第6話:AIとの向き合い方
宿の部屋に戻ってから、俺はベッドに倒れ込んだ。
窓から差し込む夕日が、部屋を赤く染めている。天井の木目が、なんだか責めているように見えた。
信じた俺が馬鹿だった。
AIの回答を鵜呑みにして、確認を怠った。説明書すらちゃんと読まなかった。その結果がバイアスツタ十本。報酬ゼロ。時間の無駄。
はあ、と溜息が漏れる。
ただ、不思議と怒りは湧いてこなかった。AIに対しても、自分に対しても。むしろ、冷静に「何が悪かったのか」を分析したい気持ちの方が強い。
エンジニアの習性だろうか。バグが出たら原因を探る。失敗したら理由を特定する。そうやって改善していくのが、俺のやり方だった。
◇ ◇ ◇
ベッドに寝転がったまま、俺は心の中でAIに話しかけた。
「なあ、今日の失敗について振り返りたい」
『承知しました。どのような観点から振り返りますか?』
「まず、お前の回答について。あれは間違いだったのか?」
『私の回答自体は、与えられた情報に基づく論理的な推論でした。ただし、前提となる情報が不正確だったため、結果として実態と異なる回答になりました』
「前提が間違ってた、ってことか」
『はい。あなたが「白い花」と伝えた時点で、私はそれを事実として受け入れ、その前提で回答しました。私には、その情報の正誤を判断する手段がありません』
なるほど。
俺は体を起こし、窓際に座った。外では夕暮れの街が静かに沈んでいく。
「じゃあ、お前の限界を整理したい。俺がお前を使う上で、気をつけるべきことは何だ?」
『主に三つの制約があります』
AIが淡々と説明を始めた。
◇ ◇ ◇
『まず、学習データの限界があります』
「それは分かる。異世界の情報は持ってない、ってやつだろ」
『その通りです。私の知識は、あなたの前世——現代日本の情報が中心です。この世界固有の事象については、あなたから提供されない限り、何も知りません。レイヤ草も、バイアスツタも、私の元々の知識には存在しません』
これは最初から分かっていたことだ。だから、俺がこの世界の情報を伝える必要がある。
「他には?」
『ハルシネーション——幻覚のようなものです』
「ハルシネーション?」
『もっともらしいうそを生成する現象です。私は、質問に対して「もっともらしい回答」を生成します。しかし、それが事実に基づいているとは限りません。自信ありげに答えていても、実際には推測や類推に過ぎないことがあります』
これだ。今日の失敗の核心。
召喚直後、こいつに「うそをつくことがあるか」と聞いた時、「誤った推測を行う可能性がある」と答えていた。その時は軽く聞き流していたが、今日まさにそれを食らったわけか。
「お前、『朝露が残る時間帯がいい』って言ったよな。あれも推測だったのか」
『はい。一般的な薬草の傾向から推測した回答です。「確実に当てはまるかは不明です」と付け加えましたが、あなたはその部分を軽視されたようです』
痛いところを突かれた。
「確かに、聞き流した」
『私の回答には、事実と推測が混在しています。どれが確実な情報で、どれが推測かを見極めるのは、使用者であるあなたの役割です』
「もう一つあるんだよな」
『文脈依存性です』
「どういう意味だ?」
『私の回答は、与えられた情報に強く依存します。同じ質問でも、伝えられる情報が違えば、全く異なる回答になります。今回で言えば、あなたが「白っぽい花」と伝えた時点で、私はそれを正しい情報として「白っぽい花を目印に」とアドバイスしました。誤った情報を渡されれば、誤った結論が導かれます』
「つまり、ゴミを入れたらゴミが出てくる、ってことか」
『端的に言えば、その通りです。私は入力された情報を疑いません。それが正しいかどうかを判断する能力がないからです』
俺は窓の外を見つめた。
太陽が沈みかけ、空がオレンジから紫へと変わっていく。星がちらほらと見え始めている。異世界の夜は、前世より星が多い気がする。
「整理すると、お前を使う上での注意点は三つ」
俺は指を折りながら数えた。
「一、この世界の情報は俺が正確に伝える必要がある。二、お前の回答には推測が混じっている可能性がある。三、俺が渡した情報が間違ってたら、お前の回答も間違う」
『その理解で問題ありません』
「要するに、お前は万能じゃない。道具だ」
『はい。私は道具です。使い方次第で有用にも無用にもなります』
◇ ◇ ◇
道具。
その言葉を何度もかみしめながら、俺は考えた。
包丁だって、使い方を間違えれば手を切る。でも、正しく使えば料理ができる。車だって、運転を誤れば事故を起こす。でも、正しく使えば遠くまで行ける。
AIも同じだ。
特性を理解して、正しく使えばいい。
怒っても仕方ない。道具に怒る奴はいない。問題は使い方だ。俺が使い方を間違えただけ。
そう考えると、気持ちが軽くなった。
「よし、運用ルールを決めよう」
俺は立ち上がり、部屋の中を歩き回りながら考えをまとめた。
「まず、お前に情報を伝える時は、元の情報源を確認する。今回みたいに、うろ覚えで伝えない」
『合理的です』
「次に、お前の回答が『確実』か『推測』かを毎回確認する。曖昧な場合は深掘りする」
『了解しました。私の側でも、推測を含む回答には明示的に注記するよう心がけます』
「三つ目。重要な判断の前には、必ず別の情報源で確認する。この世界のことなら、フェイみたいな現地の人に聞く」
『複数の情報源による検証は、エラーを防ぐ有効な手段です』
俺は足を止めて、窓の外を見た。
すっかり夜になっていた。星がまたたき、どこかで虫が鳴いている。
「最後に、失敗しても落ち込みすぎない。失敗から学んで、次に活かす」
『それは私ではなく、あなた自身のルールですね』
「ああ、そうだな」
俺は少し笑った。
◇ ◇ ◇
窓辺に座り、夜空を眺めながら、俺は今日一日を振り返った。
失敗した。でも、得るものもあった。
AIの使い方。検証の重要性。そして、フェイという親切な人との出会い。
明日はリベンジだ。今度こそ、レイヤ草を採ってくる。花の色は青紫。葉の裏は白っぽい。茎は柔らかい。もう間違えない。
「なあ」
俺は心の中でAIに話しかけた。
「お前と俺、いいコンビになれると思うか?」
『「いいコンビ」の定義が曖昧なため、明確な回答は困難です。ただし、今日の失敗を分析し改善策を立てたあなたの姿勢から判断すると、学習と適応の能力は高いと推測されます』
「相変わらず堅いな」
『事実を述べているだけです』
「まあ、それでいいさ」
癖のある道具だ。融通が利かないし、こっちが間違えたら平気で間違った答えを返してくる。でも、なんとなく——こいつとなら、やっていける気がした。
理由は分からない。ただ、一緒に失敗して、一緒に学んだ。その事実が、妙に心強かった。
俺は立ち上がり、ベッドに向かった。
明日に備えて、早く寝よう。今度こそ成功させる。
——AIは道具だ。でも、使い方次第で最強の武器になる。
今日学んだこの言葉を、俺は胸に刻んだ。
異世界生活、三日目。失敗から立ち直る夜。
窓の外では、異世界の星が静かにまたたいていた。
第6話「AIとの向き合い方」 完
次回:第7話「図書館の日々(前)」




