
「一緒に、この国を守っていけるのではないか。フィオリーナ、あなたのことは、私が守る。こんな私であるが、あなたは私との結婚を望んでくれるだろうか?」
とくん、とフィオリーナの心臓が音を立てた。
精霊王の愛し子だから、予言があるから、結婚したいと言われるのかと思っていた。
あなたと恋に落ちたから——そんなロマンチックな理由でないことは、最初からわかりきっていたのだ。
(でも、ここまで率直にお心を打ち明けてくださるとは思わなかった。なんて誠実な方なのかしら)
フィオリーナは改めてイアンを見つめる。
イアンもフィオリーナを見た。
イアンの視線が揺らぐことはなかった。
(この方は、わたくしを一人の人間として見てくださっているのだわ)
フィオリーナの心が温かくなっていった。
二人で協力して、一緒に、この国を守る。
フィオリーナにとって、それはこれ以上なくまっすぐで、真実のある言葉に感じられた。
フィオリーナはうなずいた。
「はい、陛下」
まるで小さな花がゆっくりとほころぶように、フィオリーナの顔に満開の笑顔が広がった。
「喜んでお受けいたします」
その瞬間、イアンはフィオリーナの笑顔に、心臓が止まるような衝撃を受けた。
「あ……」
イアンの心臓がドキドキとおかしいほど鳴り始める。
しかしフィオリーナはそんなイアンには気づかずに、嬉しそうに言葉を続けた。
「結婚があなたのために、人々のために——そして国のためになるのなら」
こうしてイアンとフィオリーナは、二人だけで、改めて結婚の約束を交わした。




