表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/13

第6章:セシリアの秘密

 大の大人、それも一国の王様や皇帝陛下、さらには国一番の将軍閣下までが入り乱れて、部屋の中はもう完全なパニック状態だった。


「離しなさぁーい! この服、オーダーメイドなんだから破れたらどうしてくれるのよぉ!」

「ヴァルフレイド、落ち着くのだ! お前の気持ちも分からんでもないが、今は国家の命運がかかっとる!」

「父上、見苦しいですぞ! 私にしがみつくのをやめていただきたい!」


 王様に腕をがっちりホールドされながらも、ヴァルお姉様は地響きのような低音(男の声)と、ヒステリックな高音(オネエの声)を交互に炸裂させながらジタバタと暴れている。

 クリストフ皇子は真面目すぎるがゆえに、実の父親である皇帝陛下に羽交い締めにされて顔を真っ赤にしているし、セシリア様に至っては、ストレスが限界に達したのか「もう大嫌いですわーーー!」と叫びながら、ドレスの裾から完全に白くてモコモコした短い後ろ足をボフッと露出させて床を激しくダンダンと蹴りつけていた。


 けれど、自分の足が剥き出しになってしまったことに気づいた瞬間、セシリア様はそれ以上足を踏み鳴らすのをピタリとやめた。

 怒りで真っ赤だったお顔が一気に青ざめ、大きな青い瞳にみるみるうちに大粒の涙が溜まっていく。


「あ……、あ……」


 セシリア様は怯えたように自分のドレスの裾を強く強く掻き集め、必死に隠そうと縮こまってしまった。そのショックの受け方は尋常ではなく、見ているこちらの胸が痛くなるほどだった。

 それなのに、まわりの王様たちやお姉様は、未だに「離しなさいって言ってるでしょうよぉー!」「待て待て、落ち着けい!」と掴み合いの喧嘩を続けていて、セシリア様の様子に気づいていない。


(……もう、なんなのこの人たち。カオスすぎて、頭痛くなってきた……)


 なんだか一気に疲れがどっと押し寄せてきた。

 このままここにいても、不毛なぶつかり合いに巻き込まれるだけだ。私は深いため息をひとつ吐くと、すたすたと歩み出て、床にへたり込んで泣きそうなセシリア様の元へ近づき、その細い肩をそっと抱き寄せた。


「セシリア様。……よろしかったら、お部屋で美味しいお茶でも淹れ直しませんか?」


「え……? ゆ、結衣……?」


 セシリア様が涙目で私を見上げる。私は「行きましょう」と優しく促し、彼女の手を引いて立ち上がらせた。

 背後から「あら!? ちょっと結衣ちゃん、どこ行くのぉー!?」とお姉様の焦ったような声が聞こえた気がしたけれど、私はあえて振り返らず、完全に無視してセシリア様をお部屋から連れ出した。まずは、このなぜだかひどく傷ついて見える女の子を避難させるのが先決だ。


 案内されたセシリア様の私室は、お姫様らしくピンクと白で統一されたとても可愛らしいお部屋だった。

 部屋に入るなり、セシリア様はベッドに突っ伏して、枕に顔を埋めてしくしくと泣き始めてしまった。心配するメイドさんたちに下がってもらい、私はお部屋の可愛いティーセットを借りて、温かいハーブティーを淹れて彼女の枕元にそっと置いた。


「セシリア様、温かいお茶が入りましたよ。少し落ち着かれましたか?」


 私がベッドの端に腰掛けて声をかけると、セシリア様はゆっくりと顔を上げた。お人形のようなお顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていて、皇女の面影はどこへやら、本当に年相応の可憐な女の子だった。


「う、うぅ……っ。見られてしまいましたわ……。あんな、あんなに醜くて格好悪い姿を……っ。クリストフ殿下にも、きっと軽蔑されてしまいましたわ……!」


 セシリア様は再びドレスの裾をぎゅっと抱きしめ、消え入りそうな声で、ずっと胸に秘めていた秘密を打ち明けてくれた。


「わたくしは、普段はこうして人間の姿を保てますけれど、感情が高ぶったり、強いストレスを感じたりすると……どうしても、あの一番不格好な足の部分だけが、獣化してしまいますのよ……っ」


「セシリア様はなんの獣人なのですか?」


一角獣ユニコーンです。聖なる幻獣として崇められてはいますけれど……私は……」


(ユニコーン……!セシリア様も幻獣だったんだ……!)


 ユニコーンといえば、スラリとした白馬のイメージだったけれど、よく見たらさっきの足には小さなひづめがあった。それにユニコーンの脚って、実は意外とモコモコしているものなのかもしれない。


「クリストフ殿下は……ザクセンの皇族は、高貴な精霊の血を引いていらっしゃるのですわ。だからあの方は、どんなに怒っても感情が高ぶっても、あの神話の彫刻のようなお姿のまま、変わらないのです。……それなのに、わたくしは、興奮するとモフッとなってしまうのよ!? あんな完璧なお方の隣に、こんな不完全で醜い生き物が並べるわけがありませんわ……っ!」


 セシリア様はまた枕に顔を埋めておいおいと泣きじゃくった。その必死な涙の理由を聞いていて、私は、胸の奥がなんだか温かいもので満たされていくのを感じていた。

 ヴァルお姉様に甘えて結婚を迫っていた彼女。ザクセンの皇子なんて大嫌いだと突っぱねていた彼女。

 でも、その頑なな拒絶の理由は、嫌いだからではないのかもしれない。


 相手が、あまりにも眩しくて美しく感じてしまうから。

 本当の自分を知られたら、嫌われてしまうのが、怖くて怖くて仕方がなかったのだ。


(これって……。大嫌いどころか、本当は……)


「セシリア様」


 私はそっと彼女の背中を撫でながら、確信を込めて呟いた。


「セシリア様は、クリストフ皇子様のことが、本当はとてもお好きなんですね?」


 私の言葉に、セシリア様の身体がピクンと大きく跳ね上がった。


「な、なにを、おかしなことをおっしゃいますのっ!?」


 セシリア様はガバッと枕から顔を跳ね上げると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、これ以上ないほど激しく取り乱した。


「わたくしがあの、冷酷で、不愛想で、定型文の手紙しかよこさない氷の男を!? そんなわけありませんわ! あんな、彫刻みたいに無表情な方、お好きになる要素がどこにありますのっ!?」


 必死に捲し立てるセシリア様の頬は、夕焼けのように真っ赤に染まっている。あまりの分かりやすさに、私はなんだか微笑ましい気持ちになってしまった。


「そうですか? でもセシリア様。本当に嫌いなお相手なら、ご自身の容姿を『醜い』なんて気になさらないと思いますよ。どう思われてもいい相手なら、幻滅されたって痛くも痒くもないはずですから」


「それは……っ」


「本当の姿を知られて、軽蔑されるのが怖い。そう思ってしまうのは、クリストフ殿下に、誰よりも『綺麗な自分』だけを見ていてほしいからではありませんか?」


 私が優しく諭すように語りかけると、セシリア様はぐうの音も出なくなったように、ふたたび口を真一文字に結んだ。青い瞳が、大きな涙を溜めたまま泳いでいる。


「……だって、だって……」


 小さな、今にも消え入りそうな声だった。

 セシリア様は膝を抱え込み、その上に顎を乗せて、ぽつりぽつりと本音をこぼし始めた。


「本当のわたくしは、聖女でも何でもありませんのよ。怒れば足がモフッとなって踏み鳴らしてしまうし、あんな気高くて美しい精霊の血を引く殿下から見れば、ただの出来損ないの化け物に見えるに決まっていますわ。お見合いのお手紙だって……本当は、嬉しかったのです。幼い頃からあの方はとても誠実で優しかったから。でも、届くたびに、わたくしのこの足が、自分が不完全であることを突きつけられているようで、怖くて、怖くて……」


 そこまで言って、セシリア様はふたたび大きな涙をハラハラと零した。

 愛する人の前でだけは醜い姿を見せたくないという乙女心が、彼女をずっと苦しめていたのだ。


(すごく純粋で、可愛い女の子だなぁ……)


 高慢だなんて思って、本当に申し訳なかったと思う。

 このもつれてしまった糸を解いてあげられるのは、きっと、他でもないクリストフ皇子本人だけだ。


「セシリア様。そのお気持ち、ちゃんと殿下にお話しするべきです。きっと殿下なら――」


 私がそこまで言いかけた、その時だった。


 ドゴォォォーーン!!!


 セシリア様の部屋の、頑丈なはずの木製の扉が、もの凄い爆音と共に内側へ向かって粉々に吹き飛んだ。


「ひゃっ!?」

「きゃあっ!?」


 あまりの衝撃に私たちがベッドの上で抱き合って悲鳴を上げると、立ち込める木屑の煙の向こうから、一人の人影が凄まじいプレッシャーを伴って現れた。


「――結衣ちゃんんんんんっ!!! 無事!? 無事なのねぇーーーっ!?」


 現れたのは、息をこれでもかと荒らげたヴァルお姉様だった。

 お城の廊下を、文字通り全力疾走で追いかけてきたらしい。燃えるような赤髪はいつも以上に逆立ち、金色の瞳は爛々と輝いている。何より、その背後には、お姉様を止められなかった近衛兵さんたちが、白目を剥いて廊下に何人も倒れていた。


「ヴァ、ヴァル兄様……!? 扉を壊して入ってくるなんて、いくらなんでも横暴すぎますわっ!」


 セシリア様が涙を引っ込めて怒鳴るけれど、お姉様は彼女の言葉なんて一切耳に入っていない様子で、大股で私の方へと突進してきた。


「いやだわ結衣ちゃん! 私のことを無視して、こんな我が儘プリンセスの部屋に引きこもるなんて酷いわぁ! 私、お茶会の部屋に一人で取り残されて、本当に、本当に寂しくて死んじゃうかと思ったのよぉーっ!」


 そう叫びながら、お姉様はベッドに飛び込んでくる勢いで、ガシッと私の両肩を掴んだ。

 いつもの高いトーンのオネエ言葉。けれど、私を見つめるその金色の瞳の奥には、あのぞっとするほど熱い独占欲が、隠しきれずにギラギラと渦巻いていた。


 ここ数日、あんなに冷たかった「完璧な上司」の仮面は、跡形もなく粉々に砕け散っていた。


「ヴァ、ヴァルお姉様……あの、肩が、ちょっと痛いです……」


 私が小さく呟くと、お姉様はハッとしたように目を見開き、慌てて力を緩めた。けれど、私の肩から手を引き離そうとはせず、むしろこれ以上私をどこへも行かせないというように、今度は優しく、でも拒絶を許さない強さで引き寄せられる。


「ご、ごめんなさいねぇ……。でも、結衣ちゃんが急にあんな堅物皇子を庇うようなことを言って、そのあとセシリアと二人で出ていっちゃうから、私……私、本当にどうにかなりそうだったのよぉ!?」


 お姉様の声が微かに震えている。


「ちょっと、ヴァル兄様! 人の部屋の扉を壊しておいて、わたくしを無視して結衣にまとわりつかないでくださる!? 」


 ベッドの脇で、セシリア様が顔を真っ赤にしてフンクフンクと怒っている。ドレスの裾からは、まださっきのモコモコしたユニコーンの白い後ろ足がボフッと覗いたままだ。


 でも、そのセシリア様の怒声を聞いた瞬間、私の頭の中で、複雑に絡み合っていたすべての糸が一本に繋がった。


(……そうだ。ヴァルお姉様が、今こうしてここにいるなら……)


 一介の事務員である私には、隣国の皇子様に近づく権限なんてない。

 でも、この国で一番偉くて、今まさに私のために理性をなくしている軍神閣下が目の前にいるのなら――話は別だ。


 私は肩に乗せられたお姉様の大きな手に、自分の手をそっと重ねた。

 お姉様がビクリと身体を震わせ、じっと私を見つめてくる。その金色の瞳に、私は真っ直ぐに視線を返した。


「ヴァルお姉様。……私を信じて、少しだけ力を貸していただけませんか?」


「え……? 結衣ちゃん……?」


 突然の私の真剣なトーンに、お姉様は戸惑ったように声を漏らす。


「私、やっぱりセシリア様とクリストフ殿下のお茶会を、このまま終わりにしたくありません。お二人は、本当はちゃんとお話しすれば、きっと分かり合えると思うんです」


 私がそう言うと、お姉様は一瞬だけ、またあのクリストフ皇子への激しい嫉妬を瞳に宿しそうになった。けれど、私が重ねた手に少しだけギュッと力を込めると、お姉様は毒気を抜かれたように、素直に私の言葉に耳を傾けてくれた。


「だから……ヴァルお姉様。お願いです。クリストフ殿下を、もう一度ここへ連れてきてください。王様たちや皇帝陛下には秘密で、この部屋に、殿下お一人だけを」


「な、なんですって!? 結衣、あなた何を勝手なことを――」


 セシリア様の恋をなんとか取り持ってあげたい。そのためには、このユニコーンの秘密も、皇子の不器用な本音も、全部ぶつけ合える二人きりの場所が必要なのだ。


 お姉様は私とセシリア様を交互に見たあと、最後に私の目をじっと見つめた。そこにはもう、私を疑うような光はなかった。私が皇子に好意を持っているわけではないと、ようやく察してくれたみたいだ。


「……分かったわよぉ。結衣ちゃんがそこまで言うなら、あの堅物男の首根っこを掴んででも、ここに連れてきてあげるわぁ」


 お姉様はいつもの不敵な笑みを浮かべると、私の手を名残惜しそうに一度握りしめてから、立ち上がった。その背中は、どんな無理難題も一瞬で解決してしまう、最高に頼りになる私の大好きな「お姉様」の姿だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ