第32話:最大の試練(中)
戦場から少し離れた場所で、俺たちは息を整えていた。
土埃と煙の匂いが鼻を刺す。どこかで建物が崩れる轟音が響き、悲鳴が風に乗って聞こえてくる。
ベイモスはまだ暴れている。城壁の一部を破壊し、建物を踏み潰している。巨大な足が地面を踏みしめるたびに、大地が悲鳴を上げるように揺れる。このままでは、王都が壊滅する。
「作戦を立て直そう」
俺は言った。膝に手をつき、荒い呼吸を抑えながら。
「心臓部を守ろうとしている。つまり、そこが弱点だという証拠だ。でも、正面から行っても防がれる」
「じゃあ、どうする?」
アランが聞いた。頬には擦り傷があり、鎧のあちこちに凹みができている。
俺はAIに相談した。
「ベイモスの心臓部に攻撃を当てる方法は?」
『いくつかの方法が考えられます。
一、複数方向から同時攻撃し、防御を分散させる
二、動きを完全に止めてから攻撃する
三、内部から攻撃する(体内に侵入)
四、ベイモス自身の力を利用する
現実的なのは、一または二と思われます。時間的制約を考慮すると、複数方向からの同時攻撃が最も実現可能性が高いと分析します』
「複数方向からの同時攻撃か……」
俺は周囲を見渡した。
瓦礫の間で態勢を立て直している冒険者たち。城壁の上で魔法を準備している魔術師たち。負傷者を運び出す兵士たち。多くの人間がベイモスと戦っている。
個々の力は小さい。でも、合わせれば——
「協力を求めよう」
◇ ◇ ◇
俺は他のパーティのリーダーたちに声をかけて回った。
瓦礫を乗り越え、煙をかき分け、一人一人に作戦を説明する。
「同時攻撃を仕掛けたい。複数方向から心臓部を狙えば、防ぎきれないはずだ」
「面白い作戦だな」
金髪の女冒険者——確か『グラディエント』のリーダーだ——が腕を組んで言った。
「でも、どうやってタイミングを合わせる? あの混乱の中で、全員が同時に動くのは難しいぞ」
「俺が合図を出す。声が届く範囲に陣取って、俺の『今だ』を合図に全員が一斉に心臓部を狙ってくれ」
「お前がか」
銀髪の剣士——『オプティマ』のリーダーだ——が訝しげに俺を見た。
「俺たちは金ランクだ。若造に指示される筋合いはない」
プライドか。確かに、金ランクの冒険者たちは実力者揃いだ。同じ金ランクでも、若輩者に命令されるのは気に入らないのだろう。
でも——
「今は格付けを気にしている場合じゃない」
俺は真っ直ぐに彼を見た。
「俺に実力がないのは分かってる。でも、情報を集めて分析して、最適な作戦を立てることはできる。そして今、その作戦を実行するには、全員の協力が必要だ」
銀髪の剣士は俺を睨んでいた。長い沈黙。
やがて、金髪の女冒険者が笑った。
「いいじゃないか。こいつの作戦、悪くない。少なくとも、このまま個別に攻撃し続けるよりはマシだ」
「……チッ。分かったよ」
銀髪の剣士も渋々頷いた。
「お前の合図で動く。ただし、失敗したら承知しないからな」
「分かってる」
他のパーティも同意した。金ランクの冒険者たちは、皆プライドが高いが、状況が状況だ。協力しなければ、全員が死ぬ。
「よし。作戦開始だ」
◇ ◇ ◇
俺たちは再びベイモスに接近した。
今度は、複数のパーティが異なる方向から迫っている。北には『グラディエント』、南には『オプティマ』、東には宮廷魔術師の精鋭部隊、そして西には俺たちインファレンス。四方からベイモスを囲むように配置した。
心臓が早鐘を打っている。手のひらに汗が滲む。
「準備はいいか?」
俺は声を上げた。喉が震える。
各方向から「準備完了」の合図が返ってくる。声、手を振る動作、魔法の光。それぞれが「待っている」と告げている。
ベイモスは城壁を攻撃している。巨大な腕を振り上げ、振り下ろす。石が砕け、粉塵が舞い上がる。その隙に——
「今だ! 全員攻撃!」
俺の声が戦場に響き渡った。
四方から、一斉に攻撃が放たれた。
『グラディエント』の炎の刃、『オプティマ』の氷の槍、宮廷魔術師の雷撃の嵐、そしてエイダの火球。物理攻撃と魔法攻撃が交差し、全てがベイモスの胸——心臓部を狙っている。
ベイモスは防ごうとした。巨大な腕が動き、いくつかの攻撃を弾く。でも、全方向からの攻撃は防ぎきれない。
いくつかの攻撃が、心臓部に直撃した。
「グオオオオオ!!」
ベイモスが悲鳴を上げた。空気を震わせる絶叫。
初めて、ダメージを与えた。
◇ ◇ ◇
しかし、ベイモスは倒れなかった。
怒りに燃える四つの目で周囲を見渡し、ほうこうを上げた。そのほうこうは衝撃波となり、周囲の者たちを吹き飛ばす。
「くっ……!」
俺も衝撃波に巻き込まれ、地面に叩きつけられた。肺から空気が押し出され、視界が白く明滅する。
ジェフリーの回復魔法が飛んできて、痛みが和らぐ。温かい光が体を包み、折れかけた肋骨が修復されていく感覚がある。
「大丈夫か!?」
ジェフリーの声が聞こえた。
「……ああ。でも、効いてなかったか……」
「いや、効いてはいる」
俺は立ち上がり、ベイモスを観察した。
心臓部に、微かな傷が見える。岩のような皮膚が、わずかにさけている。そこから、淡い緑色の光が漏れ出している。
「もう一度、同じことをすればいい」
「でも、今の衝撃波で態勢が崩れた」
アランが周囲を見渡しながら言った。確かに、他のパーティも散り散りになっている。
「もう一度同時攻撃するには時間がかかる」
俺は状況を分析した。
「その時間を、俺たちが稼ぐ」
◇ ◇ ◇
俺たちはベイモスの注意を引くことにした。
アランが前に出て、剣を振り回す。ベイモスの足を狙い、その注意を引きつける。刃が岩の皮膚に火花を散らす。
「こっちだ、デカブツ! 相手してやるぜ!」
ベイモスがアランに向かって腕を振り下ろす。大地をえぐるほどの一撃。アランは寸前で回避し、反撃する。紙一重の攻防。一歩間違えれば、即死だ。
「エイダ! 目を狙え!」
エイダの火球がベイモスの目に向かって飛んだ。直撃はしなかったが、ベイモスは腕で目を守った。その隙に、アランが距離を取る。
俺はAIに確認した。
「他のパーティの態勢は?」
『観察に基づくと、三つのパーティが態勢を立て直しています。北の『グラディエント』は完全に回復。南の『オプティマ』はあと少し。東の魔術師部隊も準備中。あと少しで再攻撃可能です』
「よし……もう少しだ……!」
俺たちは必死にベイモスの注意を引き続けた。アランが攻撃し、エイダが魔法を放ち、ジェフリーが回復で支える。俺は仲間たちの位置を把握しながら、指示を出し続ける。
時間にして、数分だったかもしれない。でも、永遠に感じた。
そして——
「準備完了!」
各方向から合図が来た。
「今だ! 全員攻撃!」
再び、四方から一斉攻撃。
今度は、さっきよりも集中している。全ての攻撃が、心臓部の傷——あのきれつを狙っている。
直撃した。
「グアアアアア!!」
ベイモスが大きくよろめいた。心臓部の傷が広がり、そこから強い光が漏れ出している。古代の魔力の光だ。
「封印の刻印だ!」
俺が叫んだ。心臓部の奥に、複雑な模様が見える。あれが、千年前に施された封印の名残だ。
「あそこを狙え! 封印術を!」
宮廷魔術師たちが動こうとした。しかし——
ベイモスが三度目のほうこうを上げた。
「グオオオオオ!!」
今までで最大の衝撃波。大気が震え、衝撃波が全方向に広がる。
魔術師たちが吹き飛ばされた。詠唱が中断される。俺たちも、他のパーティも、全員が弾き飛ばされた。
◇ ◇ ◇
俺は瓦礫の中で目を開けた。
全身が痛む。ジェフリーの回復魔法が飛んできて、なんとか動ける程度に回復する。
「くそ……」
ベイモスはまだ立っている。心臓部に深い傷を負い、光が漏れ出しているが——まだ動いている。
「惜しかった……」
アランが這うようにして近づいてきた。顔は血と泥で汚れ、鎧はボロボロだ。
「あと一歩だったのに……」
「でも、弱点は分かった」
俺は立ち上がった。足が震えている。
「心臓部の刻印。あそこに封印術を叩き込めば、倒せる。確信した」
ベイモスは大きくよろめきながら、王都から離れていく。傷が深いのだ。一時撤退か。
「追うか?」
銀髪の剣士——オプティマのリーダーが聞いた。敵意は消えていた。共に戦った者の目だ。
「いや。今は無理だ。態勢を立て直す」
俺は答えた。
周囲を見渡す。冒険者たちは傷つき、魔術師たちは魔力を使い果たしている。追撃は不可能だ。
でも——希望は見えた。
「次は仕留める」
俺は拳を握りしめた。
第32話「最大の試練(中)」 完
次回:第33話「最大の試練(後)」




