第30話:迫る脅威
王国の記録庫で調査を始めて一週間。
俺たちは膨大な資料を読み漁り、封印された魔物についての情報を集めていた。
「……これか?」
俺は埃まみれの棚から、古い羊皮紙の束を引き出した。
紐が腐りかけている。開こうとすると、端がボロボロと崩れた。
「気をつけろ。千年前の資料だぞ」
ジェフリーが手を伸ばし、慎重に羊皮紙を広げていく。俺は隣から覗き込んだ。
「読めるか?」
「かろうじて……字が薄くなっておる。インクが経年で劣化しておるな」
ジェフリーが目を細め、一文字ずつ読み取っていく。
「『災厄の……ベイモス』。これじゃ」
聞き慣れない名前だ。俺は首を傾げた。
「ベイモス?」
「千年前に封印されたとされる魔物の名じゃ」
仲間たちが俺の周りに集まった。
「続きは?」
「待ってくれ。この部分は虫食いで……」
ジェフリーが紙を光にかざし、読める部分を拾っていく。
「『ベイモスは大地を揺るがし、全てを破壊する力を持つ。その体は岩よりも硬く、そのほうこうは山を砕く。賢者たちは力を合わせ、三つの遺跡にその力を分散して封印した』」
「三つの遺跡……俺たちが調べたやつか」
アランが呟いた。
「北部、西部、東部。封印を分散させたってことは、一つの遺跡だけじゃ封じ込められなかったってことだ」
俺は記述を分析しながら続けた。
「千年前、か……」
アランが眉を寄せた。俺も頷いた。
「記録には『千年を持つよう設計された』とある。今がちょうどその頃だとすれば——」
「待って」
エイダが羊皮紙を指さした。
「ここ、見て。『封印は星の巡りと共に弱まる』って書いてある」
ジェフリーが顎髭を撫でた。
「占星術の概念じゃな。千年周期の天体配置のことじゃろう。封印は時間だけでなく、天体の動きとも連動しておる」
「天体って……それ、俺たちにはどうしようもないだろ」
アランの声にいらだちが混じる。
俺は心の中でAIに情報を整理させた。
「この記録から、封印崩壊のリスク要因を抽出してくれ」
『ベイモス封印のリスク要因を整理します。
一、時間経過:設計上の耐用年数(千年)が経過
二、天体配置:星の巡りによる封印力の低下
三、分散封印の構造的脆弱性:一箇所が崩壊すると連鎖する可能性
補足:一つが崩壊した場合、残りの封印にかかる負荷が増大し、崩壊が加速する恐れがあります』
「連鎖崩壊か」
俺は仲間たちを見回した。
「最悪の場合、一つ崩れたら全部崩れる。時間がないかもしれない」
重い沈黙が落ちた。
俺は続きを読んだ。
「『封印は千年を持つよう設計された。しかし、いずれ力は弱まる。その時に備え、我らは対抗手段を残す』」
「対抗手段?」
エイダが身を乗り出した。
「残念ながら、具体的な内容は書かれていない」
俺は首を振った。
◇ ◇ ◇
さらに調査を進めると、ベイモスの弱点に関する記述が見つかった。
「『ベイモスは強大だが、無敵ではない。その体は岩の如く硬いが、心臓部には封印の刻印がある。そこを攻撃すれば、再び封印することが可能』」
「心臓部に封印の刻印……」
俺は記述を読み返した。
「でも、そんな巨大な魔物に近づいて、心臓を狙うなんてできるの?」
エイダが首を傾げた。
「簡単じゃないだろうな」
俺は答えた。
「でも、方法があるのは確かだ」
俺はAIに情報を渡した。
「ベイモスに関する情報を整理してくれ。弱点と対処法について」
『ベイモスに関する情報を整理します。
特徴:
・大地を揺るがす巨大な魔物
・岩より硬い体
・ほうこうで山を砕く力
弱点:
・心臓部に封印の刻印がある
・この刻印を攻撃すれば再封印が可能
対処法の推測:
・直接攻撃は困難。陽動や足止めが必要
・心臓部への接近方法を確保する必要がある
・封印の術を使える者が必要
不足情報:
・具体的な封印術の内容
・心臓部の正確な位置
・ベイモスの行動パターン』
「まだ情報が足りないな」
俺は資料を探し続けた。
◇ ◇ ◇
調査を続けていたある夜。
緊急の知らせが届いた。
「インファレンスの皆さん! 大変です!」
使者が息を切らせて駆け込んできた。
「北部の封印遺跡が……崩壊しました!」
俺たちは顔を見合わせた。
「崩壊?」
「はい! 地震と共に遺跡が崩れ落ち、中から巨大な何かが……」
使者の声が震えていた。
俺は立ち上がった。
「すぐに王宮へ行こう」
◇ ◇ ◇
王宮は騒然としていた。
兵士たちが慌ただしく動き回り、魔術師たちは緊急の対策を練っている。
王は俺たちを見るなり、険しい顔で言った。
「来てくれたか」
「陛下、記録庫の調査で分かったことがあります」
俺は手短にベイモスについて説明した。千年前に封印された災厄の魔物。三つの遺跡に分散して封印されていること。そして、封印が千年を限度に設計されていたこと。
王の顔がさらに険しくなった。
「……なるほど。それで状況が繋がった」
王は重々しく続けた。
「北部の封印が完全に崩壊した。同時に、西部と東部の封印も急速に弱まっている。おそらく、一つが崩れたことで連鎖的に……」
「ベイモスは?」
「北部で目撃された。だが、今は地中に潜っているらしい。次にどこに現れるか分からない」
俺は心臓が早鳴りするのを感じた。
最悪の事態が起きた。封印が解け、ベイモスが復活した。
「対策は?」
「今、宮廷魔術師たちが封印術の準備を進めている。だが、完成には時間がかかる」
「どれくらい?」
「少なくとも三日」
三日。その間、ベイモスが暴れ回れば、どれだけの被害が出るか分からない。
「時間を稼ぐ必要があるな」
俺は言った。
「俺たちにできることは?」
◇ ◇ ◇
緊急の対策会議が開かれた。
金ランク以上の冒険者たち、宮廷魔術師、軍の将軍たちが一堂に会している。
「ベイモスの動きを予測し、被害を最小限に抑える」
将軍が言った。
「できれば、封印術が完成するまで足止めしたい」
「足止めって言っても、相手は山を砕く魔物だぞ?」
別の冒険者が言った。
「正面から戦っても、返り討ちにあうだけだ」
俺は手を挙げた。
「一つ、提案があります」
全員の視線が俺に集まった。将軍の目は懐疑的だ。冒険者風情が何を言う、という目。
「ベイモスの行動を予測することは可能です。地中を移動するなら——」
「待て」
将軍が遮った。
「予測だと? 千年前の魔物の動きを、どうやって予測するというのだ」
「地震です。あれだけ巨大な存在が地中を移動すれば、必ず振動が発生します。魔力感知の網を張れば——」
「机上の空論だ」
別の将軍が鼻を鳴らした。
「魔術師たちは封印術の準備で手一杯だ。観測網などに人員を割く余裕はない」
俺は歯を食いしばった。
「では、ベイモスが次にどこに現れるか、どうやって知るつもりですか?」
沈黙が落ちた。
「このまま何もしなければ、街を一つ潰されてから気づくことになる。それでいいんですか?」
将軍が眉を寄せた。だが、反論はなかった。
宮廷魔術師の長が口を開いた。
「……理論上は可能だ」
場の空気が変わった。
「準備に半日ほどかかるが、封印術とは別系統の術だ。人員を分ければ、並行して進められる」
将軍が渋い顔をしたが、王が頷いた。
「やってみろ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
◇ ◇ ◇
会議が終わり、俺たちは宿に戻った。
「いよいよだな」
アランが言った。
「最大の敵が動き出した」
「怖いわね」
エイダが正直に言った。
「でも、逃げるわけにはいかないでしょ?」
「逃げない」
俺は仲間たちを見た。
「俺たちにできることをやる。情報を集め、分析し、最適な行動を導き出す。それがインファレンスだ」
「その通りじゃ」
ジェフリーが穏やかに言った。
「大きな敵に対しても、やることは変わらん。知恵と情報で戦う。それがわしらの武器じゃ」
窓の外では、緊急を告げる鐘が鳴り響いていた。
街全体に、緊張感が漂っている。
脅威は、確実に迫っていた。
第30話「迫る脅威」 完
次回:第31話「最大の試練(前)」




