第24話:静かな夜
貿易交渉を成功させた夜。
俺たちは宿に戻り、それぞれの部屋で休んでいた。
疲れているはずなのに、眠れない。興奮が冷めないのか、それとも別の何かが心に引っかかっているのか。今日の交渉を頭の中で何度も反芻している自分がいた。
俺は窓辺に立ち、夜空を見上げていた。
この世界の夜空は、元の世界とは違う。星座の形が違う。北極星に相当する星もどこにあるのか分からない。最初は寂しく感じたものだが、今は慣れた。
◇ ◇ ◇
コンコン、とドアがノックされた。
「誰だ?」
「俺だ。アラン」
ドアを開けると、アランが立っていた。いつもの豪快な雰囲気は影を潜め、どこか静かな表情をしている。
「眠れなくてさ。お前も起きてるかなと思って」
「ああ、入れよ」
アランは部屋に入り、窓辺に立った。月明かりが彼の横顔を照らしている。
「なあ、眠れねえのか」
「ああ。興奮が冷めないみたいだ」
「俺もだ」
アランは窓の外を見た。星空が広がっている。
「今日みたいな依頼、またあると思うか?」
「交渉の補佐ってことか?」
「ああ。金貨二十枚だぜ。モンスター討伐より割がいい」
俺は少し笑った。
「戦闘がないと物足りないんじゃないのか」
「まあな。でも、たまにはいいさ。俺が剣を振る仕事、お前が頭を使う仕事。両方あった方が飽きない」
アランは腕を組んで、何かを考えているようだった。
「なあ、マナブ」
「ん?」
「次はもっとでかい仕事、来ると思うか?」
「でかい仕事?」
「ああ。国がらみとか、王族絡みとか。今日の交渉だって、言ってみれば国と国の話だろ。もっと上のレベルに食い込めるんじゃねえかって」
アランの言葉に、一瞬手が止まった。そんなことを考えているとは思わなかった。
「野心家だな」
「お前がいるからだよ。俺一人じゃ、剣を振り回すだけで終わってた。でもインファレンスなら、もっと上を目指せる気がする」
「……そうだな。俺も、もっとできることがあると思ってた」
「だろ?」
アランはニヤリと笑った。
「金ランク、目指そうぜ」
◇ ◇ ◇
アランが去った後、今度はエイダが来た。
「起きてた?」
「ああ。入れよ」
エイダは部屋に入り、椅子に座った。髪を下ろしていて、いつもと少し違う印象だ。
「今日の交渉、見てて勉強になったわ」
「どこが?」
「相手の心理を読んで、タイミングを計って、妥協点を引き出す。魔法とは全然違う戦い方だけど、すごく論理的で」
「交渉も戦いの一種だからな」
「そうね。私、今まで力で押すことしか考えてなかったの。魔法の威力を上げれば勝てる、って。火力が全てだと思ってた」
エイダは窓の外を見た。
「でも、それだけじゃダメなんだって分かった。相手を観察して、弱点を見つけて、最適なタイミングで攻撃する。マナブのやり方、魔法にも応用できそう」
「試してみろよ。きっとうまくいく」
「うん。明日から練習してみる」
エイダは少し笑った。
「ねえ、マナブ。元の世界のこと、時々思い出す?」
「……たまにな」
「帰りたいとか、思わないの?」
俺は少し考えた。
「最初は帰りたかった。でも今は……分からない。ここにも居場所ができたし、仲間もできた。帰る方法も分からないしな」
「そっか」
エイダは立ち上がった。
「私、マナブがこの世界にいてくれて良かったと思う。そうじゃなかったら、私たち出会えなかったし」
エイダは少し間を置いて、続けた。
「ねえ、マナブは……元の世界に未練、ある?」
「未練か……」
考えてみる。
前世の俺には、家族がいた。両親は健在だし、たまに連絡を取る妹もいる。友達は多くなかったけど、たまに飲みに行く同期はいた。仕事も、最近ようやく面白くなってきたところだった。
「……ないって言ったらうそになるな」
「そうなんだ」
「両親には心配かけてるだろうし。妹も、兄貴が急にいなくなったら驚くだろうな」
俺は窓の外を見た。
「でも、帰る方法が分からない以上、考えても仕方ない。それに——」
窓から見える星空を眺める。
「向こうにいた時より、今の方が生きてる実感がある。依頼をこなせば、誰かが助かる。オークを倒せば村が安全になる。今日の交渉だって、漁師たちの生活がかかってた。俺の行動が、目に見える形で誰かに届く。それが……なんか、いいんだよな」
「マナブの顔、生き生きしてたわよ。交渉の時」
「そうか?」
「うん。なんていうか……楽しそうだった」
エイダは窓の外を見た。星明りが彼女の横顔を照らしている。
「私ね、魔法使いになりたくてなったわけじゃないの。才能があるって言われて、実家に期待されて、自然とそうなっただけ。自分で選んだって感覚、なかった」
「今は?」
「今は……自分で選んでる気がする。インファレンスにいること。マナブたちと一緒に戦うこと。それは私が選んだ」
エイダはこちらを向いて、少しだけ笑った。
「だから、私も未練ないかも。昔の自分には」
そう言って、エイダは部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
エイダも去り、俺は再び一人になった。
窓から見える星空を眺めながら、心の中でAIに話しかけた。
「今日は大きな仕事だったな」
『はい。貿易交渉の補佐は、通常の冒険者の業務とは異なる分野でした。しかし、結果は成功です』
「現代の知識が、こんな形で役立つとは思わなかった」
『あなたの知識と経験が、この世界でも価値を持つことが証明されました。交渉術、心理学、ゲーム理論。それらが実践で機能することを確認できました』
「次は何ができるかな」
俺は窓辺に座り、考えた。
戦闘依頼、調査依頼、そして今回の交渉補佐。様々な依頼をこなしてきた。でも、まだまだできることはあるはずだ。
「なあ」
『はい』
「俺たち、もっと大きな仕事ができると思うか?」
『現在の実績と能力の伸び率から推測すると、さらに高難度の依頼にも対応できる可能性があります。ただし、それには継続的な情報収集と、仲間との連携強化が必要です』
「もっと大きな仕事、か」
金ランクへの道。
銀ランクになったばかりだが、すでに次の目標が見えている。
「いつか、この国を揺るがすような大きな仕事をしてみたいな」
『壮大な目標ですが、不可能ではありません。一歩ずつ進んでいけば、到達できる可能性があります。あなたの成長速度は、予測を上回っています』
「そうだな。一歩ずつ」
俺は目を閉じて、考えた。
国を揺るがすような仕事。それは何だろう。
「具体的に、何ができると思う?」
『現在の能力と実績から推測できる可能性を列挙します。
一、情報戦の専門家としての活動
政治交渉、外交補佐、諜報活動の支援
二、問題解決のコンサルタント
複雑な事件の調査、紛争の仲介、リスク分析
三、危機管理の要
大規模災害や戦争時の情報統括、避難計画の策定
いずれも、直接的な戦闘力ではなく、情報と分析による貢献です』
「情報戦、問題解決、危機管理か」
どれも地味だ。剣を振るって魔物を倒すような派手さはない。
でも、それでいいと思った。
俺は剣聖じゃない。炎魔法の使い手でもない。俺にできるのは、情報を集めて、分析して、最適解を導き出すこと。
それがハズレスキルの使い道。そして俺は、その使い道を見つけた。
「面白そうだな。どれも」
『楽しそうですね、マナブ』
「そうか?」
『はい。言葉に高揚感があります』
AIにそんなこと言われるとは思わなかった。
◇ ◇ ◇
夜が更けていく。
窓の外には、満天の星空が広がっていた。見知らぬ星座が、静かにまたたいている。
異世界に来てから、もう数ヶ月が経った。最初は絶望していた俺が、今では銀ランクの冒険者として認められている。
仲間がいる。
目標がある。
そして、まだ見ぬ未来がある。
俺は目を閉じた。
今日は静かな夜だ。戦闘もなく、危険もなく、ただ穏やかな時間が流れている。
こういう夜があるから、冒険を続けられる。
明日からまた、新しい挑戦が始まる。
でも今夜だけは、この静けさを味わっていたい。
窓から吹き込む涼しい風を感じながら、俺はゆっくりと眠りについた。
第24話「静かな夜」 完
次回:第25話「謎の遺跡(前)」




