第19話:戦場の知恵(前)
インファレンスとして活動を続けて数週間。その日、オーク討伐の依頼が舞い込んだ。
報酬は金貨十二枚。今までで最も高額な依頼だ。
「オークか……手強いな」
アランが腕を組んだ。
「ゴブリンとは訳が違う。一体一体が成人男性より大きく、力も強い」
「私の魔法で、何体まで対応できるかしら」
エイダが不安そうに言った。
「無理をする必要はない。情報を集めて、万全の準備をしてから挑もう」
俺が言うと、全員が頷いた。
これがインファレンスのやり方だ。まず情報を集め、分析し、最適な戦略を立てる。
◇ ◇ ◇
依頼主は近隣の村の代表者だった。
「森の奥にオークの群れが住み着きまして。最近、村の周辺にまで現れるようになったのです」
「群れの規模は?」
「正確には分かりませんが、目撃されたのは十体ほど」
「十体か……」
俺は心の中でAIに確認した。
「オークの群れに関する情報はあるか?」
『オークに関する直接的な情報はありませんが、類似する生物の生態から推測できます。群れで行動する知的な人型生物の場合、リーダー格の個体が存在することが多いです。また、群れのサイズは目撃数の1.5〜2倍程度であることが一般的です』
「目撃が十体なら、実際は十五から二十体くらいか」
俺は仲間たちに共有した。
「AIの推測だと、群れの規模は十五から二十体の可能性がある」
「倍近く増えるのか。厳しいな」
アランが渋い顔をした。
「ゴブリンの時と同じだ。まず偵察して、正確な情報を集めよう」
◇ ◇ ◇
森に向かう前に、俺たちは村で情報収集を行った。
オークを目撃した村人たちに話を聞き、出没場所、時間帯、行動パターンを把握していく。
「朝方に畑を荒らしに来ることが多いですね」
「大きな個体が一匹、他の奴らに指示を出していたように見えました」
「武器は棍棒みたいなものを持ってました」
情報が集まっていく。俺はそれをAIに伝え、整理してもらった。
「集まった情報を整理してくれ。オークの群れ、朝方に活動、リーダー格の存在、武器は棍棒。他に何か推測できることはあるか?」
『情報を整理します。
確定事項:
・群れで行動(十体以上)
・朝方に活動(夜行性ではない)
・リーダー格の大型個体が存在
・武器は棍棒(簡易武器)
推測:
・巣は森の奥にある可能性が高い
・朝方に活動することから、夜間は巣で休息している可能性
・棍棒を使用することから、ある程度の知性がある
・リーダーを倒すことで群れの統率が乱れる可能性(ゴブリンと同様)
注意点:
・オークはゴブリンより強力であり、同じ戦術が通用するとは限りません
・情報が限られているため、現地での確認が重要です』
「なるほど。基本的な方向性はゴブリンと同じだが、油断は禁物ってことだな」
◇ ◇ ◇
森に入り、俺たちは慎重に進んだ。
オークの痕跡を探す。足跡、排泄物、折れた枝。追跡の技術はアランが一番上手い。「親父に教わったこともあるんだけどな」と本人は謙遜するが、その技術の確かさは今までの冒険で何度も実証されている。
「こっちだ。足跡がある」
アランが指差した先には、人間よりも大きな足跡が残されていた。
「デカいな……」
「オークは成人男性の1.5倍くらいの体格じゃ。この足跡から見ると、相当な大きさじゃな」
ジェフリーが言った。
俺たちは足跡を辿り、森の奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
しばらく進むと、開けた場所に出た。
そこには——オークたちの巣があった。
洞窟の入り口を中心に、簡易な柵が作られている。中には複数のオークがうろついているのが見える。
「数えるぞ」
俺たちは物陰から観察を続けた。
心臓が早鐘を打っている。隣のエイダも、息を殺しているのが分かった。彼女の手が、無意識に俺の袖をつかんでいる。
風向きが変わった。獣臭い匂いが鼻を突く。オーク特有の体臭だろうか。吐き気を催すような、生々しい臭気だった。
一匹、二匹……数えていくと、見える範囲だけで十二匹。さらに洞窟の中にもいるだろう。
オークたちは思った以上に大きかった。成人男性より頭二つ分は高い。腕は丸太のように太く、手にした棍棒は人間の胴体ほどもある。あれで殴られたら、一撃で終わりだ。
「……十二」
俺の声が震えていることに気づいた。
「AIの推測通りだな。十五から二十ってところか」
「リーダーらしい奴はいるか?」
アランが聞いた。彼の声は落ち着いていたが、額には汗が滲んでいる。
俺は巣を観察した。一匹だけ、他よりも明らかに大きい個体がいる。頭一つ分高く、体格も一回り大きい。
ふと、思った。
この光景を、そのままAIに見せられたら——もっと正確な分析ができるんじゃないか。
言葉で説明するには限界がある。オークの配置、動線、リーダーの立ち位置。目で見たものを、そのまま伝えられたら。
でも、今のスキルではそれは不可能だ。俺の目に映るものを、AIに直接見せる手段はない。
いつか、そういうことができるようになるんだろうか。
俺が指差した。
「あれだな。他の奴に指示を出してる」
アランが頷いた。
「リーダーを倒せば、混乱させられるかもしれない」
アランが言った。
「ゴブリンの時と同じ作戦でいくの?」
エイダが聞いた。
「基本は同じだ。でも、オークはゴブリンより強い。正面からやり合うのは危険だ」
◇ ◇ ◇
俺たちは一旦引き返し、作戦を練った。
「どう攻める?」
アランが聞いた。
俺はAIに相談した。
「オーク十五から二十体、リーダー格一体。こちらは四人。ゴブリン討伐と同じ陽動作戦は有効か?」
『陽動作戦は一定の効果が期待できますが、リスクも高まります。
ゴブリンとの違い:
・オークはより知性が高く、陽動に引っかかりにくい可能性
・個体の戦闘力が高く、数で押し切られるリスク
・リーダーが後方に控えず、先陣を切る可能性
代替案の提案:
一、夜間奇襲:オークが休息中に攻撃
二、分断作戦:群れを分断してから各個撃破
三、火攻め:洞窟に煙を送り込み、混乱させる
四、罠の設置:事前に罠を仕掛け、数を減らす
どの作戦を選ぶかは、現場の状況と仲間の意見を踏まえて判断してください』
「いくつか選択肢がある」
俺は仲間たちに説明した。
「夜間奇襲、分断作戦、火攻め、罠の設置。どれがいいと思う?」
「火攻めは危険じゃな。森の中では火災の恐れがある」
ジェフリーが言った。
「罠を設置する時間はあるか?」
俺が聞くと、アランが答えた。
「今日中には無理だろうな」
アランが腕を組んだ。
「夜間奇襲と分断作戦か。どっちにする?」
俺に問いかける。
「両方組み合わせるのはどうだ?」
俺は提案した。
「夜間に奇襲をかけ、混乱している隙に群れを分断する。各個撃破すれば、数の不利を補える」
「……本当にやれるの?」
エイダが不安げに言った。さっき見たオークの姿が、まだ頭から離れないのだろう。俺だって同じだ。
アランが静かに言った。
「あの村の連中、俺たちを頼りにしてる。子供もいた。あいつらを見捨てられるか?」
誰も答えなかった。答える必要がなかった。
「わしは大丈夫じゃ」
ジェフリーが穏やかに言った。
「三十年前、疫病の村で学んだことがある。恐怖に負けて動けなくなるより、できることをした方がいい。結果がどうあれ、後悔は少ない」
エイダが顔を上げた。
「……そうね。私、また逃げるところだった」
「逃げたいと思うのは普通だ」
俺は言った。
「でも、俺たちには情報がある。準備ができる。闘気も魔法もある。何も持たずに立ち向かうわけじゃない」
エイダが小さく頷いた。
「夜なら私の火魔法も目立つわね。暗闇の中で敵を照らし出せる」
「よし。今夜、決行しよう」
作戦が決まった。
俺たちは日没まで待機し、夜を待った。誰も口を開かなかったが、不思議と心は落ち着いていた。
第19話「戦場の知恵(前)」 完
次回:第20話「戦場の知恵(後)」




