第29話:評価の逆転(後)
王宮での報告から数日後。
俺たちは各地の異変について、さらに詳しい調査を開始した。
王国から正式な依頼を受け、北部、西部、東部の封印遺跡を順に回る。それぞれの場所で、異変の詳細を記録し、分析する。金ランクとしての初めての大規模任務だ。
◇ ◇ ◇
最初に訪れたのは、北部の遺跡だった。以前調査した古代遺跡とは別の、封印そのものが施された遺跡だ。
山岳地帯の奥深く、雪がちらつく中を進む。寒風が肌を刺すような寒さだ。吐く息が白く凍り、指先がしびれる。
馬を降り、険しい岩場を登っていく。足元の岩には霜が降り、滑りやすい。アランが先頭に立ち、足場を確認しながら進んだ。
半日かけて山を登ると、遺跡が見えてきた。
地震の影響で、遺跡の一部が崩壊していた。入り口付近にはきれつが走り、中からは不気味な光が漏れている。緑がかった、不吉な色合いの光だ。
「これは……」
俺は目を見開いた。
光は、封印の魔法陣から発せられていた。かつては安定していたはずの魔法陣が、今は不規則に明滅している。脈打つように、強く弱くを繰り返している。
「封印が揺らいでいる」
ジェフリーが険しい顔で言った。
「完全に解けてはいないが、弱まっているのは間違いない。この光の揺らぎは、封印の力が不安定になっている証拠じゃ」
俺は魔法陣の様子を観察しながら、AIに詳細を伝えていく。光の明滅パターン、陣の歪み具合、周囲の魔力の流れ。同時にメモも取る。AIの分析結果と合わせて、後で報告書にまとめるためだ。
「この魔法陣、どれくらい持つ?」
「分からん。数年かもしれんし、数ヶ月かもしれん。あるいは、もっと早く……」
ジェフリーの言葉は、途中で途切れた。その先は、言葉にしたくないのだろう。
◇ ◇ ◇
西部の遺跡では、魔物の増殖が確認された。
草原地帯に位置するこの遺跡は、北部とは対照的に温暖な気候だ。しかし、その周囲には異様な光景が広がっていた。
遺跡の周囲には、通常よりも多くの魔物が徘徊している。ゴブリン、オーク、巨大な狼。種類も様々で、本来なら縄張り争いをするはずの魔物たちが、共存している。
遺跡に近づこうとした瞬間、オークの群れが襲いかかってきた。
「来るぞ!」
アランが剣を抜き、先頭のオークを斬り伏せる。エイダの火球が後続を焼き払い、ジェフリーが防御の結界を張った。
俺は戦闘には直接参加せず、後方から状況を分析する。
「左から三体! 右に回り込んでくる!」
声を張り上げて指示を出す。仲間たちはそれに応え、的確に対処していく。
金ランクの実力は伊達じゃない。数分で魔物の群れは一掃された。
「普通、魔物はこんなに集まらないはずだ」
アランが血糊を拭いながら言った。
「何かに引き寄せられてるみたいだな。縄張り争いも起きてない」
「封印の力が漏れ出しているのかもしれない」
俺はAIに確認した。
「封印が弱まると、魔物が引き寄せられる可能性はあるか?」
『封印には強力な魔力が含まれています。その魔力が漏れ出すと、魔物を引き寄せる可能性があります。また、封印された存在が意図的に魔物を呼び寄せている可能性も考えられます。魔物は本能的に強い魔力に惹かれる習性があります』
「意図的に……」
封印された魔物が、外部に働きかけている。その可能性を考えると、背筋が寒くなった。封印されていながらも、影響力を行使しているとしたら——相手は想像以上に強大だ。
◇ ◇ ◇
東部の遺跡では、疫病の原因が判明した。
湿地帯の中に位置するこの遺跡は、湿った空気が肌にまとわりつく不快な場所だ。周辺の村々では、原因不明の病が蔓延していた。
遺跡から漏れ出した魔力が、周辺の水源を汚染していたのだ。
「これは……毒の魔力じゃな」
ジェフリーが水を調べながら言った。手のひらで水をすくい、魔力を感知する。
「封印された魔物の属性が、水に溶け込んでいる。飲んだ者は、この毒に侵される」
「治療法はあるんですか?」
「魔力の汚染を取り除けば、症状は収まる。回復魔法で対処できる範囲じゃ。だが、根本的な解決には封印の強化が必要じゃ」
俺は全ての情報を記録し、整理した。
三つの遺跡、三つの異変。全てが封印の弱体化に起因している。パターンは明らかだ。
「これは……」
心の中でAIに話しかけた。
「封印が完全に解けたら、何が起きる?」
『具体的な予測は困難ですが、石板の記述によれば「世界を滅ぼす力」とあります。三つの遺跡で確認された現象から推測すると、封印された存在は、毒、魔物操作、大地を揺るがす力を持っている可能性があります。最悪の場合、この世界全体に壊滅的な被害が及ぶ可能性があります』
「最悪の場合、か……」
◇ ◇ ◇
調査を終え、俺たちは王都に戻った。
報告書を作成し、王宮に提出する。数十ページに及ぶ詳細な報告書だ。王は俺たちの報告を聞き、深刻な表情を浮かべた。
「封印の弱体化は、予想以上に進んでいるようだな」
「はい、陛下。三つの遺跡全てで、封印の揺らぎが確認されました。それぞれの現象は異なりますが、原因は共通しています」
「対策はあるのか?」
俺は少し考えてから答えた。
「封印を強化する方法があれば、時間を稼げるかもしれません。ただ、古代の封印術を扱える者がどれだけいるか……」
「宮廷魔術師に確認させよう。他に必要なことは?」
「情報です。封印された魔物について、できる限りの情報を集める必要があります。名前、能力、弱点、過去の戦い方。何でも役立つ可能性があります」
王は頷いた。
「分かった。王国の記録庫を開放しよう。インファレンスには、自由に調査を行う権限を与える」
「ありがとうございます、陛下」
◇ ◇ ◇
宿に戻り、俺たちは今後の方針を話し合った。
夕食を終え、宿の一室に集まる。テーブルの上には、俺がまとめた調査報告書の下書きが散らばっていた。
疲労が溜まっているはずだが、誰の目にも緊張感が宿っている。
「正直、ここまでの事態とは思わなかった」
エイダがぽつりと言った。窓の外を見つめている。
「最初は、ちょっと危険な依頼くらいに思ってたのに」
「俺もだ」
アランが頷いた。
「でも、逃げるわけにはいかない。俺たちが見てきたことを、誰かが報告しなきゃならない。俺たちしか知らないことがある」
「いよいよ、本格的な戦いが始まるな」
アランが腕を組んだ。
「でも、相手は『世界を滅ぼす力』よ? 私たちに何ができるの?」
エイダが不安そうに言った。
「できることはある」
俺は答えた。
「封印が解ける前に、対策を立てる。情報を集め、分析し、最適な手を導き出す。力で戦うのは他の人たちに任せればいい。俺たちは頭脳で戦う」
俺は仲間たちの顔を見渡した。
全員の目には、覚悟が宿っている。恐れはあるが、逃げるつもりはない。
「よし。明日から、記録庫で調査を始める。封印された魔物について、できる限りのことを調べよう」
「おう」
「分かったわ」
「承知した」
仲間たちが頷いた。
戦いは、もう始まっている。
第29話「評価の逆転(後)」 完
次回:第30話「迫る脅威」




