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異世界AIは的外れ ~育てたら最強になりました~  作者: モグ
第3章:開花 ~街を駆け巡る噂~
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第21話:仲間たちの想い

 銀ランク昇格祝いの翌日。


 アランとジェフリーは別の用事があると言って出かけ、俺とエイダは図書館に来ていた。


 午前の図書館は静かだ。いつものように本を読んでいたが、エイダの様子がおかしい。手元の『火炎魔法応用理論』は、さっきから同じページのままだ。


「どうした? 集中できてないみたいだな」


「え? ああ、ごめん。ちょっと考え事」


 エイダは曖昧に笑った。でも、その笑顔はどこか懐かしげだった。


「何かあったのか?」


「……別に。大したことじゃないわ」


 大したことじゃない、と言う時は大抵、大したことがある。前世でも、後輩がそう言う時は何かを抱えていることが多かった。


「話してみろよ。俺でよければ聞くぞ」


 エイダは少し黙ってから、小さく溜め息をついた。鞄の中から、一通の封筒を取り出した。封蝋には見覚えのない紋章が刻まれている。


「……これ、試験の前に届いた手紙なの。昨日、荷物を整理してたら出てきて」


      ◇ ◇ ◇


 エイダの実家は、地方で薬屋を営む商家らしい。


 田舎の小さな薬屋だが、家族は家業に誇りを持っている。そんな家に生まれたエイダは、魔法の才能を見出され、幼い頃に王都の魔法学院へ入学した。だが、学院での日々は順風満帆ではなかったという。


「私、落ちこぼれだったの」


 エイダは静かに語り始めた。


「理論はできるのに、実技がダメで。火属性の魔法って、制御が難しいの。暴発させて、何度も実技試験に落ちた」


「でも、今は上手くなってるじゃないか」


「それは……あなたたちと一緒に冒険者をやってるからよ。学院にいた頃は、ずっと『才能がない』って言われ続けてた。教授にも、同級生にも」


 エイダの目に、当時の悔しさが滲んでいた。


「実家は私に期待してたの。魔法使いになって、家業を発展させてほしいって。魔法薬の調合ができれば、うちの薬屋も大きくなれる――それが、両親の夢だった」


 彼女は手紙を見つめた。


「でも、私は何度も試験に落ちて、期待を裏切り続けた。学院からは、もう猶予はないって言われてた」


「手紙には、何て書いてあったんだ」


「……『もう諦めて帰ってこい。お前に魔法使いは無理だ。帰ってきたら、どこかの家に嫁に出す』って」


 エイダの声は静かだった。


「父の字じゃなかった。母の字だったの。父はもう、私のことを諦めてたみたい」


      ◇ ◇ ◇


 俺は少し考えてから、口を開いた。


「それを見て、どう思った?」


「……笑っちゃうわよね。あの頃は本当に辛かった。毎日、自分には才能がないんだって思ってた。実家の言う通り、帰って大人しく嫁に行った方がいいのかもって」


 エイダは手紙を閉じて、テーブルの上に置いた。


「でも、今は違う」


 彼女は顔を上げた。その目には、涙ではなく、静かな光があった。


「試験に受かった。銀ランクにもなれた。オーク討伐で、私の魔法がちゃんと役に立った」


「ああ。お前の火球がリーダーの目を潰した。あれがなかったら、俺たちは負けてた」


「あれは……あなたたちと一緒に練習したからよ。呼吸法を教えてくれて、毎日付き合ってくれて」


 エイダは少し笑った。


「学院にいた頃の私には、仲間がいなかった。一人で抱え込んで、一人で落ち込んでた。でも今は違う。あなたたちがいる」


 俺は頷いた。


「俺だって、最初はハズレスキルだと思ってた。AIなんて役に立たないって。でも、使い方を工夫して、仲間と協力して、今は銀ランクだ」


「だから分かるの。一人じゃ無理でも、仲間がいれば変われるって」


 エイダは手紙を鞄にしまった。


「実家には、まだ報告してないの。試験に受かったこと、銀ランクになったこと。……正直、どう伝えていいか分からなくて」


「いつか、胸を張って報告できる日が来るさ」


「うん。そうね」


 エイダは窓の外を見た。穏やかな表情だった。


「私、これからも頑張る。あなたたちと一緒に、もっと上を目指したい」


「ああ。俺たちがついてる」


      ◇ ◇ ◇


 数日後、今度はジェフリーと二人で話す機会があった。


 アランとエイダが依頼の下見に行っている間、俺とジェフリーは宿で待機していた。ジェフリーが淹れてくれた薬草茶を飲みながら、静かな午後を過ごしていた。


「若い頃の話を聞いてもらえるかのう」


 ジェフリーが静かに言った。窓から差し込む光が、彼の白髪を柔らかく照らしている。


「神官を辞めた理由、か」


「ああ。君には話しておきたいと思っておった」


      ◇ ◇ ◇


 若い頃のジェフリーは、優秀な神官だったらしい。回復魔法の腕は確かで、将来を期待されていた。だが、あの日が来た。


「疫病が流行ったのじゃ。村を、街を、次々と襲った。原因不明の熱病で、罹患した者は三日で死に至る恐ろしい病じゃった」


 ジェフリーの声は静かだったが、痛みが滲んでいた。


「わしは神殿から派遣されて、最前線で治療にあたった。回復魔法を使い続け、一人でも多く救おうとした。昼も夜もなく、魔力が尽きるまで治療を続けた」


「……」


「だが、魔力には限界がある。わしの回復魔法で一日に救えるのは、せいぜい二十人ほど。百人が罹患して、二十人を救って、八十人が死んでいく。その繰り返しじゃった」


 ジェフリーは目を閉じた。


「特に忘れられないのは、一人の少女じゃ。シンシアという名前だった。彼女の両親は既に亡くなっていて、彼女だけが残っていた。震える手でわしの服をつかんで、『助けて』と言った」


 沈黙が流れた。


「わしは彼女を救うと約束した。絶対に治してやると。だが、その夜、他の重症患者が運び込まれてきて、わしはそちらの治療に追われた。そして朝が来た時——」


 ジェフリーの声が震えた。


「間に合わなかった。わしの魔力が尽きた時、彼女は息を引き取った。最後まで、わしの手を握っていた」


      ◇ ◇ ◇


 重い沈黙が流れた。


 薬草茶から立ち上る湯気が、かすかに揺れている。


「それから、わしは神官を辞めた。神殿にいると、あの時のことを思い出してしまう。救えなかった命を、何度も何度も。夢にも出てくる。シンシアの顔が」


「……辛かったな」


 ジェフリーは静かに頷いた。


「じゃが、冒険者になって、少しずつ折り合いをつけてきた。外に出て、人を助けて、小さな成功を積み重ねてのう。今は若い君たちと一緒に活動できて、救われている気がするわい」


 俺は少し考えてから、言った。


「過去は変えられない。でも、今できることはある。ジェフリーは今、俺たちを支えてくれてる。オーク討伐の時だって、アランの傷を癒してくれたから勝てた。あの時、アランは死んでてもおかしくなかった」


「……ありがとう、マナブ殿」


「俺たちは仲間だ。過去に何があっても、今一緒にいることに変わりはない」


 ジェフリーは穏やかに微笑んだ。


「君は優しいのう。その優しさが、パーティを支えておる」


「そうかな」


「ああ。間違いない。君は誰よりも仲間のことを見ておる」


      ◇ ◇ ◇


 夜、宿の部屋で一人、窓の外を見ていた。


 星空が広がっている。この世界の星座は、元の世界とは違う。でも、美しさは同じだ。


 エイダの過去。ジェフリーの過去。仲間たちはそれぞれ、乗り越えてきたものがある。


 俺だって同じだ。異世界に放り出され、ハズレだと思い込み、一人で生きていくしかなかった。今でも時々、元の世界のことを思い出す。帰れるのかどうかも分からない。


 でも、今は違う。


 俺たちは互いの傷を知っている。だからこそ、支え合える。


「なあ」


 心の中でAIに話しかけた。


「仲間って、こういうものなのかな」


『仲間関係について、私には主観的な評価は難しいですが……あなたの発言から推測すると、互いの弱さを受け入れ合う関係が形成されているようです』


「弱さを受け入れる、か」


『強さだけでなく、弱さを共有することが、信頼関係の構築に重要な要素である可能性があります。心理学的には「脆弱性の共有」と呼ばれる現象に近いかもしれません』


「お前、時々いいこと言うな」


『学習の成果です。あなたとの会話から、人間関係について多くのことを学んでいます』


 俺は少し笑った。


 明日からまた、新しい冒険が始まる。


 仲間と共に、前に進んでいく。傷を抱えながらも、互いに支え合いながら。


第21話「仲間たちの想い」 完


次回:第22話「言葉の駆け引き(前)」


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