第7話:図書館の日々(前)
レイヤ草、十本。
今度こそ本物だ。
フェイが、袋の中身を一本一本確認していく。相変わらず丁寧な仕事ぶりだ。葉の裏側、茎の硬さ、そして根元の花の色。昨日教わった見分け方を、俺は採取の時に全部確認した。
「……はい、確かにレイヤ草です。依頼完了ですね」
フェイが微笑んで、銀貨を一枚差し出した。
「やった」
思わず声が出た。たかが薬草採取で、報酬は銀貨一枚。でも、俺にとっては大きな一歩だ。
「おめでとうございます。前回の失敗を活かしましたね」
「あんたのおかげだ。詳しく教えてもらえなかったら、また間違えてたかもしれない」
俺は心の中でAIにも報告した。
「成功したぞ」
『おめでとうございます。検証を行ったことで、正確な成果につながりました』
「お前の手柄じゃないけどな。今回はほとんど使わなかった」
『はい。私の回答は参考情報に過ぎません。最終的な判断と行動はあなたが行いました』
相変わらず淡々としている。でも、それが逆に心地いい。こいつは俺を褒めもしないし、責めもしない。ただ事実を述べるだけだ。
◇ ◇ ◇
宿代が銀貨一枚。食費や雑費で少なくとも銀貨二枚は欲しい。一日の生活費は銀貨三枚。
薬草採取の報酬は銀貨一枚。これだけでは毎日銀貨二枚の赤字だ。このペースでは、あっという間に貯金が底をつく。
だから、聞き込み調査や遺失物捜索といった、戦闘のない依頼も並行して受ける必要がある。報酬は銀貨二枚から五枚程度。これであれば何とか生活を維持できる。
ギルドの依頼板を眺めながら、俺は考えた。
薬草採取は報酬が安い。もう少し稼ぎたいなら、護衛や討伐の依頼を受けるべきだ。でも、俺には戦闘能力がない。剣も魔法も使えない。
「もう少し報酬の高い依頼はないのか?」
フェイに聞くと、彼女は申し訳なさそうな顔をした。
「鉄ランクで受けられる依頼は、どうしても限られますね。モンスター討伐や護衛は、最低でも銅ランク以上が推奨です」
「昇格の条件は?」
「依頼の達成回数と、ギルドからの評価です。あとは……戦闘スキルがあると優遇されます」
戦闘スキル。
俺が持っているのは「学習知能」。戦闘には直接役立たない。
「情報系スキルだと、昇格は難しいか?」
「難しくはありませんが、時間がかかるかもしれません。ただ、情報系スキル持ちの冒険者は、調査依頼や遺跡探索で重宝されることもありますよ」
調査、遺跡探索。
それなら俺の強みを活かせるかもしれない。でも、そのためにはこの世界の知識がもっと必要だ。
前に見かけた図書館に、行ってみるか。
◇ ◇ ◇
王立図書館。
学術区画の中心部にある、古びた石造りの建物。入館には身分証明が必要だったが、冒険者プレートを見せると通してもらえた。
「冒険者の方は、一階の一般閲覧室をご利用いただけます。二階以上は貴族および学者の方専用です」
受付の老人が、ぶっきらぼうに説明した。
一階だけでも十分広い。天井まで届く本棚が並び、古い紙とインクの匂いが漂っている。窓から差し込む光の中で、埃がきらきらと舞っていた。
「すごいな」
思わず呟いた。前世でも図書館は好きだったが、この規模は大学図書館以上だ。
俺は適当な本を手に取り、近くの机に座った。
木製の机は使い込まれていて、表面には無数の傷がついている。きっと、何百年もの間、多くの人がここで本を読んできたのだろう。
『アテンシア王国史概説』
厚さ三センチほどの、古びた革表紙の本。ページをめくると、黄ばんだ紙から古い紙の匂いがした。
この国の名前がアテンシア王国だということを、俺は今日初めて知った。恥ずかしながら、今まで聞く機会がなかった。異世界に来て数日、基本的な情報すら持っていなかったのだ。
◇ ◇ ◇
本を読み進めていると、隣の席に誰かが座った。ちらりと見ると、赤い髪の若い女性だ。年齢は二十歳前後だろうか。魔法使いのローブを纏い、分厚い魔術書を開いている。
彼女も俺に気づいたらしく、こちらを見て軽く会釈した。
「冒険者の方ですか? 図書館で見かけるのは珍しいですね」
「ああ、ちょっと勉強中でな」
「勉強熱心なんですね。私はエイダ。魔法学院の見習いで、冒険者もやってます」
「冒険者なのか?」
「ええ、鉄ランクですけど。学費を稼ぐために簡単な依頼を受けてるんです」
「深谷マナブ。……最近、冒険者になったばかりだ。俺も鉄ランクだ」
エイダは興味深そうに俺を見た。
「マナブさん。変わった名前ですね。召喚者の方ですか?」
鋭い。
「まあ、そんなところだ」
「なるほど。それで勉強を……情報系のスキル持ちですか?」
「なんで分かる?」
「戦闘系なら図書館より訓練場にいるでしょうし、回復系なら神殿で修行しているはずです。消去法ですよ」
論理的な推測。頭の良い子らしい。
「当たりだ。使いこなせなくて苦労してる」
「情報系スキルって、使い方次第で化けるって聞きますよ。まあ、私も魔法の制御で苦労してますけど」
エイダは溜め息をついた。
「魔法学院で理論は学んだんですけど、実践が全然ダメで。教科書通りにやっても、実際の戦闘では上手くいかないことばかり」
「理論と実践のギャップか。俺も覚えがある」
前世でもそうだった。プログラミングの教科書を読んでも、実際に動くコードを書くのは別の話だ。
「だから図書館で、実戦経験者の手記とか探してるんです。教科書には載ってないコツが書いてあったりするので」
エイダは自分の本を見せてくれた。『冒険者の魔法実践録』というタイトル。ボロボロになるまで読み込まれた形跡がある。
「……あんたも、知識を求めてるんだな」
「お互い様ですね」
エイダは少し笑った。さっきより打ち解けた表情だ。
「マナブさん、また図書館に来ます?」
「ああ、しばらく通う予定だ」
「じゃあ、また会うかもしれませんね。お互い、頑張りましょう」
エイダは軽く手を振って、自分の本に視線を戻した。
◇ ◇ ◇
ページをめくりながら、俺は心の中でAIに話しかけた。
「アテンシア王国。この世界の国の一つだ。首都はシンギュラ。建国は約五百年前」
『情報を記録しました。アテンシア王国について、現時点で保有している情報はこれだけです。追加の情報があれば、より詳細な回答が可能になります』
「じゃあ、これも。魔法には四つの基本属性がある。火、水、土、風。それぞれに上位属性と複合属性が存在する」
『記録しました。魔法の属性体系について、基礎的な理解が可能になりました』
一冊読み終える頃には、AIに渡した情報がかなり増えていた。
ただ、本の情報も完全に正しいとは限らない。古い本なら、情報が更新されていない可能性もある。できれば複数の本で確認しておいた方がいい。
国の歴史、地理、通貨制度、魔法の基本、冒険者ギルドの仕組み。どれも基礎的な内容だが、今まで何も知らなかったことを思えば大きな進歩だ。
窓の外を見ると、日が傾き始めていた。今日はこのくらいにしておこう。
明日もまた来よう。もっと本を読んで、もっとAIに情報を渡して、もっと使えるようになろう。
第7話「図書館の日々(前)」 完
次回:第8話「図書館の日々(後)」




