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異世界AIは的外れ ~育てたら最強になりました~  作者: モグ
第3章:開花 ~街を駆け巡る噂~
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第23話:言葉の駆け引き(後)

 交渉の日が来た。


 会場は王都の商業ギルドの大広間。高い天井からシャンデリアが吊り下げられ、壁には歴代のギルドマスターの肖像画が飾られている。重厚な雰囲気が、この交渉の重要性を物語っていた。


 長いテーブルを挟んで、クイリアンとアランたちがエンベディアの交渉団と向かい合っている。俺は打ち合わせ通り、会場の隅に控えていた。観察役は目立たない方がいい。両陣営の間には緊張した空気が流れていた。


 エンベディア側の代表は、鷹のような目をした中年の男。名前はヴィーナー。過去三回の交渉でも相手を務めた、手強い交渉人だという。その横には書記と護衛が控えている。


「では、交渉を始めましょう」


 ヴィーナーが口火を切った。声は穏やかだが、目は鋭い。こちらの出方を探っている。


「我々の要求は変わりません。鉱石の輸出に対し、貴国の農産物を輸入する。ただし、鉱石の販売権は我々が独占する」


 やはり、独占販売権を押し込んできた。予想通りだ。


 クイリアンがこちらを見た。


 俺は小さく頷いた。昨夜の打ち合わせ通りだ。まず、食料供給の安定性を強調する。彼らが最も欲しがっているのは、それだ。表面上は鉱石の販売権を主張しているが、本心は食料確保。AIの分析と、俺たちが集めた情報が一致していた。


 クイリアンは俺の合図を受け、発言した。


「ヴィーナー殿。我々は貴国との友好的な関係を望んでいます。そのためにも、安定した食料供給をお約束したい」


「食料供給?」


 ヴィーナーの目が一瞬だけ動いた。興味を引いた証拠だ。


「はい。我が国の農産物は品質が高く、産出量も安定しています。貴国の食料事情を鑑みれば、長期的な供給契約は双方にメリットがあるはずです」


 ヴィーナーの目が鋭くなった。こちらがエンベディアの食料事情を把握していることに気づいたのだ。


      ◇ ◇ ◇


「……食料供給については、我々も関心があります」


 ヴィーナーは慎重に言った。言葉を選んでいる。


「しかし、独占販売権の件は譲れません。これは我が国の根幹に関わる問題です」


 食料供給に興味を示した。今だ。


 俺はクイリアンに視線を送り、一度だけ目を伏せた。昨夜決めた合図だ。ここで妥協案を出す。独占販売権の代わりに、優先購入権。相手が本当に欲しいのは安定した取引先であって、独占そのものではない。事前に分析した通りだ。


 クイリアンは俺の合図を受け取り、静かに頷いた。


「ヴィーナー殿。独占販売権については理解できます。しかし、我々にも事情がある。代わりに、優先購入権を提案させていただきたい」


「優先購入権?」


 ヴィーナーの眉が動いた。想定外の提案だったらしい。


「はい。貴国の鉱石を、他国に先駆けて優先的に購入する権利です。独占ではありませんが、貴国は安定した販売先を確保できます」


 ヴィーナーは少し考え込んだ。指先でテーブルを軽く叩いている。計算しているのだろう。


「それでは、我々の利益が十分に確保できません」


「では、こう提案します。優先購入権に加え、一定量以上の購入を保証する。貴国は安定した収入を得られ、我々は安定した供給を得られる。双方にメリットがあります」


      ◇ ◇ ◇


 交渉は数時間に及んだ。


 俺は会場の隅から全体を観察していた。基本的な流れは昨夜の打ち合わせ通り。クイリアンは落ち着いて交渉を進めている。俺の役目は、相手の反応を読み取ることだ。


 ヴィーナーの表情、声のトーン、言葉の選び方。それらを観察し、相手の本心を探る。


 眉間の微かなしわは、こちらの提案が核心を突いた時に現れる。口元の強張りは、譲れない一線に触れた時の反応だ。視線が泳ぐのは、本国からの指示と自分の判断が食い違っている時。


      ◇ ◇ ◇


 ふと、もどかしさを覚えた。


 言葉で説明するのは難しい。この表情の機微を、そのままAIに見せられたら。もっと正確に、もっと深く分析できるのに。


 以前、オーク討伐の作戦を立てた時にも同じことを思った。戦場の配置を言葉で伝えるのは骨が折れた。今もそうだ。ヴィーナーの眉の動き、瞳の奥にある迷い。言葉にした瞬間に、何かが抜け落ちていく。


 言葉には限界がある。でも、今の俺にはそれしか手段がない。観察して、言語化して、AIに伝える。そのサイクルを回すしかない。


      ◇ ◇ ◇


 交渉が佳境に入った頃、想定外の変化が起きた。


 ヴィーナーの態度が、微妙に変わった。焦りが見える。事前の分析では想定していなかった反応だ。


 これは伝えなければ。


 俺はクイリアンに近づき、小声で囁いた。


「今、彼は焦っています。本国からのプレッシャーがあるんでしょう。この交渉を成功させなければならない立場にある。時間的な期限もあるはずです」


「では、押せるということですか?」


「押しすぎはダメです。相手のメンツを潰すと、決裂します。エンベディアは体面を重んじる国です。でも、もう一押しすれば、妥協点を引き出せるはずです」


 クイリアンは頷き、最後の提案を行った。


「ヴィーナー殿。我々は友好的な関係を築きたいと考えています。そこで、追加の提案があります」


「何でしょう」


「農産物の価格を、市場価格より一割低く設定します。その代わり、優先購入権と購入保証を受け入れていただきたい」


 ヴィーナーの目が動いた。計算している。


 一割の価格優遇は、食料不足に悩むエンベディアにとって魅力的だ。しかし、独占販売権を諦めることへの抵抗もある。本国にどう説明するか、考えているのだろう。


 沈黙が続いた。


 窓から差し込む午後の光が、ゆっくりと移動していく。


 そして——


「……分かりました。その条件で合意しましょう」


      ◇ ◇ ◇


 交渉は成功した。


 独占販売権ではなく優先購入権。一割の価格優遇。双方にメリットのある形で、協定が結ばれた。


 調印が終わると、会場の空気が一変した。張り詰めていた緊張が解け、両陣営から安堵の溜め息が漏れた。


「素晴らしい。本当に素晴らしい」


 クイリアンが俺たちの手を握った。


「過去三回は全て失敗したのに、今回は見事に成功しました。あなた方の助言のおかげです」


「俺たちは情報を集めて、分析しただけです。交渉したのはクイリアンさんですから」


「いいえ。情報がなければ、私はまた失敗していたでしょう。情報を制する者が交渉を制する。まさにその通りでした」


 報酬の金貨二十枚を受け取り、俺たちは商会を後にした。


      ◇ ◇ ◇


 帰り道、アランが言った。


「お前、すげえな」


「何が?」


「交渉なんて、俺には全然分からなかった。でも、お前は相手の心を読んで、こっちに有利な流れを作ってた」


「別に心を読んだわけじゃない。情報を集めて、分析しただけだ」


「それがすごいんだって」


 エイダも頷いた。


「私、今日の交渉を見て思ったの。マナブのスキル、本当に万能よね」


「万能じゃないさ。戦闘には役に立たない」


「でも、戦闘以外のことには何でも使える。今日みたいな交渉も、調査依頼も、謎解きも。あなたがいるから、インファレンスは何でもできるパーティになってる」


 頬のあたりが、ほんの少し熱くなった。


「現代の知識が、こんな形で役立つとは思わなかったな」


 心の中でAIに話しかけた。


「お前のおかげだ」


『私は情報を提供しただけです。それを活用したのはあなたです。交渉相手の心理分析は、私の知識だけでは不可能でした。あなたの観察と判断があったからこそ、成功したのです』


「相変わらずだな」


 でも、確かに手応えを感じていた。


 ハズレスキルだと思っていたAIが、今日また新しい可能性を見せてくれた。


 俺たちは、まだまだ成長できる。


第23話「言葉の駆け引き(後)」 完


次回:第24話「静かな夜」


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