第5話:初めての失敗
「依頼完了の報告に来た。レイヤ草、十本」
袋をカウンターに置くと、受付嬢が中身を確認し始めた。
その表情が、みるみる曇っていく。
「……あの、これ」
「ん?」
「レイヤ草ではありません」
俺の頭が真っ白になった。
「は?」
「葉の形は似ていますが、これはバイアスツタです。触ると手がしびれる、有毒の雑草ですね」
バイアスツタ。
毒。
「え、待ってくれ。説明書の特徴と一致してたんだが」
「確かに葉の形は似ています。でも、レイヤ草の花は白ではなく薄い青紫なんです。白い花が咲くのはバイアスツタの特徴です」
白い花。
俺が「間違いない」と確信した根拠。それが、まさに間違いの証だった。
「説明書には『淡い花』って書いてあったから、白っぽいと思って……」
「『淡い花』というのは薄い青紫のことですよ。レイヤ草の花は淡い青紫。白い花が咲くのはバイアスツタの特徴です」
——淡い、は白っぽいという意味じゃなかった。
血の気が引いていくのが分かった。
説明書をもう一度見る。『淡い花』。確かにそう書いてある。俺は「淡い」を「白っぽい」と勝手に解釈した。そしてAIに「白っぽい花」と伝えた。AIはその情報を信じて、「白っぽい花を目印に」とアドバイスを返した。
俺はそのアドバイス通りに白い花を探し、白い花が咲くバイアスツタを採取した。
「報酬は……お支払いできません。薬草が一本も採れていませんので」
「……ああ、そうだよな」
当然だ。
俺はカウンターを離れ、ギルドの隅にあるベンチに座り込んだ。
背中を壁にもたれかけ、天井を見上げる。木の梁が交差する天井は高く、何匹かの鳥が巣を作っているようだ。
頭が真っ白のまま、しばらくぼんやりとしていた。
周囲では、他の冒険者たちが談笑している。依頼を成功させて報酬を受け取っている者もいる。俺だけが失敗した。そんな気がして、居心地が悪かった。
◇ ◇ ◇
何がいけなかったのか。
俺は頭を抱えながら考えた。
「なあ」
心の中でAIに話しかける。
「お前、レイヤ草について何か推測で答えたか?」
『はい。お伝えいただいた情報を元に、一般的な薬草の傾向から推測して回答しました。ただし、レイヤ草固有の情報については、私は何も知りません。回答の際に「確実に当てはまるかは不明です」とお伝えしたはずです』
確かに、そう言っていた。
俺がそれを軽視しただけだ。
「俺が『白っぽい花』って伝えた時点で、お前はそれを正しい情報だと思ったわけか」
『はい。私はあなたからいただいた情報を前提として回答します。「白っぽい花を目印に」とアドバイスしたのは、あなたが「白っぽい花が咲く」と伝えたからです。その情報が正確かどうかを、私は判断できません』
ここが落とし穴だった。
俺が「白っぽい花」と伝えた。AIはそれを信じて「白っぽい花を目印に」とアドバイスした。俺はそのアドバイス通りに白い花を探した。そして、白い花が咲くバイアスツタを採取した。
完璧な因果関係。
俺が渡した誤情報が、そのまま誤った結果につながった。
◇ ◇ ◇
「つまり、お前の回答は『仮説』なんだな」
『そのように解釈していただいて差し支えありません。私の回答は、与えられた情報と既存の知識から導いた推論です。現実に適用する際は検証が必要です』
「検証、か」
前世でも同じことを言われた気がする。チャットAIの回答を鵜呑みにするな、必ず確認しろ、と。
分かっていたはずだ。
でも、異世界に来て浮かれていた。AIが使えるかもしれない、と期待が先走った。基本中の基本を忘れていた。
「次からは、お前の回答を仮説として扱う。実際に試すか、他の情報源で確認してから行動する」
『合理的なアプローチです。検証の方法としては、複数の情報源との照合、実地での小規模テスト、専門家への確認などが考えられます』
「専門家、か……」
ギルドの受付嬢。あの人に最初から詳しく聞いていれば、こんなミスはしなかった。
俺は立ち上がり、カウンターに向かった。
◇ ◇ ◇
「すまない、さっきの」
「あ、はい。どうされました?」
「レイヤ草のこと、もう少し詳しく教えてもらえないか。見分け方のコツとか」
受付嬢は少し驚いた顔をした。
「失敗して怒るかと思いました。すぐに学ぼうとするのは、いい姿勢ですね」
「怒っても薬草は増えないからな。それに、同じ失敗を二度する方が馬鹿だ」
「それもそうですね」
彼女は微笑んで、丁寧に説明してくれた。受付が混んでいない時間帯だったこともあり、時間をかけて教えてくれた。
レイヤ草とバイアスツタの見分け方。葉の裏側の色の違い、茎の硬さ、そして花の色。説明書には書かれていない、実践的な知識。
俺はそれを一つ一つ頭に刻み込んだ。そして、AIにもそのまま伝えた。
「レイヤ草は葉の裏が白っぽい。バイアスツタは黄緑。茎はレイヤ草の方が柔らかく、バイアスツタは硬い。花の色はレイヤ草が青紫、バイアスツタが白。これが正しい情報だ」
『情報を記録しました。次回以降の回答に反映します』
これでAIの知識も更新された。俺が正しい情報を渡せば、AIも正しい回答を返せるようになる。
「ありがとう、えっと……」
「フェイです。気軽に声をかけてください」
そう言って微笑むフェイの顔は、優しさに満ちていた。
「フェイさん。明日、もう一度挑戦してみる」
「頑張ってください。次は大丈夫ですよ」
励ますような笑顔。異世界に来てから、誰かにこんな風に気にかけてもらったのは初めてだった。受付嬢としての対応を超えた、本物の優しさを感じた。
◇ ◇ ◇
宿に戻る道すがら、俺は今日の失敗を反芻していた。
夕暮れの街は、行き交う人々で賑わっていた。仕事帰りの職人、買い物を終えた主婦、走り回る子供たち。みんな普通に生活している。俺だけが、右も左も分からない異世界人だ。
でも、だからこそ、学ばなければならない。
AIは便利だ。でも、万能じゃない。
俺が正しい情報を渡さないと、正しい答えは返ってこない。そして、AIの答えが正しいかどうかは、俺が確認しないといけない。
前世でも、似たようなことがあった。新しいライブラリを使う時、ドキュメントを読まずにサンプルコードをコピペして動かなかった経験。ログを読まずに「なんで動かないんだ」と嘆いた日々。
結局、基本は同じだ。
情報を正確に把握する。仮説を立てる。検証する。
道具は使い方次第。
当たり前のことを、俺は身をもって学んだ。
「明日は失敗しないぞ」
『私も最善を尽くします。ただし、私の回答には限界があることをご承知おきください』
「分かってる。だから、俺が確認する」
『よろしくお願いします』
相変わらず事務的な返事。でも、それでいい。
こいつは道具だ。使いこなすのは俺の仕事。そして今日、俺は使い方を一つ学んだ。
銀貨一枚は稼げなかったが、もっと大事なものを得た気がする。
——AIの回答は、仮説だ。検証しろ。
この教訓を胸に、俺は宿への道を急いだ。
第5話「初めての失敗」 完
次回:第6話「AIとの向き合い方」




