第17話:小さな信頼(後)
俺とエイダは畑の調査を続けていた。
AIの提案に従って土壌を調べたが、特に異常は見つからない。
「何も出ないわね……」
エイダが首を傾げる。
「やっぱり肥料の方が正解だったのかしら」
俺は心の中でAIに話しかけた。
「土壌調査、空振りっぽいぞ」
『申し訳ありません。データ不足による誤った推測だった可能性があります』
「空振りだったな」
『……はい』
その時、村人の一人が駆け寄ってきた。
「冒険者様! 行商人を追っていた方から伝言です! 隣町で足取りをつかんだそうです」
「分かった。すぐに合流する」
◇ ◇ ◇
隣町に着いたのは、翌日の昼過ぎだった。
ギルドの支部で情報を集めると、サミュエルという行商人は確かに存在していた。しかし、評判はあまり良くない。
「サミュエル? ああ、あの胡散臭い商人か」
ギルドの受付嬢が顔をしかめた。
「時々、怪しい品物を売っているって噂がありますよ。効果が高いけど、副作用もある商品が多いとか」
「副作用か……」
「今どこにいるか分かりますか?」
エイダが聞くと、受付嬢は首を振った。
「この町には昨日までいたみたいですけど、もう出発したそうです。次は西の街道沿いの村に行くって聞きました」
俺たちは追跡を続けることにした。
◇ ◇ ◇
サミュエルを追いかけて三日。
ようやく街道沿いの小さな集落で、その姿を見つけた。
中年の男が荷車を引いている。荷車には様々な商品が積まれており、「万能肥料」「奇跡の薬」「幸運のお守り」といった看板が掛かっていた。
「あれだな」
アランが睨みつける。
「俺はあの手の商人が嫌いだ。困ってる奴を騙して金を巻き上げる」
「まだ騙したとは決まってない。まずは話を聞こう」
俺たちはサミュエルに近づいた。
「失礼、少しお聞きしたいことが」
サミュエルは俺たちを見て、営業スマイルを浮かべた。
「おお、冒険者の方々ですか! 何かお探しで? 当店には冒険に役立つ品々が——」
「肥料のことで聞きたい」
俺が遮ると、サミュエルの表情が一瞬固まった。
「肥料、ですか」
「ああ。あんたが売った肥料を使った村で、病人が出てる」
サミュエルの顔色が変わった。
◇ ◇ ◇
「わ、私は知りません! 肥料は普通の品物で——」
「うそをつくな」
アランが一歩前に出た。
「その肥料、何が入ってる。正直に言え」
「あ、あの肥料は……効果を高めるために、少し特殊な素材を……」
「何を入れたんだ」
サミュエルは観念したように肩を落とした。
「……魔鉱石の粉末です」
「魔鉱石?」
俺はAIに確認した。
「魔鉱石について、何か知識はあるか?」
『直接的な情報はありませんが、名称から推測すると、魔力を含む鉱物と思われます。この世界特有の物質である可能性が高いです』
エイダが険しい顔で言った。
「魔鉱石は、精製しなければ毒性があるわ。学院で習った。知らなかったとは言わせないわよ」
「し、知っていました。でも、少量なら問題ないと思って……」
「少量でも、蓄積すれば害になる。お前は金のために村人を病気にしたんだ」
サミュエルは地面に膝をついた。
「す、すみません……本当に申し訳ない……」
◇ ◇ ◇
サミュエルの証言と、押収した肥料のサンプルをギルドに持ち帰った。
ギルドの薬師が分析を行い、俺たちの推測が正しかったことが証明された。
「魔鉱石の未精製粉末が含まれています。肥料を散布した際に粉末を吸い込んだり、素手で触れたりしたことで、中毒を起こしたのでしょう」
薬師が言った。
「幸い、未精製魔鉱石の中毒には解毒法があります。すぐに対処すれば、全員回復できるはずです」
俺たちは村に戻り、解毒薬を届けた。
三日後、患者全員が回復の兆しを見せ始めた。
◇ ◇ ◇
「本当にありがとうございました」
村長が深々と頭を下げた。
「冒険者様たちのおかげで、村は救われました」
「いえ、当然のことをしただけです」
俺が言うと、村長は首を振った。
「いいえ、原因を突き止め、解決策を見つけてくださった。これは簡単なことではありません」
報酬の金貨四枚を受け取り、俺たちは村を後にした。
◇ ◇ ◇
ギルドに帰還報告をすると、フェイが驚いた顔をした。
「謎の病の原因を特定し、解決までしたんですか? しかも一週間で」
「AIの分析と、仲間たちの知識のおかげだ」
「情報系スキルを持つ冒険者は珍しくありませんが、ここまで使いこなしている方は初めてです」
フェイは感心したように頷いた。
「『インファレンス』の評判、上がっていますよ。『情報に強いパーティ』として、調査依頼を希望する声が増えています」
俺たちは顔を見合わせた。
「情報屋か」
「悪くないわね」
「戦うだけが冒険者じゃないってことだな」
アランが笑った。
「でもよ、一つ気になることがあるんだが」
「何だ?」
「マナブのAI、土壌調査を提案してただろ? あれ、結局空振りだったわけだが……」
エイダがメモを見返しながら言った。
「でも、役割分担できたおかげで、アランは行商人を追えたし、ジェフリーは村に残れたのよね」
「もし全員で行商人を追ってたら、村に誰もいなかったわ」
エイダが言った。
ジェフリーが頷いた。
「畑調査も経過観察も空振りじゃったが、わしが村に残れたのはAIの提案のおかげじゃ。実際、昨夜一人の患者が高熱を出してな。わしがおらんかったら危なかった」
俺は首を傾げた。
「待て。それって、AIの提案は空振りだったのに、結果的にうまくいったってことか?」
「そうじゃな」
ジェフリーが穏やかに頷いた。
「空振りなのに正解。意味わかんねえ」
アランが笑った。
◇ ◇ ◇
宿に戻り、俺は一人で窓の外を見ていた。
「なあ」
心の中でAIに話しかけた。
「お前の提案、土壌調査は空振りだったのに、なんで結果的にうまくいったんだ?」
『……分析中です。しかし、明確な回答は困難です』
「お前にも分からないのか」
『はい。結果として有効だった理由を、論理的に説明できません』
「空振りなのに正解。お前、狙ってた?」
『いいえ。偶然です』
「偶然か……」
俺は少し笑った。
AIは万能じゃない。空振りもする。でも、それが偶然うまくいくこともある。
理由は分からない。でも、結果オーライだ。
小さな信頼が、少しずつ積み重なっていく。完璧じゃなくても、分からないことがあっても。
これが——俺たちの戦い方なのかもしれない。
第17話「小さな信頼(後)」 完
次回:第18話「インファレンスの日常」




