第15話:ゴブリン討伐の余韻
翌日の昼下がり。
俺たちは再び酒場にいた。昨日、正式にパーティを組むことが決まった。今日はギルドへの登録手続きについて話し合うためだ。
「パーティをギルドに登録するには、パーティ名が必要なんだよな」
アランが切り出した。
「そうね。固定パーティとして登録すれば、報酬の分配も楽になるし、信用度も上がるって聞いたわ」
エイダが言った。
「では、パーティ名を決めましょうか」
ジェフリーがエールを傾けながら言った。
パーティ名。考えていなかった。
「『剣と魔法と回復と情報』とか?」
アランが言ったが、エイダが即座に却下した。
「長すぎるわよ。センスがない」
「じゃあ、エイダが考えろよ」
「そうね……『炎の牙』とか?」
アランが呆れた顔をした。
「お前の魔法だけじゃねえか」
「じゃあ何がいいのよ」
二人が言い合いを始めた。ジェフリーが苦笑している。
俺は少し考えて、口を開いた。
「インファレンスはどうだ」
三人が俺を見た。
「いんふぁ……なんだって?」
「インファレンス。俺の世界の言葉で、『推論』って意味だ」
◇ ◇ ◇
「推論?」
エイダが首を傾げた。
「ああ。情報を集めて、仮説を立てて、結論を導き出す。俺たちがやったことは、まさにそれだ」
「なるほど……確かに、マナブらしいわね」
「響きも悪くないな。インファレンス。言いやすい」
アランも気に入ったようだ。
「意味も良いですな。戦いにおいて最も重要なのは、正しい判断を下すこと。そのための推論——うむ、悪くない」
ジェフリーも頷いた。
「じゃあ、決まりだな。パーティ名『インファレンス』」
俺たちはジョッキを掲げた。
「インファレンスに、乾杯!」
四つのジョッキがぶつかり合い、軽快な音を立てた。
◇ ◇ ◇
しばらく雑談を続けた。
「そういえば、アランの実家も冒険者だって言ってたわよね」
エイダが話題を振った。
「ああ。親父も、兄貴も、姉貴も、みんな冒険者だ。俺は末っ子でな」
アランが少し照れくさそうに笑った。
「でも、うちの家系、誰も銀ランクを越えられないんだよ。親父も兄貴も、銀ランクで止まった」
「え、じゃあアランが金ランクになったら——」
「ああ。家で初めてってことになる」
アランの目に、静かな決意が浮かんだ。
「親父は『それ以上は才能がいる』って言ってたけど、俺はそうは思わない。努力次第で、壁は越えられると思ってる。だから、金ランクを目指すことには、特別な意味がある。家族の誰もが越えられなかった壁を、俺が越える」
俺はアランの横顔を見た。普段は軽口を叩いているが、その裏には強い意志があるのだと分かった。
◇ ◇ ◇
話は今後の目標へと移った。
「私たち、これから何をするの?」
エイダが聞いた。
「まあ、まずは依頼をこなして、ランクを上げていくことだろうな」
アランが答える。
「俺たち全員、まだ銅ランクだ。次は全員で銀ランクを目指したい。そうすれば、受けられる依頼の幅がもっと広がる」
「銀ランク、か」
俺は呟いた。
銀ランクになるには、一定数の依頼をこなし、ギルドからの評価を得る必要がある。戦闘依頼だけでなく、調査や護衛など、様々な分野での実績が求められる。
「俺は戦闘スキルがないから、足を引っ張るかもしれないな」
「だから何度も言ってるだろ。お前には情報がある。それで十分だ」
アランが俺の肩を叩いた。
「パーティは役割分担だ。全員が同じことをする必要はない。お前は情報を集めて、作戦を立てる。俺は前線で戦う。エイダは魔法で支援する。ジェフリーは回復で守る。それぞれの得意分野で力を発揮すればいい」
◇ ◇ ◇
「若者の成長を見届けるのは、老いぼれの喜びですな」
ジェフリーが穏やかに言った。
「わしはもう戦場の最前線には立てん。しかし、後方から支えることはできる。お前さんたちが銀ランクになる頃には、わしはもう引退しているかもしれんがな」
「何言ってんですか。まだまだ現役でしょう」
エイダが言うと、ジェフリーは笑った。
「いやいや、若い頃の無理がたたってな。膝が悪いのじゃ。あと数年が限界じゃろう」
初めて聞く話だった。ジェフリーは穏やかな顔をしているが、その裏には長年の経験と、そして体への負担があるのだろう。
「だからこそ、お前さんたちと組めてうれしいのじゃ。わしの最後の仕事として、次の世代を育てる。悪くない終わり方じゃろう」
「ジェフリー……」
「湿っぽくなってしまったな。気にするな。これからが楽しみなのは本当じゃよ」
◇ ◇ ◇
酒場を出ると、夕暮れの光が街を染めていた。
アランとエイダは別の用事があると言って先に帰り、俺とジェフリーは並んで歩いていた。
「マナブ殿」
ジェフリーが静かに言った。
「なんですか」
「お前さんのスキル、不思議なものじゃな。質問すると答えが返ってくる。それは、まるで賢者の知恵を借りているようじゃ」
「そうかもしれません。ただ、賢者といっても間違えることはありますけど」
「だから検証が必要だと」
「ええ。AIの回答を鵜呑みにして、失敗したことがあるので」
ジェフリーは頷いた。
「その姿勢は正しい。わしも若い頃、自分の力を過信して失敗したことがある。どんなに確かだと思っても、慎重に確認する。それが大事じゃ」
「……経験者の言葉は重いですね」
「年寄りの繰り言じゃよ。気にするな」
ジェフリーは笑って手を振り、自分の宿へと去っていった。
◇ ◇ ◇
宿に戻り、ベッドに横になった。
天井を見つめながら、今日のことを振り返る。
パーティが正式に結成された。名前は「インファレンス」。AI用語を使ったのは、少し照れくさいが、意味は気に入っている。
この世界に来て、もう二ヶ月近くになる。
最初は何もできなかった。AIは役に立たず、戦闘スキルもなく、この世界のことを何も知らなかった。
でも今は違う。
図書館で知識を集め、AIを育て、質問の技術を磨いた。仲間と出会い、協力することを学んだ。検証という武器を手に入れた。
そして今、正式なパーティができた。
俺は一人じゃない。
「なあ」
心の中でAIに話しかけた。
「俺たち、少しは前に進めたと思うか?」
『客観的な評価は難しいですが、いくつかの指標があります。冒険者ランクの上昇、依頼達成数の増加、パーティの結成。これらは進歩の証拠と言えます』
「そうか」
『ただし、これはまだ始まりに過ぎません。銀ランクへの道のりは長く、より困難な依頼が待っています。油断は禁物です』
「分かってる」
俺は目を閉じた。
明日からまた、新しい日々が始まる。
インファレンスとして、最初の一歩を踏み出すのだ。
第15話「ゴブリン討伐の余韻」 完
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